二度目の異変

 家が近所であるので帰る方角は同じなのだが、結局この日、伯乃姉とはあの場で別れた。

 何やら調べ物があるとの事で、圭太の帰路とは反対方向――相良大野駅の方へと消えて行ったのである。


「帰ったら早速探さないとな……」


 あんな占い結果が出た以上、いつ何が起きるか分からない。出来る事なら伯乃姉の占いが珍しくハズレる事を願いたいが、的中率の高い占いだ。それに関してはあまり期待できるとも思えない。

 圭太は校門を出るや全速力で自転車を漕いだ。


(命に関わる? 冗談じゃない)


 こんな若さで死んでたまるかという思い。それなら藁にだって縋ってやるつもりだ。


「でも、交通事故って可能性もあるよな……」


 だから通りでは細心の注意を払う。

 まさか突然、隕石が降ってくるわけじゃないだろうし、大きな災害に見舞われるというのとも違う気がする。

 伯乃姉はあくまで「キミの身に」という言い方をした。

 となれば、自分一人に降りかかる災厄と考えるのが妥当だろう。


 途中、圭太は交差点を渡るとコンビニの前を通りがかった。朝はよくここでドリンクなどを買って行く事が多い。

 よくどこにでもあるコンビニで、猫の額ほどの駐車スペースがあり、店舗のすぐ脇に掃除用として使用するものであろうホース付きの蛇口がひとつある。

 圭太がそこを何気なく通り過ぎようとした時であった。


――ボンッ!


 何かが地の底で爆発したかのような音がしたかと思うと、突然、


「危ない!」


 と、車道の向こう側を歩いていたおばさんがこの世の終わりのような顔をして圭太の方をながら叫んでいた。


「え?」


 同時に頭上で何かを振り回しているような空気を切り裂く音がした。

 見上げると細長い筒状の物が回転しながら圭太目がけて落下して来ている。


「うわっ!」


 身を躱そうとした拍子に圭太は自転車ごと歩道に倒れ込んだ。その直後、謎の落下物は激しい金属音を立てると路上で二度、三度と跳ねて、ようやく大人しくなった。


「な、なんだなんだ?」


 見ればそれは蛇口の付いたままの長さが一メートル近くもある水道管だった。

 いったい、これはどこから飛んで来たのか……。答えは直ぐに見つかった。

 コンビニの店舗脇にある蛇口があった場所から、まるで公園の噴水のように水が飛沫をあげて噴き出している。それも地上に露出していた水道管ごとキレイに無くなっており、接地面の周囲に固められていたアスファルトが粉々に砕けて散乱していた。


「う、嘘だろ……?」


 そのあまりにも不可解な事態に圭太は我が目を疑う。

 地上に露出していた水道管はせいぜい三〇センチほどの高さしかなかった。つまり地下に埋まっていた水道管ごと吹き飛んで、空高く舞い上がったという事になる。それも硬いアスファルトをも破壊して……だ。

 状況から見て水道水の勢いで吹き飛んだと見るのが正しいだろう。しかし、こんな事があるものだろうか?

 確かに水の勢いは時として全てを破壊するほどの力を持っている。だが、それはそれ相応の量の水があっての事だ。

 たかだか店の水道管が破裂したという程度の事でアスファルトを粉々に破壊するするほどの勢いで水道管の一部ごと吹き飛ぶものだろうか? 


「あなた、大丈夫?」


 先ほど叫び声をあげて危険を知らせてくれたおばさんが車道を横切って圭太のもとまで駆けつけてくれた。

 コンビニの店員も事態に気づいたようで、慌てた様子で駆け寄って来る。


「お怪我はありませんか?」

「あ、ああ、大丈夫です」


 圭太は自転車を起こし、ようやく立ち上がる。本当は転倒した拍子に肘を擦り剥いていたが、落下してきた水道管が直撃した時の事を考えれば大した事はない。


「うちの水道が壊れたんですか。まことに申し訳ございません! 後ほど責任者にも報告しておきますので、もし差し支えなければご連絡先を伺ってもよろしいでしょうか?」


 店員は気の毒なくらいに青い顔をして、何度も頭を下げる。恐らく圭太の連絡先を知りたいというのも、あとで店長なりオーナーなりがあらためて謝罪するという事なのだろう。


「いや、ホント……大丈夫ですから気にしないでください」


 圭太はヒラヒラと手を振って丁重に断ると、逃げるようにしてその場をあとにする。その後ろではコンビニの店員が圭太の姿が見えなくなるまで水飲み鳥よろしくペコペコと頭を下げ続けていた。


 それにしても……だ。


(また蛇口か……)


 一度目は学校の蛇口が自分の頬を掠めて飛んで行った。そして二度目は今し方、寸手のところで倒れ込まなければ危うく頭に直撃していたであろうコンビニ外側の蛇口。それも二度目は水道管ごとだ。


(同じ日に二度もって……)


 伯乃姉の占いが思い起こされる。


――命に関わる危機が迫っている……。


 確かに一度目はまだしも、二度目の事故は打ち所が悪ければ死んでいたかもしれない。

 それだけじゃない。一度なら突発的な事故でも説明がつく。しかし、一日に二度も蛇口が狙い澄ましたように自分の方へと飛んで来たのだ。

 こんな偶然があるものだろうか?

 何か作為的な、それも不思議な力が働いているような気がしてならない。


「偶然……だよな?」


 心霊体験だとか超常現象といった類いの話は全く信じていないというわけでもないのだが、、かといって呪いだの何だのといった非科学的なものを頭から信じているわけでもない。

 これが何か不思議な力によるものだと仮定しても、殆ど魔法のようなものじゃないかと考えれば考えるほどバカバカしく思えて来る。


(でも、一度目のが既に伯乃姉の占いにあったようなオレの身に降りかかる災厄だったのだとしたら……)


 圭太はブルッと身震いした。

 一度目があり、そして二度目もあった。二度あることは三度あるという諺ではないが、これで終わりという事はないのかもしれない。

 いよいよ伯乃姉の言っていた「神聖な力を持つ物」とやらを本気で探し出さなければなるまい。

 圭太はなおも辺りを警戒しつつ帰路を急ぐのだった。

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