よく当たる占い

 この日は初日という事もあって半日で学校は終わった。

 圭太は自転車を取りに校内の隅にある駐輪場へと向かう。正門から右手に見える体育館の脇にテニスコート一面分ほどの駐輪スペースがあるのだが、この場所は建物の陰になっていて、ほぼ一日中陽が当たらない。

 駐輪場の周りを囲むように圭太の胸の高さほどもあるツゲが植わっているため、人がいないと他とは隔絶された空間のように感じられる。

 意外に自転車通学の学生はそれほど多くないようで、かなりの台数が置けるようにはなっているのだが、その半分も埋まっていなかった。


 圭太が自転車の鍵を外そうと身を屈めたとき、背後からトントンと背中を叩かれた。


「ようやくキミも高校生か」


 振り返るとスラッと背の高い女子生徒が長い黒髪をなびかせ、口もとに微笑を浮かべて立っていた。手には易者がよく使う筮竹ぜいちくと呼ばれる細長い竹ひごのようなものを持っている。


「あ……はくねえぇ……」 


 圭太の顔がピクピクと引きつる。


「何だ? ヤクザにでも絡まれたかのような顔になってるが、そんなに私と会うのが嫌だったか?」

「い、いや、別にそういうわけじゃ……」


 伯乃は状況を楽しんでいるかのようで、薄く笑みを浮かべたまま手にした筮竹を圭太の頬に押し当てた。

 口では否定したが、本音を言えば圭太はこの一歳年上の伯乃姉が苦手だ。


 彼女は三峯家から程近い場所にある龍造寺りゅうぞうじという寺の娘で、圭太とは幼馴染みである。が、この龍造寺伯乃という幼馴染みは知的でモデルのような恵まれたスタイルの持ち主ではあるのだが、常に尊大な口調で、どこかつかみどころの無い性格。おまけに筮竹を使った易占が得意で恐ろしいほどよく当たると評判で、圭太は彼女の占いで、これまで何度か怖い目に遭って来ている。

 そういった事が要因で圭太はいつしか伯乃姉に苦手意識を持つようになっていた。

 恐らく聡明な彼女の事だ。それを承知のうえで圭太をからかっているのだろう。

 彼女にとって圭太は近所の幼馴染みであると同時にからかい甲斐のある面白いオモチャと言ったところなのだ。


「高校入学の祝いに今後の学校生活についてでも占ってやろう」

「いや、結構ですって!」


 と、拒んだにも拘わらず伯乃姉は鋭い目でキッと睨みつけると、勝手に占いを始めてしまった。

 こうなると圭太は大人しく占いの結果が出るまで待たなくてはならない。これがいつものパターンだった。


(しかし、何もこんな駐輪場で占い始めなくてもなぁ……)


 自転車の傍らで圭太は正座をしながら伯乃姉の占い結果を待つ。アスファルトの上にそのまま正座だから手早く済ませてもらいたいものだ。

 一方の伯乃姉は、そのクールで大人びた容姿に似合わず、いつの間に取り出したのか可愛いパンダちゃんのクッションに座っていた。

 もちろん「似合わない」などとはおくびにも出さない。


「ふむ……。なかなか興味深い結果が出たな。心して聞け」

「ああ……さようですか……」


 伯乃姉がこういう言い方をする時は大抵悪い結果だ。

 ちなみに良い結果が出る時には「つまらんな」といった具合である。いったい、どういう神経をしているのだろう? と、人格を疑いたくなる事がしばしばあった。


「キミの身に危険が迫っている。それも下手をすれば命に関わる事だ」

「はい……?」


 何かの冗談かとも思った。

 確かに今までも伯乃姉の占いで悪い結果が出た事は何度もある。そしてそれは九割九分的中したと言って良い。しかし、これまで「命の危険が迫っている」などという洒落にならない占い結果は一度としてない。こんなのは始めてだ。


「疑っているな?」


 伯乃姉は上目遣いに圭太の目を見つめた。

 圭太は思わず言葉に詰まる。その深淵を覗き込むような黒い瞳で見られると、何でも見透かされているようで怖い。いや、事実見透かされていた。


「占いの際に私が冗談を言う人間でない事はキミも良く知っている筈だろう?」

「そ、そりゃまあ……」


 伯乃姉の目が笑っていない。

 いつもなら悪い結果が出ても大した災難ではないぶん薄笑いを浮かべている事が多いのだが、今回ばかりは結果が出てからというもの、ずっと真顔のままだ。


「ごく近い将来だ。キミの生命を脅かす災厄が訪れる。とはいえ、それが何かまでは私にも分からん。但し、対処法はある」

「そ、それはどんな?」


 圭太は正座のまま身を乗り出す。

 さすがに命の危険となると穏やかではない。まして的中率の高いと評判の伯乃姉の占いだ。災厄を避けられるのなら、どんな手を使ってでも避けたいというものだ。


「まあ、落ち着け。キミが過去に手に入れた……そう……神聖な力を持つ物だな。幼い頃に手に入れた物で、今も残っているそうだ。それを肌身離さず持ち歩く事だ」


 実に漠然としている。

 幼い頃に手に入れた神聖な力を持つ物なんて全くと言って良いほど身に覚えがない。大体、そんな中二病設定のようなアイテムが存在する事すら疑わしい。


「もうちょっと具体的に……何か分からないの?」

「私も占いに自信はあるが、さりとて万能ではないよ。分かるのはここまでだ。多分、キミの家を探せば見つかるんじゃないか? 神聖な力を持つ物など、そうそうある物ではないだろうからな。見ればキミのような素人でも分かるだろう」

「は、はあ……」


 どうも要領を得ない。

 とは言っても、さすがに伯乃姉が嘘を言っているわけでもないだろうし、本当に彼女に分かるのはそれだけなのだろう。

 何と言っても歴史ある寺の娘で、しかも住職である父親は厳格な人と来ている。そんな環境で育って来た伯乃姉であるから、ここぞという時には信頼もできるし、決して「死」というものに対して面白半分に冗談を言う人ではないのだ。

 となると、いよいよ事は深刻だ。


「不安があるのなら、私もこれからキミの家に行って一緒に探してやろうか?」

「いや、いいよ。これ以上、伯乃姉には迷惑かけられないし」


 もちろん、迷惑をかけられないという思いは本当だ。だが、同時に伯乃姉を自分の部屋に上げたくないというのもある。

 幼馴染みで親同士も懇意にしているとはいえ、年頃の女性を自分の部屋に招き入れるのには圭太も抵抗があった。


(色々、見られたくないもんもあるしな……)


 最大の理由はそれである。


「そうか? まあ、キミがそう決意したのであれば何も言うまい。キミを信じる事にしよう。だが、万が一、私の助けが必要な事があれば遠慮なく言うが良い。私は飽くまでキミの味方だからな」

「ああ……頼りにしてる」


 いつもはオモチャのようにされ、圭太にとっては苦手意識もある伯乃姉であったが、今回ばかりは誰よりも頼もしく思えた。


「もっとも、キミはチャンスには弱いがピンチには強いという希有な運勢の持ち主だ。最悪の事態に陥っても何とか逃れる事は出来るとは思うがな」

「はあ……そうですね……」


 こればかりは認めざるを得ない。今までの人生だって好機が巡って来ても、あと一歩というところでダメになるし、逆に危機的状況に陥っても不思議と大事に至ることはなかった。

 自分でも運が良いんだか悪いんだか悩ましくなる事が多々あった。

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