第6話 「ねえ、好き?」

「あ、こんにちは」


「どうも、一応兄やってる高久です」


「お兄さんなんですよね?」


「ええ、そうです。お兄さん、やってます!」


 なんだこれ……誰だよ、俺だよ! ここは学校の学食ですよ?


 ゆかりなさんは俺に女子友を紹介したと思ったら、すぐに席を立って少し離れた所から俺たちを見ている。それは何の試練かな? 


 ……何で二人きりにさせるの? 二人きりにさせてる割には、俺をガン見してるのはどういうことなのだろうか。俺が下手な事しないために監視? 監視されてますか?


「高久さんは、誰か好きな人とかいたりします?」


 こ、これは何かの試練か? どう答えればいいんだ。「妹が好きです!」なんて答えたら非常によろしくない世界が俺を待っている。


 ……ここは苦しいが格好つけてみる。


「俺は……俺が好きになった子が好きなんですよ」


 いやいや、何言ってんの自分。誰だよマジで! 好きなのはゆかりなさんだけだろうが! こんな半端なことを言ってしまったら相手はポジティブに受け取ってしまうじゃないか。


「それじゃあ、あの子のことは好きですか?」


「あの子?」


「高久さんの妹のゆかりなです」


 はい? あれ、何でこんなこと聞いて来てんの? 何の罠だ。それよりもさすがに目の前の友達の名前を聞いてあげないと、ゆかりなさんの眼光がすごく痛いぞ。


「いや、えっと、キミの名前を聞いてもいいかな?」


「ゆかりなに許可をもらわないと教えられないんですよ。聞いて来てもらっていいですか? あそこにあの子、いるので」


 そう言うと妹のいる方角を指している。いや、いるのは分かってましたよ? 許可ってなんすか? 


 何で友達の名前を聞くのにゆかりなさんの許可をもらわなければならないんだ……やはりこれは何かの試練、いや、お仕置きか? 


「ゆかりなさん。あの、ちょっといいですか?」


「何で彼女一人を置いてここに来てんの? ねえ、何で?」


「いやっ、そ、そうではなくて……ゆかりなさんの許可が無いと名前を教えてくれないとおっしゃっておりまして、だからその……」


「いいよ! わたし、本気で応援したいんだよね。高久くんがあの子と付き合うなら、わたしももっと、頑張るし。名前聞いていいよ。許す!」


 な、何てことを言いやがりますか。ゆかりなさんが頑張るって何? やはりゆかりなさんも自分の恋を頑張りたいのだろうか。

 くっ……聞くか? 聞かないか? 付き合ってみれば新たな世界が開けるのか!?


 俺は初めて、ゆかりなさん以外の女子の名前を呼ぶことになった。彼女の名前を聞き、呼ぶことを許されてしまったのだ。もちろん、名前を呼んだからといってその子が俺の彼女になったわけではない。


「まりかさん、こんな俺をお許しください」


「いえいえ、こっちもごめんね。ゆかりなはさ、高久さんを育てたいみたいだから。だから私も……」


「育てたいって、俺はこれでも立派な男子なんですが」


「気付いてないんですね~……まぁ、だから私が選ばれたんですけど」


「んん?」


 ずっとゆかりなさんとだけ話をしてきた俺は、初めて他の女子と会話をしている。そのことをゆかりなさんが望んでいるということを聞かされて、何とも言えない表情のままで顔の筋肉が固まっていた。


「兄妹だけど、繋がってないって本当ですか?」


「マジですね。まぁ、それがお得かと言われるとどうでしょうね」


「嬉しいんですよね?」


「はいっ! 超絶に、それはもう……」


 俺と話をしてくれているまりかさんは、ゆかりなさんの友達だ。クラスが違うから話したことは無かった。いや、同じクラスでも話す女子なんていないわけだが。


 そんな俺に初めて女子友が出来た……のか? しかし不思議なことに、まりかさんは俺を好きかというとそれは何とも言えないらしく、今は見守っているという不可解な答えを言って来た。


「ゆかりなさんも、まりかさんも勘違いしてますよ? 俺を眺めていたってスーパーイケメンには成長出来ませんよ?」


 言ってて悲しいが、俺は他の女子に人気者というわけではない。俺よりもイイ男はたくさんいるからだ。勉強は出来る俺だが、不幸なことに俺の通う学校は勉強が出来る男よりも、運動が得意な奴の方が人気になりやすいのだ。


 ……背負い投げが出来れば運命が変わっていたのに。


「ううん、高久さんはそのままでいいよ。そのまま成長していけばきっと、あの子から近付くから」


「近付いて来る……なんか怖い」


「そうだ、高久さん。耳を近づけてくれますか?」


「いえす! どうぞ」


 なんて不用意にも俺は、まりかさんに自分の耳を近付けた。そして、何故か目もつぶってしまった。もちろん何も見えなくなった。まりかさんに耳を近付けながら視界を自ら閉じてしまったのだ。


「えと、な、なんでございやしょう?」


 何故かドキドキしながら彼女の言葉を待ち続けた。そこに誰がいるのかなんて分かりもせずに。


「――ねえ、好き?」


 うん? 何かの空耳か? 好きって何だっけ? そこにいるのは誰なのかい。俺は全力で目を開けることにした。


 耳を貸してと言われたのに、どうして俺は目をつぶったのでしょう。何かのシチュエーションを期待してしまったとでも言うのか? 相手はゆかりなさんではなく、女子友達のまりかさんだぞ? 


 出会ったばかりなんだぞ。などと、自虐的になりながらつぶっていた目をそぅーっと開けるところだった。


 ところが俺の意思では自分の目を開けることが出来なかった。何故だ? 目を開けるだけなんだぞ……。


「あ、あれっ? あの、どなたか、俺の目を抑えつけていらっしゃいますか?」


「ごめんね、高久さん」


「そ、そのお声はまりかさんだね? 俺の目に接着剤でも塗ってくれたのかな?」


「それはないよ。だけど、わたしなりの力で高久さんの目を手で押さえてあげてるの。だから、ごめんね」


「はぁ、ご丁寧にどうもです。なるほど、耳を貸してと言っておきながら油断をさせてくれやがった。それが狙いだったのですな? さすがゆかりなさんの友達。やることがひどい……」


 たぶんだが、学食で女子とあからさまにいちゃついているように見えているはずだ。女子の手で両目を塞がれ、押さえつけられ……きっと俺は男どもから、羨ましいぞこの野郎! などと思われているに違いない。


 幸いなことに口は自由に動かせる。これはまりかさんの慈悲なのだろう。目は彼女の華奢な手でもって塞がれている。ということは話術で彼女を説き伏せれば解放してくれるはずなのだ。


「まりかさん、どうしてこんなことをするのかな? これは俺へのご褒美なのでございますか?」


 強い口調で言うことが出来ない俺の口。その口に何かが勢いよく突っ込まれて来た。


「むがが……か、辛いぞ? お、俺は甘党なんですよ」


「じゃあ、これを……」


「し、シビレル……舌がピリピリしまふ……こ、ここはどこかの実験室!? いつの間にそんな所に来ていたのだ?」


「ねえ、好き?」


 この声はまりかさんではないようだ。いつも聞き慣れた悪魔の様な甘い囁き……いや、甘い誘惑のような声だ。


「ゆかりなさんじゃないですか! 俺の目の前におられるので?」


「答えなさい。好きなの?」


 何だこれ、何の尋問なんだ。好きって何が? 甘いのは好きだが、それのことか? いや、待て待て。色々と口の中に何かの食べ物を突っ込まれまくったが、それか? 


 それともまりかさんのこと? はたまた、ゆかりなさんのことか? どっちにしても嫌いとは言い辛いぞ。ならばポジティブキャンペーンと行くか。


「す、好きですよ?」


「ふぅん……? じゃあ、口を閉じて」


 おっ? 正解か? それなら素直に口を閉じるとしようか。いや、まさかと思うが目を開けられない上に、口を閉ざしたら口をも手で押さえつけるつもりか!? ど、どんなご褒美ですか?


「んんんっ!?」


 な、何かが閉ざした俺の口に触れてきたようだ。ほのかに甘い香りと、人肌のような温もりが……それと同時くらいに、学食は騒然としていたようだ。何かの事件か!? 


 気のせいか押さえつけられていた目の手が一瞬だけ離れかけた。目が開けられんし口も塞がれていたしどうする、俺!?

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