第五十話 マリンへの誘い。


【マリこと、早坂はやさか海里かいりの視点は続く】



 ……誘われて、

 オレンジの屋根の小さなお城。「まるでお菓子のお家」……と、


 そんな趣だけれど、あくまで喫茶のお店。それ以上でも、それ以下でもなく……

 お茶と、優雅な一時を過ごす場所。……そう、あなたと一緒に。


 この上ないロマンス。

 ここは、あなたのお店。このお店の名前、お名前は、あなたが名付けたもの。


 ――マリン。


 と、そう読む、その漢字は二文字で『海里』……わたしと、同じ名前。


「気に入ってくれたかい?」

 と、みつるさん。トキメキを続ける胸、頬も熱くて、少しばかりの吐息も、


「うん! とっても」


「それではお姫様、ご案内するよ」



 ……まあ、とってもロマンチック!


 室内へと誘うその様は、きっと今日のデートが素敵なものと占う。それとも婚約のためのプロポーズかな? わたしはまだ十四歳。……日本での結婚には、まだ二年もあるからこその、やはり運命の赤い糸。――きっと満さんは覚えている。


 遠い日の、わたしとの約束。



『大きくなって、再び会えた六月が結ばれる時期とき……

 ジューンブライド、わたしはお姫様プリンセスになる。白馬の王子様の』



 それからね、……もしも、もしもだよ、


 わたしが時間ときを惜しんで、場所ところも構わず先週と同様に、真っ赤なポシェットに忍ばしている、今はもう年季の入った本を開いていたのなら、もっとドラマチックで、


 もっと素敵な台詞の数々……先週の記憶もそのままに、


「――ところで、何の本、読んでるの?」

 と、ユアセルフ……貴方から。なら、わたしは笑顔の中にあって、


「あ、これ? 『また家族と一緒に』だよ」

 と、時をかけるプリンセスらしく優雅に、紅茶を嗜みながら、そう答える。


「この間も、その本だったね。とっても大事にしてるみたいだけど……ちょっと見せてもらってもいいかな?」


 と、白馬の王子様は……満さん、やっぱり『みっちゃん』は、この年季の入った本、わたしの体の一部ともいえるこの本に、興味を持ってくれた。


 だから勿論、もちろん満面な笑顔をもって、


「うん、いいよ!」

 と、大歓迎だ。わたしは手渡した、その本を。


 二冊の内……一冊。わたしが読んでいた方だ。もう一冊はポシェットの中、緑生い茂る中に於いて、真っ赤なポシェット。夢の場面は、そのまま再現されるようだ。


 それから、ポシェットの中は見ちゃ駄目なの。

 本以外に、女の子の秘密が満載だから……うん、そうなの。


 少し熱を感じる頬。その中に於いても、その本を読み始めるみっちゃん。

 ……段々と、徐々にかな? 何だか難しそうな顔になって、


「ええっと、マリちゃん」

 と、声をかけてくれるから、


「なあに?」

 と、ワンオクターブ高目の返事するわたし……



「これ全部、英語だけど、わかるの?」


「うん、わかるよ」

 と、……なぜなら母国語だから。


「マリちゃん、すごいね」

 と、みっちゃんは褒めてくれた。わたしには当たり前だけど、嬉しかった。


 ……でも、


「でもね、日本語の文字は、あまりわからないの」


「じゃあ、僕の妹に教えてもらったらいいよ、妹は国語の先生なんだ」


「あっ、瑞希みずき先生のことだね」


「あっ、そうか。マリちゃんは、瑞希の学校に通っているのだったね」


「うん、そうだよ。わたしの担任の先生なんだよ」


「じゃあ、大丈夫か」


 ――と、脳内を流れる映像の数々、それはロマンスに浸る妄想の渦中で、その中に於いて……ここは室内。名が『マリン』なだけに、海物語を思わせる情景と色彩。


 多彩な色、五十五色……

 輝くミラーボールとの間にあるものは募る想い。運命へと向かう想い出の色たち。


 まるで溢れる涙と同じように、

 溢れる想いが言葉に転じようとした時……その時だったの。


「あなた」


 と、女性の声、わたしとは違う声……そう。奥の方から、歩み寄って来た。



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