第十五話 瞳のフォトグラフ

 何だかんだ言ってようやくそれぞれの苦悩と苦闘は終わり、誰が何の衣装を選んだのかは謎のままそれぞれ別のメイク室に通されることになった。これからが加工職人――い、いや違った、メイクアップアーティストさんの腕の見せ所だ。だが、俺担当の人には同情しかしない。




 そして、ようやく晴れて一同に会することとなった訳であるが――。




 自分でも信じられないほどの変身が完了した俺の姿を見るなり、どうやらみこみこさんらしい人物がわなわなと指先を震わせて、唾を飛ばさんばかりにクレームを入れてきた。



「おまっ……『ペルソナ4』の白鐘直斗を選んだ……だと……!? き、汚いぞ、宅郎!」


「そんなこと言っても、このキャラ、ちゃんと女子ですし。確かに隠れ巨乳ってのまでは再現できてませんけどね。い、いや、なんつーかこれだって十分すぎるほどキツイっす……」



 何たって容姿端麗な男装の『探偵王子』だ。

 俺が衣装を着るだけで申し訳ない気分になってくる。


 ジャケットもパンツも超細い。かがめない。今にも破けそう。だがウィッグはもちろん、帽子や眼鏡やらの再現性の高い小物も全て揃っていると、それなりに見られるレベルにはなってくれていると思ったりする。



「そういうみこみこさんは『マクロスF』のシェリル・ノームっすね! んで、『射手座』の時の軍服コスっすか! ある意味、キャラ通りっつーか、良く似合ってますよ!」


「そ、そうか? そう言ってくれると素直に嬉しい……って、キャラ通りとはどういうことか」


「ま、まあまあ。褒めてるんっすよ」


「ほほう。では、好感度は上がったかな? ほれほれ、意外とこれ、露出も高いんだぞ?」



 ひらひら見せない!


 つい見ちゃうけど!

 足とか胸元とか!


 名残惜しそうにちらちら盗み見しながら、ふといるべき人がいないことに気付いた。



「あ、あれ? 凛音お嬢様は何処っすか?」


「一回出てきたんだがな……何でも、宅郎に見られるのはまだ心の準備ができてない、と」


「……へ? いやいやいや。おーい、凛音ちゃーん!」


「い、今、そちらに、行き、ます……うぅ……」



 俺の呼びかけに蚊の鳴くような凛音お嬢様の声が応えた。やがて、衣擦れの音と共に、そろり、そろり、と登場してくる。




 その瞬間、はっ、と俺の心臓が鼓動を止めた。




「どう……ですか……? や、やっぱり……変……ですよね……?」


「おい、宅郎? 大丈夫か? 息、してるか?」


「――ぷはっ。だ、大丈夫です。と、とっても似合ってるじゃないか、凛音ちゃんっ!」



『Fate』の間桐桜の制服プラスエプロンバージョン……だと……!?


 確かにコスプレとしては決して派手ではないのかもしれないが、凛音ちゃんのキャラクターに恐ろしいほどにマッチしていて、そのまま画面の中から出てきたのかと錯覚したくらいだ。


 いつもとは違って、うっすらとメイクまでしているのでまさに二次元からの三次元立体化としか思えない。だが、当の本人は長すぎる沈黙を別の意味と捉えたらしく、小物として右手に持たされているお玉を胸元で、きゅっ、と抱き締め、ふるふると小刻みに震えていた。




 やべえ。こんな子が待っている家に帰りたい。

 んで、オムライスとか、あーん、されたい。




「いっそ普段とは全く違う別の自分に……と思ったのですけれど、さすがに美琴さんやセンセイのような凄い冒険は私にはできなくって……でも、これなら何とかと思ったのですが……」


「いやいやいや! 逆に自分のキャラを生かしつつ、完璧になりきってるところが凄いよ!」


「実に悔しいが……ここまでお似合いになると、我々も太刀打ちできませんよ、お嬢様」


「そ、そんな……! 恥ずかしい……です」



 守りたい、そのはにかんだ笑顔。

 んで、消し去りたい、俺の場違いなコス。



「ようし! それでは、早速撮影の方に移るか! スターッフ! あたしの写真を撮れー!」



 な訳で、ノリノリなみこみこさんシェリルの高らかな号令と共に撮影が始まってしまった。


 ぴしいっ!



「こんなサービス、滅多にしないんだからねっ!!」



 鞭マイク持ちながらその科白言うと、それだけ見たらツンデレなSM女王様っぽいっす。


 髪型はいつもの使い古しの絵筆ではなくいかにもシェリルらしいストロベリーブロンドのウェーブのかかったウィッグであり、ベースが整っているみこみこさんはフルメイクの効果も絶大で、さらに一層その美人さんぶりが発揮されていた。確かに思えば、普段はあんまり化粧っ気がない。それに、いつもは窮屈なスーツに包まれていたが、胸の方も結構あったようだ。


 ……えー。

 やっぱ、こんな人が俺のこと好きとか、ただの哀れな童貞の妄想でしょ。



「よーし! 撮られた撮られた! 私も初体験だったが、なかなか楽しいな、これ!」



 そんな俺の気持ちを他所よそに、むっふー!と鼻息荒くみこみこさんが帰ってきた。


 となると、次は――。



「じ、じゃ、次は凛音ちゃんの番だね! ほら、スタッフさんが助けてくれるから大丈夫!」


「は! はい……! では、凛音、行きまーす!」



 初めにみこみこさんの撮影風景を見たことで覚悟が決まったのか、若干アムロ・レイ風味の科白を口走りつつ、凛音お嬢様が勇ましく撮影スペースに足を踏み出した。



「はーい! こっちに目線くださいねー! 身体は逆側にひねって!」


「は――はひっ! こ、こうですかっ!?」



 しばし、パシャパシャ!とデジタルのシャッター音が鳴り響く。これだけの逸材を目の前にして、数々のお客さんを撮り慣れている筈のカメラマンさんも若干興奮しているようである。



「いやー。ここまで楽しんでくれると、連れてきた甲斐がありますね。良かった良かったー」


「おい。何、終わった感出しているのだ? 次はお前の番だ宅郎! ……こら、逃げるな!」



 くそ、逃げられなかったか……。




 それから撮影終了までの時間が長いこと長いこと。

 こんなの、拷問でしかないっす。




 ◆◆◆




【今日の一問】


 次は、TYPE-MOONの『Fate/Zero』の登場人物・セイバーの台詞です。□内にふさわしい語句を埋めなさい。


    問おう。貴方が私の□□□□か?


    (公立高等学校入試問題より抜粋)




【凛音ちゃんの回答】

『御主人様』。

 結構自信があります。




【先生より】

 惜しいです。正解は『マスター』です。凛音ちゃんの回答では、アキバのメイドカフェにいるかなり横柄なメイドさんになってしまいます。なお先生は、もし実際にメイドさんにその台詞を言われても結構嫌いではありません。あ、念のため誤解のないように記しておきますが、先生にM属性はありませんからね! 本当です!



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