第5話 ご褒美ご褒美~!?

「よく頑張ったね。そんな高久くんには、とっておきのご褒美をあげるね。うん、プールに行こっか!」


「ほ、ホントでございますか? こ、これで体中の酵母菌……もとい、イーストが綺麗さっぱりに流れて行くのでありますな? 流れるプールで全てを流させて頂きます」


「冗談でもそれは言わない方がいいと思うけど? 高久くんにはもっと知的な発言を望んでるんだけどな」


「はっ!? かしこまりましてございます! 知的生命体になります!」


 長かった俺の苦行が終わりを告げた。元はと言えば勝手に食べてしまった俺が全て悪いのだが。その罪を償うため、俺はずっと無償で美味しいパンを作り続けた。おかげで学校を何日もさぼ……休んでしまった。


「修行したと思えば気が楽でしょ? よしよし……」


「えへへ……」などと、これは俺の妄想によるシーンである。予定ではゆかりなさんから頭を撫でられているはずだった。しかし俺の全身は、パンの香りがいい感じに漂っていて、彼女は俺の腕をかじってきた。


 まるで猛獣のようだった……その光景は今でもフラッシュバック。


「ごめんね? 何だか知らないけれどムカついてたし、あのパンの香りが高久くんから嫌味ったらしく漂って来てたから、噛み付いちゃった。痛かった?」


「いえいえ、俺へのご褒美頂きました! ゆかりなさんの歯形をゲット出来ましたんで!」


「うわ、きも……」


「いや、冗談だからね? マジで引かないで下さい……」


 そんなこともあったものの、とうとう俺は屋内プールに来てしまった。まさかゆかりなさんの水着姿をここで拝めるとは! ……期待を満ち溢れさせながら、俺は彼女が更衣室方面から出てくるのを待望していた。


「ゆかりなさーん、俺はここにいますよ? もうすぐ2時間くらい経ちますよ? まだですか」


 妙な高揚感と胸騒ぎを覚えていた。こんなに待ち続けているのに、一向に妹は姿を現わさない。まさか、更衣室で具合が悪くなって倒れてしまった!? それとも、焦らしプレイというご褒美でございますか?


「高久くん、お待たせ!」


 てっきり更衣室方面の前方から来るとばかり確信していたのに、何故か俺は背後から声をかけられていた。もしや妹はどこかの忍びの者なのか? 気配も感じさせずに俺の背後に回るなんてすごいじゃないか!


「お、遅かったね、ゆかりなさん――ん? あれ? み、水着は? ご褒美は?」


「期待させちゃったみたいだね。ごめんね? わたし、プールに行こうか? って言っただけだよ。泳ごうとか一言も言ってないし。それにね、水着姿は彼氏になる人じゃないと見せたくないんだ。高久くんにはまだその資格が無いんだよね。だから、そろそろ帰ろっか?」


「えっと、2時間ほどどこで何をしてたの?」


「高久くんウォッチング。ずっと君を見てたよ。どう、嬉しい?」


 くっ……凄く怒りたい。だが怒れん。俺一人だけはしゃいで、水着姿になってて泣きたい。あぁ、だから流れるプールに誘ってくれたんだね。ゆかりなさんの慈悲に感謝して、涙もイーストも流しまくらせて頂きました。


 くそう……これが好きな女には勝てない弱さか。


「もっと努力しないと見せられないかな。高久くん……頑張ってね」


 流されまくる俺を嬉しそうに眺めているゆかりなさんは、すごく素敵な笑顔を浮かべていた。


 屋内プールのことはさておいて、俺とゆかりなさんはもうすぐ来てしまうテストに向けて、家で勉強を敢行していた。


「……で、これがこうなれば解けるはずだよ」


「すごい! 今まで解けなかったのに。高久くんって賢かったんだねー! これはモテる要素だよ」


「モ、モテる……! おぉっ、モテるのでありますか。でも、ゆかりなさんだから教えやすいけど、他の女子には分からないかもしれないよ?」


「他の女子に分からなくて、わたしには分かる、ね。ふーん……じゃあさ、高久くんに家庭教師してもらおっかな? わたしだけの」


「か、かてきょーー!! それも君だけに! マジですか」


「うん、マジ。あ、でも、責任重大だよ? もし教わる前よりも点が落ちたら、高久くんは大変になるよ」


 何が大変かは想像したくない。だがこれは俺にも何かのフラグが立ちそうなイベントじゃないのか? それにゆかりなさんに密着型! これはいよいよ萌える展開になるのではなかろうか。


 ゆかりなさんに出会う前の俺は、何の楽しみも無い男だった。親父と二人だけの人生に光など見出せなかったのだ。入れる高校は俺の頑張りすぎた勉強の結果、文武両道を自称で謳う所に決まっていた。


 そして出会う俺と妹。妹であるゆかりなさんも、同じ高校に通う女子だったのだ。それでも俺は妹よりも賢かったのである。


「すごいね! 超真面目くんだったんだね。これはポイント高いかも」


「俺のこと、惚れ直した?」


 いつもよりも強気な態度で話している俺。ふっ……現実は優しくなどないのだ。


「これでわたしも安心して彼女を紹介出来るよ」


「えっ」


「あれー? 前に会ったよね? 違うクラスの女子たちに」


「会いましたけど、それはあの、友達でいいとおっしゃっておりました」


 そう、あれはいつぞやの街でのこと。ゆかりなさんは、他の女子たちにあろうことか「付き合っちゃえば?」などと、度を越えたSな発言を繰り出してきた。それをあなた、俺に言いますか!? 


「そうだっけ? でもさ、真面目に賢い高久くんなら、紹介したくなったんだよね。ダメ、かな?」


 ぬぬ……何でそんなに甘えの声で罠を仕掛けて来るんだ? い、嫌だ。俺は俺の好きな子は……。


「だ……だとしても、それは駄目ですよ。まずはきちんとカテキョするんで、その話はその後でいいかな?」


「んー……それでいいよ。わたしの望みは君がいい感じになっていくことなんだけどな……」


「え? な、なんか言った?」


「何も。それじゃあ、高久センセーに教えてもらおうかな」


「喜んで!」


 喜びも束の間すぎた。これは予想もしていなかったことだ。


「高久くん、わたし言ったよね? 教わる前よりも上がらなかったら大変なことになるよって」


「は、はい……しかしですね、今回の結果についてはそれは当てはまらないと思うわけですよ。だって、おかしいでしょ! ゆかりなさんと俺が同じとか……何のシンクロですか?」


「シンクロ! 上手い事言うね。やっぱり賢いんだ~! でもね……今回はわたしじゃなくて、むしろ高久くんに怒ってるんだよ? 自覚あるの!? ねえ?」


「ひぃっ!?」


 俺は大好きな妹の為を想って、カテキョをしてあげた。彼女は俺が教えたことを素直に覚え、同じ間違いをすることが無かった。俺の長年の努力は何だったのかというくらいに優れていた。


 俺とゆかりなさんは同じクラス、同じ学年。そして当然のごとく、同じテストを受けた。テスト勉強を一所懸命に教わる妹さん。喜びながら笑顔で要点を教えまくる俺。


 何故なら、妹の点を俺が教える前よりも上げてあげたかったから。そうしないと後が怖いから……だったのに、どうしてこうなった。


 ウチの学校ではテストの結果とその順位を廊下に張り出すことが無い。何気にハイテクなのだが、各自の端末に送信される仕組みになっている。だから廊下で悔しがるとか、泣いてしまうとかそういう心配はご無用なのだ。無かったけど、俺は今、自分の家の中で泣いている。


「キミはもう、わたしのセンセーじゃなくなってしまったね。どっちかというと、ライバルになっちゃうのかな? でも、次のテストじゃ相手にならなくなってるかもね?」


「いや、あの……俺はゆかりなさんに教えまくったわけです。ですから、自分のテス勉はロクに出来なかったという事実でして。その結果がそういうことになっただけでして、次回もそうなるとは限りませんし……今回はチャラにして欲しいなと思っとります」


 俺とゆかりなさんのテストの点数は全く同じ。同点だった……つまり、ゆかりなさんは上がっているのに、俺は下がってしまったということになる。俺が教える前よりも上がっていたのに、何故俺は怒られなければならないのか、そこが非常に理不尽である。


「ってことで、高久くん。わたしの友達を明日、紹介します! まずはお友達から仲良くなってね?」


「ま、待って! 一つ聞いていいかな?」


「何かな?」


「ゆかりなさんは、俺のこと嫌いなの? だから友達と付き合わせて、キミは先輩とふたりだけで会おうとしているのでありますか?」


 俺の中ではタブーとされることを聞いちゃいたかった。そうじゃないと、俺は涙の高久という称号から抜け出せなくなりそうだった。


「嫌いなわけないでしょ! 友達に嫌いな人を紹介って、わたしひどい奴でしかないじゃん! それに、先輩っていつのこと言ってるの? 付き合ってないってば! た、高久くんはわたしの……」


「――え?」


「とにかく、友達と仲良くならないと進まないって思ってるから。だから、明日学食に来て! そういうことだから、部屋に戻るし!」


「えええ!?」


 ゆかりなさんの気持ちがまるで分からん。嫌いじゃないのは助かったけど、でも友達を会わせるとか何でだー! 進まない……かぁ。ちっとも進みませんよ? ずっと徐行させられてますが、俺の恋は進むのか?


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