第十二話 ロマンティックあげるよ

 それからしばらくたった日のことだ。


 軽快なノックの音に応じると、みこみこさんがいつものスーツ姿で俺の部屋に入ってきた。




 ちなみに俺の部屋というのは、この鞠小路家の広大な敷地に建つ広大なお屋敷から少し離れた隅っこの方に建てられているそこそこ立派な研究棟内にあったりする。ある意味、みこみこさんはご近所さんなのである。




「調子はどうだね、宅郎」


「うーん……それなりに進んではいるんですけどね。このペース、正直厳しいっすよ」


「ま、我々もかなり苦戦を強いられたからな。そこそこ苦労してもらわないと立つ瀬がない」


「うまくいって欲しいのか、そうでないのか、はっきりしてくださいよ、もう」


「いやあ、済まん済まん。悪気はないのだ」



 あっはっは、と高笑いを上げつつ、勝手知ったる何とやらで壁面のパネルを操作して珈琲を二つ取り出すと、片方を机にかじりついている俺に押し付け、隣に置いた椅子に後ろ前にどっかと腰かけた。そのまま背もたれの上でチェシャ猫みたいなにやにや笑いを浮かべている。



「話に聞くと、黎明期の教材を一通り片付けた後は、ロボット物とか魔女っ子物とか、いくつかのジャンルと系統に分けて学習を進めているそうじゃないか。確かに年代ごとに区切って進めるより、そっちの方がはるかに効果ありそうだ。やはり、私の目に狂いはなかったな!」






 ……ちょっと待って。






「……え? 俺を選んだのって、みこみこさんなんですか?」


「ん? そうだが?」


「他にもいたでしょ!」


「む。仕方ないじゃないか。適性値が同じくらいならあとは顔の好みで、って何を言わせる」



 あんたが勝手に言ってるんじゃないっすか。

 それも冗談交じりで。何か嫌だなあ。



「そういうことをさらっと平気な顔で言うから、いまだに独身なんですよ、みこみこさん!」


「おいおいおい。好みの顔だって言うのはホントのことなんだぞ?」


「それマ?」


「マジだ。……ちょっと待て。これか? モテない原因って? いつも私は本気なんだが?」


「嘘っぽいっす。どうせアレでしょ? 二十日鼠に似てるからとか。言われたことないけど」


「何故、齧歯類に恋せにゃならんのだ、私は。お前は私好みの顔をしている。駄目か?」


「うーん……。ドキドキが足らないので、良く分からんっす」




 こんなにストレートに言われたことないからなあ。


 逆に現実味がない。

 なさすぎる。




 で、改めてみこみこさんを見ると、俺には勿体ないくらいの美人だと思ったりする。


 そりゃ、凛音お嬢様の清楚さや可憐さや完璧美少女加減と比べちゃったら歳も離れているしフェアじゃないと思うが、髪型さえ何とかしてくれれば完璧だ。いや、この使い古しの絵筆みたいな変人ぽい髪型だからこそ、同類のオタクっぽい親近感が妙に湧いてくるのかも、と思ったりする。




 そして何より、名実ともにオタクだ。


 今までの俺の人生において、ガンダム名台詞でやりとりできる女性なんていなかったじゃないか――ふとそう考えたら、妙に心の奥底がむずむずして落ち着かなくなった。




「また私は何もせずにフラれるのか……?」


「い――いや。い、今、フラグは立った気がします。何となくですけど……」


「マジか!? じゃあ、後は好感度を上げていけば宅郎の攻略が可能ってことだな!?」



 うわあ。

 うひょー!とか言ってる人、現実世界で初めて見たぞ。


 でも、こんな恋愛ゲー発想ができるところもみこみこさんぽくって良いな。うん。



「意外とこう見えて、宅郎はチョロそうだからな! いける! 今回はいけるぞ!」


「誰がチョロインですか! そう簡単にいきませんけどね!」



 あー、楽しいかも。

 俺の中の悟空がワクワクし始めた!


 こんな滅多にないチャンス、素直にYESと言っても良かったんだろうけど、このまま攻略された方がこの先楽しくなりそうだ。一度きりの人生、せいぜい楽しまないとな。



「それはそうとですね、みこみこさん」


「何だね、ダーリン?」



 それは強引すぎます。

 ウインクじゃなくて両目つむっちゃってるし。



「そろそろ、凛音お嬢様の学習指導も次の段階に進めないと、って思ってるんすよ」


「ほう。聞かせてみたまえ、マイ・スウィート・ハニー」



 だから無茶だってば。そんなんで好感度は上がりません。

 俺、チョロくないし。



「こほん……。このまま座学だけで凛音お嬢様をオタクに仕立てあげる、なんて無理だと思うんすよね。だってそれじゃ、アニメと漫画にただ詳しいカルトな奴、じゃないっすか」


「おいおいおい。目指すのはあくまで『宅検』合格だ。それでいいんじゃないのか?」


「でも、求められているのはコッテコテのオタクになっちゃった凛音お嬢様なんですよね? だったら何か違くありません? それだと結局、覚えゲーの世界なんで、限界あるっすよ」


「それはそうなんだが……」



 どうする?と無言で問い返すみこみこさんにうなずいてみせた。



「なので、オタク・カルチャーをもっと肌で感じてもらう機会を作りたいんです」


「と言うと?」


「やっぱ、聖地巡礼でしょう。あ、この場合の聖地って、アキバのことっすけど――」



 あ、しまった。

 二三〇〇年の、今のアキバの状況を知らないんだったっけ。


 しかし、みこみこさんは、成程、と唸っている。大丈夫そうだ。



「オタク・カルチャー国有財産化宣言から一〇〇年……アキバは特区として町丸ごと保存指定されているからな。宅郎からしてみれば三〇〇年後の世界だとは言え、そこまで大きな変化はないと思うぞ」


「じゃ、乙女ロードはどうです? メイトが移転してからかなり変わったって聞きますけど」


「池袋も一部特区指定はされているが……あちらは少しこぢんまりとしているかもな」


「ま、俺もそっちは詳しくないんで、機会があったら考えてみます。で、可能っすか?」


「旦那様と奥様にご許可をいただく必要があるが……よし、手配しようじゃないか。宅郎もこの屋敷から出たことがないし、私も護衛を口実に大手を振ってデートできるからな。ぐふふ」



 って笑い方。

 嫌いじゃないけどね。




 と言う訳で、急遽、『お嬢様と行く!アキバ観光ツアー』が計画されたのであった。




 ◆◆◆




【今日の一問】


 次はジャンルごとのアニメ作品を年代別に並べたものです。正しいものを一つ選びなさい。


    (ア)ターンAガンダム→機動戦士ガンダムF91→機動戦士ガンダムZZ

    (イ)魔法少女ララベル→魔法の天使クリーミーマミ→美少女戦士セーラームーン

    (ウ)ゲッターロボ號→新ゲッターロボ→真ゲッターロボ


    (公立高等学校入試問題より抜粋)




【凛音ちゃんの回答】

(イ)。

 正直、山勘です。自信はありません。




【先生より】

 正解です。先生も(ア)は間違えない自信がありますが、あとの二つはギリギリです。特に(ウ)はどれが新しいのかいつも迷ってしまいます。ことアニメに限らず、漫画でもラノベでも、タイトルに『続』とか『新』とか『真』とか『偽』とか付けるのは反則だと思います。



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