ep.14◇いつかの炎

「選択肢をあげる」


 燃え盛る炎のただ中で、彼女は静かにそう告げた。

 額に残っていた少しの熱が、周囲の熱さに掻き消える。


 床に倒れ伏したまま、ぼんやりと彼女を見返す。茹だる意識の中で、彼女の言葉を咀嚼する。

 だけどその意味は、とても理解できそうになかった。


「だめ、あなたが選ぶのよ」


 考えるのを放棄すると、それが分かっているかのように、彼女は非難めいた声を上げる。

 しかしその表情は、声とは裏腹に酷く穏やかだった。


「呪いが馴染むまでは、あと少し時間がかかるの。内容は言ってあげたでしょう? 今あなたが死にたいと言うのなら、私は止めないわ。手伝ってあげる。痛みを感じる間もなく、灰も残さず消してあげる。……だから、選んで」


 どうでもいい。

 生も、死も、どうでも。

 勝手にしてくれていい。

 それに黙って従うから。


「ここで人として死ぬか、呪いとともに生きるか。あなたの結末くらい、あなた自身で選んで」


 これが最後のチャンスだから。そう呟いて、彼女は先程己が口付けた額をなぞる。


「どっちが良い悪いじゃないのよ。善悪の問題でもないの。全てを捨ててでも生きる覚悟がある? あなたは生きたいの、死にたいの、どっち?」


 どうして今更、そんなことを聞くのだろう。

 この身を人形だと言ったのは彼女の方だ。


 意思は捨てた。心は捨てた。

 自我を消した。

 空っぽだ。

 もう、何も無いこんなものに、選ぶ事など。


「ならあなたは、どうして今まで死なずに生きてこられたの」


 覗きこまれた瞳に射抜かれる。

 そのあまりに真っ直ぐな眼差しに、息を飲んだ。

 奥に隠しこんでいた自己を、暴かれるかのような。


「聞かせて、ブルネット。あなたの願いは、あなたにとって生きるに足るものなの?」


 容赦なく人を焼いたことなど、欠片も感じさせぬ様な笑みを向け。

 四肢を割き、身体を刻んだその手で、慈しむように頬を撫で。

 古城の魔女は、聖母のように穏やかに、その先の言葉を促した。


 願い、なんて。

 そんなもの。


 彼女の姿を見ていられなくなって、目を伏せる。

 すぐ傍に広がる地面は、煤と血痕で汚れていた。


 お見通しなのだろう。

 砕いて隠したこの心の内も、きっと、全て。


 無慈悲な殺戮を目にしてなお動かなかった心が、今初めて恐怖を感じた。

 その感情が未だ残っていたことに、少しだけ安堵した。

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