第2章  それでも彼女は我が道を進む

2ー1

 授業も終わり、俺は荷物を持って廊下を歩いていた。


 南校舎の四階の廊下は静まり返り、冷たい空気が流れていた。


 この四階の校舎には二、三程の部活が活動をしているらしい。確か、かるた部とコンピューター部がある。奥から聞こえてくるキーボードを音がリズムに乗って聞こえてくる。かるたを叩く音も響き渡っていた。


 部室の前に立つとドアノブに手を掛ける。この先が異空間である。


 要するに、ここが平和な世界だとするのなら、向こう側は荒れ果てた荒野が広がり、人と人が争うような世界である。つまり、ここから自分との戦いだ。


 そして、この部活動にいつの間にか部員となっていた俺は、部活の入部届を出したことが無い記憶がある。


 つまり、誰が顧問なのか俺は未だに知らないのだ。だが、この部活は普通の人間がいるわけでもない。本当に誰がこの部を預かっているのだろうか?


 あれと同じだ。真の犯人が結局分からずじまいの打ち切り漫画のような苦々しく、苛々するそんな気持ちだ。


 そう考えれば気持ちがモヤっとする。そうやって小説を読んでいた方がいい。


 扉を開くと、時坂は椅子に座りながらテレビを見ていた。


「…………」


 扉を開けた瞬間がこんな光景、今、声を掛けたらどう反応されるのか分かっている。殺される……。と、頭にその言葉が浮かんだ。


 時坂は俺が入ってきてもこっちを向かずに、次の瞬間に口を開いた。


「静かに……」


 この寒気さのある冷たい空気の言葉が、俺の胸を貫いた。この時代で同学年の話し相手は彼女以外いない。これがまた寂しいと少し思ってしまう。


「今、いい所なの。今朝、録画してくるのを忘れていたから今しか見る時間が無いのよ」


「……あっ、そう」


 そう言われて俺は、この世界で買った本を取り出して机の上に置くと、時坂はにっこりと微笑んだ。


 どうやら時坂は喜んでくれたらしい。おれがそこまで抵抗しなかったのが良かったのだろう。


「それにしてもその本はどこで買ったのかしら?」


「家の近くの本屋。金はしっかりと払ったぞ」


「私は強盗とか、万引きをしたのかと思っていたわ」


 何を言い出すんでこの女は……。


「そんなことしねぇーよ。さっきも言っただろ? 自分の金で買ったんだ」


 なんだけ、取調室で冷徹な名刑事に尋問されているような気持だ。普通はこんな会話はしないんだけどな。


 時坂は何も悪気もなく言っただけであり、むしろ疑われる俺の方に問題があるのだろうか。


 まあ、そうなのかもしれないけどな……。


「そう。それにしても今時、そんな本を買う高校生はいないと思うわよ。本じゃないんだけど」


「はぁ? 本じゃないのか?」


「当り前よ。それは広辞苑」


「広辞苑? 確かに名前が書いてあるがそれがなんでダメなんだよ」


「それは辞書の一種。高校生でも一部のマニアしか買わないよ。それに値段的にも一万円くらいしたでしょ」


 この女、言いたいこと……。


「一万円は否定しないが、俺はこれをいいものだと思っているぞ。ひくわ……」


「そう言われても誰もが私と同じ意見を言うと思うわ」


 時坂は別の意味で意外そうな表情を見せ、それは本当に馬鹿にしていた。


 時坂のあんな表情を見るのは初めてだ。

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