第十三話 凛音、アキバに立つ

 鞠小路家のある神奈川県・北鎌倉市から、謎の動力機関で動いている電車に揺られること三〇分。俺たちは旧・秋葉原駅前に降り立っていた。



「ここが聖地……秋葉原なのですね……!」



 凛音お嬢様が目の前に広がる光景にうっとりとしてつぶやきを漏らした。




 ちなみにこの時代では、全面地下化のリニア駆動の電車が一般的らしい。車輪はないのに電車、というのは少し語弊ごへいがある気もするのだが、電磁浮遊式旅客車両の略称が『電車』だと言うので仕方ない。本気を出せば三〇分もかからないらしいが、過密なダイヤのおかげで速度がかなりセーブされてしまい、結局はこうなるのだと言う。風景も見えないし、実に勿体もったい無い。


 なお、もっとハイテクかつ高度で超高速な移動手段はさまざまあったらしいのだが、あっという間に着いてしまうのはアキバらしくない、と俺が主張したためこうなった。おかげで護衛役のみこみこさんをはじめとしたエージェントの皆様には大変ご苦労をおかけしております。




「聖地なんて御大層なモンじゃないですけどね。っていうか……マジで変わってないっすね」


「だろ? 創業三〇〇年を優に超える老舗しにせオタクショップとかあるんだぞ? 笑えるだろ」



 あそこに見えるのは『ラジ館』だろう。俺が知る改装後の姿からさらに進化を遂げているようにも見えたが、それでも原型をわずかに留めているところがある意味凄い。


 ふと隣を見ると凛音お嬢様の姿がなかった。


 慌てて見回すと、遠巻きに見守るエージェントさんたちの視線の先で、しきりに声をかける女性の方へふらふらと歩いて行く凛音お嬢様の姿を発見した。



「ス、ストップ! あの人に近づいちゃ駄目っすよ、凛音ちゃん!」


「うぇ……何故ですか? 綺麗で優しそうな女の方ですけど?」


「あれはね……このアキバ名物の『エウリアン』という生物です。捕まったら帰れません」



 つうか、まだ生息してんのか、エウリアン。

 そっちの方が驚くわ。


 特区指定されて保護されているのはこういう部分も含めて丸ごとなのか。ちなみに俺の友人のさらに友人が見事にたらしこまされ、九十六回ローン組まされて萌え絵のシルクスクリーンなど購入させられたりしていたりする。怖い怖い。他人事じゃない。



「それよりも大通りまで出ましょう。おっと……終日ホコ天なんすねえ。いいじゃないすか」


「うわぁ、凄い人ですね! 外国から来た方もいっぱい!」



 特区指定されているだけあって、中央通りはもう曜日・時間関係なく歩行者天国となって交通規制されているらしい。ガード下の形ばかりとなった横断歩道から『シュタゲ』よろしく後ろを振り返ってみると、かなり近代化され変わり果てた『肉の万世』と万世橋まんせいばしが見えた。ちょうどそのあたりからがらりと街並みが変わっているのが分かる。



 俺の方はと言うと、自分の記憶の中にあるアキバの街並みとの答え合わせに夢中だった。ああ、『Hey』はもうないんだとか、『ゴーゴーカレー』は超絶進化してんなとか、『ZIN』なんてあんな狭いのにまだ生き残ってるじゃん凄え、とか。それでもざっくり眺めると、やっぱり『アキバ』は『アキバ』で変わっていない。その光景につい涙が出そうになった。



「感涙に浸っている場合じゃないだろう、宅郎。美少女と美女をエスコートしてくれたまえ」


「あ――そうでしたよね。すいません。つい」



 ならば早速だ。

 あの日果たせなかった約束を果たすんだ。




『とら』行って新刊チェックして、『メロン』行ってえっちな本を眺めつつ――い、いやこれはさすがに雰囲気を味わう程度に留めておくか。『レジャラン』行ってゲームは……大丈夫だろう。あのメイド喫茶はまだあるんだろうか。ま、店の候補はいくらでもありそうだ。『ソフマ一号館』でエロゲ新作――も駄目だから『ZONE』に変更して、その後でジャンクな裏通りを覗いてみよう。コスチュームの取扱店やらアニメ・漫画のグッズ店もあるし、PCオタクじゃなくても何とかなる筈だ。




 ……くっそ。半減してるじゃんか!


 いいもん!

 今度絶対、一人で来てやるもんね!




「じゃあ行きましょう! こっちです!」



 期せずして大所帯となった一行は、俺の号令を合図にアキバ探索を開始した。




 ◇◇◇




「ふうぅ……。私、何だか疲れてしまいましたぁ……」

「俺の方がはしゃぎ過ぎて、慌ただしかったですかね。ごめんね、凛音ちゃん」


 今はメイドカフェで休憩中である。

 凛音お嬢様は弱々しく呟くと、卓にぐったりしていた。


 日本初のメイド喫茶とされるここ『キュアメイドカフェ』が生き残っていたと知った時には感動でマジ泣きした。確か二〇〇〇年開店だから、三世紀にわたって愛され続けている名店って訳だ。


 個人的な意見だが、若干風俗的なノリも見受けられるイケイケな他店とは違い、極めて正統派なヴィクトリアン・スタイルのメイド衣装を貫くこの店が大好きだ。だが、よく考えると凛音お嬢様にとっては日常と大差ないらしい。ううむ、複雑な気分だなあ。



「ここは良いな。凄く落ち着けるし、癒される。やるな宅郎。デートコースとしては良いぞ」


「うぇっ!? それ、マジで今日みこみこさんが同行している目的だったんすね……」


「凛音お嬢様のオタク度も増して、私の好感度も上がるとなれば、一挙両得じゃないかね?」


「えと……俺の好感度を上げて攻略してやる!って話は、一体何処行ったんでしょうか?」


「……はっ!? し、しまった! これでは逆ではないか!」



 んぎぎぎ!とか言い始めたみこみこさんはしばらく放置しておこう。


 少しは回復できたのか、ようやっとむくりと起き上がって、淹れ立てのオリジナルハーブティーにそっと口を付けた凛音お嬢様に尋ねてみる。



「あまり無理してもアレなので、適当にコースは変更します。で、凛音ちゃんのご感想は?」


「と、とにかく圧倒されっ放しです! 見る物、聞く物、全てが新鮮で鮮やかに思えます!」


「うんうん。最初はそうなるよね。脳内の情報処理が追い付かないっていうか」


「ですねっ! そんな感じですっ! 私、普段はお屋敷と学校の往復だけなので……」


「うーん、それは厳しいなあ。せっかく若いんだし、いろいろと挑戦したいよねえ」


「なんですけれど……。それはそれで、鞠小路家を継ぐ一人娘という責任もありますので」



 不意をく台詞に、思わず、うっ、と言葉に詰まってしまった。

 十七歳の女の子にそんな重荷を背負わせていいものか。


 だが、俺は俺でしかない。

 俺はただのオタクだ。




 けど、俺に与えられたミッションはこのお嬢様をオタク色に染め上げることじゃないのか?




「よし! じゃあ予定を変えましょう! これから、皆でコスプレをすることにします!」


 こうなったら徹底的に凛音お嬢様の『お嬢様像』をぶち壊してやるぜ!




 ◆◆◆




【今日の一問】


 次は、オタク・カルチャーの聖地『秋葉原』を説明した文章です。()内にふさわしい語句を埋めて完成させなさい。


    秋葉原は(   )を発祥とし、現在は

    オタク・カルチャーの聖地と呼ばれている。


    (私立高等学校入試問題より抜粋)




【凛音ちゃんの回答】

『鎮火社』。

 すみません。これしか浮かびませんでした。




【先生より】

 ある意味正解ではありますが、時代がさかのぼりすぎです。慌てて歴史を紐いて、凛音ちゃんの回答で合っていることに先生の方がびっくりしています。模範解答としては『電気街』というのがシンプルで良いと思います。とは言え、真っ当な電気屋さんやパーツショップは年々数少なくなっていますけれど。



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