第三十一話 情報屋が、最後に辿り着く場所とは?


「お疲れ!」

 と、労をねぎらう言葉が響く。―― Sound good!


 音羽おとわさんが迎えた。場所は食堂。知新館ちしんかんの一階にある。俺たちは戻って来たのだ。


 出陣する前のこの場所へ。


 そして許可は取ってある。昼休みは終了したが、俺たちの昼休みはこれから。入口から左奥のテーブルの片隅には、この食堂で一番の人気を誇るコロッケ弁当。

 略して『コロ弁』と呼ばれてる。


 気絶や眠らせた十人は、無事に生徒会へと送ることができた。目覚めたらカツ丼とスパルタ級の取り調べ。その後、それに見合った処分が待っている。……と、そうあってほしいものだ、本当に。現実は、きっと違うもの。だから終わりなき戦いだ。



 まあ、ともかく腹ごしらえだ。と、その前に確認したいことがあった。


 この話の燃えるアクションもさることながら、描写不足が否めないのも百も承知で、そうでありながらも気が付いた限りで、二点ほどの補足を要した。


 ――赤い糸。

 音羽の武器だが、もうイメージ済みなら申し訳ない。ミシンなどで使うボビンに巻き付いた糸。それを投げ込んでいた。ボビンがおもりの役割をして相手の足等に絡まり、引っ張ってこかすというものだ。他の使い方もあるようだが、俺が知っているのはそれだけだ。


 二点目は俺がターバン付きの黒衣装で、早坂はやさかが歌舞伎張りの白塗りに長髪のかつら。なのに緑メインの迷彩服(昼間だからか?)の恰好かっこうは最初から? つまり並んで中庭を歩いていた時からか? って、……そんなことあり得ないだろ! 目立ってしょうがない。


 あの時だよ、ほら、


 六人目を追いかけて校舎に入ったあの時、入り口付近の男子用トイレで着替えた。あらかじめ計画し、用意していたのだ。早坂もたぶん同じだろう。渡り廊下でつながった向かい側の校舎の一階、出入り口付近の男子トイレで着替えたものと思われる。……よく考えたら、中等部の校舎なのに、大騒ぎにならなかったものだ。


 と、まあ、


 言い訳じみた中でも、思いついたのはそれだけだが、まだまだツッコミどころ満載だと思う。例えるなら俺たちの武器も同様だけど、それでも俺たちは、この話を続ける。



 やがて食は終わる。

 休日の終わりを惜しむような、そんな感じで、


「また、誘ってくれ」

 と、早坂が言った。……俺は、今までになかった不思議な感じを覚える。


「あ、ああ」

 と、そう答えるのが、やっとだった。


 振り返らず歩む、

 そんな早坂の後ろ姿を見つつ、


とき君、いい仲間を持ったね」

 と一言、音羽が言った。……その日、それが最後の一言となった。



 早坂は、己が情報屋であることを隠したまま、リンちゃんのもとへ帰るだろう。いつまで続くかわからないが……俺には、もうすぐ終盤へと辿たどくような予感がした。


 またたく星を見ながら、


『それはいつ?

 もしかしたら明日なのだろうか?』


 と気付けば星たちに、問いかけるようになっていた。


 まるで、

 まるで流れ星に、お願い事をするように。



 そんな感じで学園からの、このわずかな距離の範囲内での寄り道を満喫して、住処すみかに辿り着く。階段までびついている古びたアパートのことだ。それでも俺にとっては、外の世界とは違って明るい場所だ。静かに黙って……六万円を、母さんに渡した。


 ……。


「いつもすまないね……」


「それは言いっこなしだよ、母さん」


 この金をどうやって、

 いつも六万円、中には十万円もの、高校生にとっては大金だ。


 もちろんアルバイトではない。以前に年齢差相がバレて先生に大目玉だ。特に初子はつこ先生に怒られた。噂通りだ。校長室での往復ビンタを、経験させて頂いた。


 今は、情報屋一本だ。


 ――無論、そんなことは言えない。いや、それ以前に、母さんは訊かない。このお金たちを入手した先を……。だから誤魔化ごまかしも嘘もない。けれども今日は、


「鴇、危険なことや、無理してないかい?」

 と、母さんは訊いた。


 俺の目を、見ていた。ドキッとした。


「大丈夫、心配すんなって」

 と、すぐに笑顔。


 作ったものだと、バレていても……。母さんは、それ以上は訊かなかった。



 ――少し、泣きそうになった。


『ごめんよ、母さん。これ以上は話せないんだ。……でもな、もうすぐだ。もうすぐ足を洗うよ。それまで待っててくれよな、もう心配かけないから……』


 自分でもわからなかった。

 情報屋をめるかどうか。正直にいえば見通しもない。


 ……けれど、近いうちに、

 その状況にまで辿り着きそうな、その様な予感がする。


 たとえそうなっても俺は、

 母さんや、リンちゃんだけは守ってみせる。――と、その決意を嘲笑あざわらうかのように動いたものがある。反社会勢力と久保くぼとは、麻薬の密輸で繋がっていた。


 それで、またリンちゃんが狙われた。目撃してしまったそうだ、現場を。それだけではなく、学園の日常であってはならないことを知ってしまったそうだ。



 本当は、情報屋稼業で手に負える事件ではなかったが、その切なる依頼を音羽は受けてしまった。そして俺たちは、衝撃的なラストを迎えることとなった。



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