第十三話 まさかの終わらず? ……ならば、これが第十二話の後編だ!


「ああ、わかった。また明日」


 ……どうというわけでもなかった。普通に親子の会話。スマホでだ。


 掘り下げてみれば、スマホ画面が十九時二十分を表示。その奥に存在する着信履歴には親父の名前『川合かわいとき』と記されてる。場所は会社からだ。だからといって、珍事なんてことはなく、先月からよくあることだ。特に金曜は。山田やまださん情報では、親父が播磨はりまの大会社との取引に成功し、そのための新規製造ラインの立ち上げに奮闘しているそうだ。時間的には少し早い連絡だったが、今日、親父は帰って来れないとのことだ。お袋がいなくなってからずっと、親父の手伝いをしてきている祖母ばあちゃんも一緒ということだ。


 ……二人とも、俺の誕生日を気にしているようだった。明日はバースデーケーキとともに、これまでミズッチと対戦してきた格ゲーの最新版のソフトをプレゼントしてくれるということで、話は落ち着いた。本当は、新たなプラモデルが良かったけども……。



 そして画面から目を離し、ほんの少し横を向いたら「のわっ!」と、声を上げる羽目になった。ヌッと近くにミズッチの顔。しかもニンマリとドアップだ。


「何、人のスマホ覗いてんだよ」


「わたしは平気だよ。別に見て減るもんじゃないし」


「俺が平気じゃないの! プライバシーの侵害、立派な犯罪なの」


「まあまあ、お風呂沸いたから、先に入ってね」


 ……と、こんな調子で会話は展開された。

 言わなくても、ここは俺の家だ。そう何度も言ってきたつもりだ。それでも彼女は我が家のように遠慮なく……それはそれとして、折角せっかくだから入る。もちろん風呂にだ。


 抜かりはないはずだ。ちゃんと着替えは用意している。


 それにしても、豚汁を作りながらの風呂を中心とした水回りスペースの準備。もう何年もやっているかのような手際の良さだ。今度、彼女のことを『師匠』と呼び、修行をさせてもらおうかと思うのだが、何となくだけど……それまでに彼女は彼氏と結婚して、寿退社を達成してしまうのではないかと思えてならない。


 大きなくくりでは同じ室内にもかかわらず、浴室という区切られたスペース。それでも彼女のことを思えばこそ……やはり、ミズッチが寿退社して無事に、専業主婦になってくれることにエールを送りたい。それが証拠にガラッと、この浴室のガラス戸が開いて、


未来みらい君、湯加減どう?」


 と、いまだ空想の最中だけど、が名のように少しばかり『未来』の暮らしで行われるだろう定番の一言が、そこにはもう、存在していようぞ……って、ええっ?


 振り返ったらニッコリ、


「じゃあ、入るね」

 と、ミズッチは右手にスポンジを持ちながら、ガラス戸を閉め近づいてくる。


「ば、馬鹿ばか、何考えてんだよ」

 心臓バクバクもの。慌てて向き直した。


 背を向けてはいるものの、ササッと隠した。……それ以上は訊かないでほしい。思春期にはよくあることだと思って頂けたら幸いだ。



「だって『もち背中流してあげる』って、約束したでしょ?」

 と、彼女は言った。


『半端なく有言実行な人』と言えたら、かっこいいけれども、


「俺は『はい』とも『YES』とも言ってないぞ。それにな、何で裸なんだよ?」


 ……あり得ないと思うけど、水着はもちろん、バスタオルも巻いてなかった。だとしたら、この密室の中で二人とも全裸。ましてや男と女。生徒と先生だ。


 それでも俺とは違って、ミズッチは堂々たるもので、おかげで、普通に、バッチリ見えてしまった。彼女が初めて俺の家を訪問した日。その日に想像した何もまとわない白い素肌を見るに至ってしまったのだ。


 とはいうものの、それだけで済むはずもなく、とても密着。

 息がかかるほどに、彼女の顔は近づいている。


「そんなの、お風呂入る時はいつも裸って決まってるでしょ。それに、わたしだって『いいえ』も『NO』も言ってないんだよ。……君をお祝いするために一肌脱いだ初めての試みなんだから、観念して洗われちゃいなさいよね」


 紅潮しながらも、やはり野生の『タイガー』だ。

 恐怖に支配され、それ以上の抵抗も、質問タイムまでも失った。


 ……されるがままだ。背中だけを流すはずだったのが、まるで小学校の低学年に戻ったみたいに、すべて泡まみれ。それが全身にまで発展を遂げた。


 おまけに、この時ばかりは、親父たちがいなくて本当に良かったと思える。

 目撃したとする。きっと……問答無用で卒倒だろう。



 湯船に浸かる。お湯はあふれたけど、ミズッチが一緒。小さな体でありながらも、俺にひっついてしまう。これもまた、想像の通りに柔らかかった。


「なあ、ミズッチ」


「……ん?」


「どうしてここまでしたんだ? ……小さなお子様とはわけが違うんだぞ。もし親父たちが帰って来たら、俺はともかく、ミズッチが大変なことになるんだぞ」


 ……クスッ。

 静かだけどハッキリ、笑い声が聞こえた。


 だからこそ、これまた定番の、


「笑ってる場合じゃないだろ?」

 という一言が出た。……あっ、向かい合わせだ。


「心配してくれるんだ。未来君は、わたしに『先生』を続けてほしいんだ」


 えっ? まさかとは思うけど、

めるつもりだったのか? お、俺……何というか、ほんとごめん。何だったら月曜日の朝、ミズッチが今日、無断欠席したことを、校長先生に説明して俺が謝るよ」


 いやだ! 泣きそうなくらい嫌だ。

 嫌になるほど、しどろもどろだ。


「……そう思うんだったら、いきなり『壁ドン』なんてしたら駄目だめだよ。それでビックリしちゃう女の子だっているんだから。女の子はね、それまでのムードが大切なんだよ」


「俺のこと、許してくれるのか?」


「許すも何も未来君のせいじゃなくて……そうそう、大人の都合。わたしの場合は『無断欠席』じゃなくて『無断欠勤』だよ。それでね、ママと喧嘩してお家飛び出しちゃったから帰れなくて困ってたの。今晩だけだから、ねっ、お願い、泊めてほしいの」


 はあ? という感じで、開いた口が塞がらなかった……。



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