事件現場
「それで、扉を開けたらそこの男がいたから……こんな怪しい奴、絶対犯人に決まってるわ!」
「いや、僕は部活の交流会で……」
「そのついでに下着ドロ? 良い度胸ね」
「いだからそれは誤解なんですって」
と、いう説明も、もう何度したことやら。ちっとも信用してもらえない。僕ってそんなに怪しい感じなのかな……? 特に僕を捕らえたショートカットの女子生徒はかなり厳しく追及を重ねてきて、ほとほと参ってしまう。
話を聞いていた頼り人――肝心の町子さんはどんな様子なのかというと、終始ニコニコとした人懐っこい笑みを浮かべ、なるほどなるほど、と実に楽し気に相槌を打っていた。人の気も知らずに。
それでも何とか聞き出した事件の概要はこうだ。
白羽女学園には屋内プールがある。温水も出るなかなか高機能なプールだ。だから当然、水泳部の活動も年間を通して続くものであり、事件もその水泳部内で起こった。
被害者の名前は
「消えたという表現は正確じゃあないねぇ、ワンコ君。盗まれたと言うのが正しいよ」
「いや、でも、まだ盗まれたと確定したわけじゃないですし」
「容疑者はいるのに?」
「容疑者って……僕のことですか⁉」
こんな酷い話があるだろうか。疑いを晴らすために呼んだ人物に容疑者扱いされるなんて……。
「まあまあ。まだ結論を出すには早いけれどね」
ところで、と町子さんは事件のあらましを説明してくれたショートカットの女子生徒に目を向ける。
「ええと、桜……桜場さん?」
「桜間です」
「ああ、失礼、
「
「ああ、ごめんなさい、優希さん! ……“さっちゃん”って呼んでも?」
「……もう好きにしたら良いじゃないですか」
そう言って桜間さん、もとい“さっちゃん”は大きな溜め息をつくと、そっぽを向いてしまった。どうやら相当頭にきているらしい。そういうわけで、僕がこの部屋の空気を代弁することにした。僕は小声で町子さんに尋ねる。
「……なんで“さっちゃん”?」
「桜から。縮めてさっちゃん」
薄々勘付いてはいたけれど、もはやそれはあだ名にする意味があるのか……?
ジロリ、と桜間さんもとい“さっちゃん”が町子さんを睨む。相変わらず迫力満点の表情だ。しかしそれは裏を返せば正義感が強いということでもある。あるいは彼女自身、被害者の杉本詩織さんに憧れでもあったのか。とにかく下着泥棒が許せないのだろう。
「大体、あなたは一体何者なんですか。そこの男は弁護士って言ってましたけど」
「弁護士? まあ、当たらずとも遠からずってところだねぇ」
そして彼女は僕の方を見て、まるでイタズラをした飼い犬を躾けるようにして言った。
「ダメじゃないか、ワンコ君。情報伝達は正確じゃなくっちゃあ」
「す、すみません」
「まあ、でも、良い方法ではあったね。お陰で話をスムーズに聞くことができた」
スムーズというほどスムーズでもなかったような気がするけれど、しかし狙い通りの効果を得られたというのも事実である。僕が町子さんを呼んだのは他でもなく僕の無実を証明してもらうためだけれど、その過程において若い女性である方が情報を集めやすいだろうと判断したからだ。弁護士という肩書きも付け加えれば尚のことである。
「正確には弁護士見習いってところかな。再来年あたりに司法試験を受けようっかなーって思ってる感じ? 今はただのしがない大学生だよ」
「大学生? それってつまり素人じゃないですか! やっぱり警察に……」
「どうぞご自由に。とはいえ殺人事件でもないただの窃盗事件です。派遣されるのはおそらく生活安全課」
「だから?」
「生活安全課には知り合いが多いので、ある程度融通が利くんです。ですから最終的には結局私が調査することになると思いますよ?」
町子さんがそこまで言うと、流石の“さっちゃん”も引き下がらざるを得なかったようだ。渋々という感情がひしひしと伝わってくる悔しそうな表情だった。
「まあまあ。私に任せてもらえば取りあえずは安心だと思いますよ。こういったトラブルの解決には自信があります」
「ということは町子さん、もしかして何か気付いたことでもあるんですか?」
「もちろん」
僕の質問に町子さんは笑顔で答えてみせた。
驚いた。まだちょっとこの部屋の状況を説明しただけなのに、もう何か重要なことに気が付いているらしい。
「ではここで、事件の内容を改めて整理してみましょうか」
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