第3話 妹さんは何かを目論んでいる。
妹であるゆかりなさんとは同じクラスである。当然のことだが、同じ授業を受けまくる。これは誰得? もちろん、俺得。同じクラスの兄妹。この関係を知るのはごく一部の友達と、ゆかりなさんの女子友だけだ。
つまり、同じクラスの男たちは俺を敵として認定している。彼女はしょっちゅう俺に話しかけて来る。これはどう考えても付き合っていると思われているに他ならない。本当にそうならどれだけ幸せになれるか……。
「高久、今日の組み手は俺だ」
「へいへい……いいさ。存分にうっぷんを晴らすがいい」
俺とゆかりなさんが通う学校は、自称文武両道だ。どっちかというと、武がメインな気がしなくもない。体育の授業は困ったことに全ての競技をしなくてはならず、しかも休んではいけない。日替わり……いや、週替わりで柔道だったりテニスだったり、とにかく体を動かさなくてはいけない学校だ。
そして今日は柔道。俺はゆかりなさん目当ての男子どもから、いつも強制的に指名を受ける。はっきりいって、強くも無ければやる気もあまり見せることの無い俺を相手にして、いい所アピールしちゃうぜキャンペーンをしているといったところだろう。
「……で、君の名前は――」
相手は俺の質問に答える気はないらしく、組み手とは名ばかりの投げ技をかけてくる。その卑怯な相手に対し、俺は投げられまくりだ。受け身こそ出来るけど、反撃するつもりは無い。これは、ゆかりなさんに直接告白など出来ない、哀れなる男子たちへの俺からの贈り物みたいなもの。存分に投げたまえ!
「高久くん、投げ返さないの? それともドMなの?」
「投げ返しません! そしてMじゃないです」
「ふぅん……? じゃあ、わたしが投げようか?」
今何て? も、もしかして俺を……兄を助けてくれるおつもりなのでございますか? しかし今までの体育では妹さまが投げとかをしたことないはずなんですが。どうやって投げるとでも言うのですか?
「わたしは自分を弱く見せる人を認めない。認めませんよ? そんな風に育てたくないし」
「育ててもらった覚えは……育ててくれるおつもりが!?」
「それは君次第だよ? とりあえず、相手の彼を投げていい?」
「どうぞどうぞ、お好きなようにお投げ下さいませ!」
俺が一方的に投げられまくっているのを、妹はいつも眺めていただけだった。しかし、何の気まぐれなのか、もしくは何かの気が変化でもしたのか分からないけど、あっという間に相手の男子を投げていた。
「せ、背負い投げ……そ、それは駄目な奴だ! ゆかりなさん、それはあかん! 相手が喜ぶ技ですよ? 俺はそんな誰得な投げ技を出していいなんて言ってないよ?」
背負い投げはまさに密着技! 腕を掴まれ顔が近付き……あぁ――そんなのは嫌だ。それをさせるくらいなら俺は今から本気出す! ここは兄である俺が妹にビシっと言うチャンスだ。
「ゆかりなさん! 俺、やる気出すから。背負い投げはもうやめてあげてください~お願いしますぅぅぅぅ……うっうっうっぐすっ……」
「うん、分かった。もうしないから泣かないで欲しいな」
この日から俺にはあだ名がついた。そして、ゆかりなさんは最強の称号を男子たちから得ていた。
休日のお出かけはデート……なわけがなく、何となく妹さんとで歩いているだけ。そんな中、何で俺はこんなことをしているんでしょう?
「俺の涙に責任感じてんなら、面倒見て欲しい」
待て、俺いま何言った? 何そのヘタレ発言。こういうこと言うつもりなんて全然なかったのに……ってか、何で顔赤らめてんの? 今の発言は照れる所じゃないぞ、マジで。
「じゃあ、あなたのこれからを全部見てあげる……本当にいい?」
いやいや、何か怖いぞ。これって、自ら自由を失いました的なやつですか? 束縛とか望んで無いのに……。
「ああ、全てを君に任せたいんだ」
ちがーう! 俺の心の中は全然違うことを言ってますよ? 第一、そんなにいいセリフなんて放ってないよね? それに何で俺、こんなに女の子の前で泣いてんの? そんなに親しくない男が泣くとか、普通引くでしょ。
「はい、カ-----ット!!」
「はっ!? お、俺は今、何を口走っていたのだろうか……」
「まぁまぁだったよ? 高久くんのアドリブ。面倒見て欲しい……なんて、よく言えたね。あのセリフは胸キュンだよ? わたしは無いけど」
「ええ? 誰がキュンキュンしてくれるのか教えてくれないの?」
「無理。全てを君に任せたい……ね。それは勘弁して欲しいかな」
この一連の流れは、全てお芝居によるものである。俺とゆかりなさんは、とある劇団に見学に来ていた。どうやら、ゆかりなさんは何か習い事をしたいらしく目を付けていたのがお芝居ということらしかった。そして、どうしてか意味不明だけど、何故か付き添いで来ていた俺も希望者と見られたあげく、兄妹でアドリブの芝居をやってみたというわけである。
「……ってかさ、高久くんってこの前の体育から泣き癖ついた? 早く直した方がいいよ。じゃないと、怒られるよ」
「誰が怒るの?」
「さぁ……?」
劇団の方たちが下した結論は、ゆかりなさんは正式団員、俺は練習生ということらしい。まぁ、やりませんけどね。ノルマとか苦手だし、それよりも俺には妹の日常を記録する義務が発生中なのだ。それをやめてまで習い事など俺が俺を許さない!
「すみません、今回はやめときます。わたしも兄も、未熟すぎて話にならなかったって分かってしまったので、ご迷惑をかけてしまうと思うんです。またいつかの機会にお邪魔したいです。失礼します」
「し、失礼しましたー」
とまぁ、あっさりとお芝居への道は閉ざされてしまった。アドリブとはいえ、俺は自分の涙を武器にするなど情けなさすぎるではないか。このヘタレめ。
「わたし的には、ありかな……」
「えっ? 何がおありなのでございますか?」
「何でもないよ。はぁ……習い事だと改善出来そうにないって分かっちゃった。んー何がいいかな」
ゆかりなさんの後ろを付いて歩きながら、俺は妹のやりたいことを一生懸命に支えて行くことを決意した。それにしても、「これからを全部見てあげる……」だなんて、言われてみたいものだ。
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