名探偵登場
不運な出来事は続くというが、どうやらそれが事実らしいということを、僕は改めて実感した。それは下着泥棒の汚名を受けるよりも十日前――とある平凡な日曜日のことだ。
その日はどうにもツイていなかった。朝から犬の糞は踏むし、楽しみにしていた飲食店は臨時休業になっているし……とにかく酷かった。極めつけは道に倒れていた男性を介抱しようと思ったら、その人が死んでいて、それも他殺の線が濃厚で、あろうことが僕がその容疑者として取り調べを受けることになったということだ。
現在進行形で巻き込まれている事件からすれば落差甚だしいが、しかしどちらにせよ僕の人生がかかったトラブルであることは確かだろう。今にして思えばあれは悲しい事件だったけれど、だからと言って僕がこのまま冤罪を被る理由にはなるまい。
さて件の事件に巻き込まれた僕がどうなったかというと、どうしたものかと頭を悩ませているところに一人の女性が通りかかった。そして彼女はその場の状況や僕の僅かな証言を元に、あっさりと真相を導き出してしまったのだ。僕の無実を証明してくれたその人物こそ、この窮地において唯一頼れる人物たり得るだろう。そう、
「いやぁ、遅くなっちゃってごめんねー、ワンコ君」
「遅いですよ、町子さん!」
「仕方ないでしょ、こっちにも色々と事情があるんだしさー。来てあげただけでも感謝してもらわなきゃね」
そう言って彼女はパチリとイタズラめかしたようにウインクしてみせた。
こっちは今後の人生がかかっているのにこの人は……!
いや、町子さんに対して怒るのは筋違いだ。僕は何とか自分を諫める。
白羽女学園水泳部室。現れたのは天真爛漫な笑みを浮かべた一人の若い女性。関ケ原町子。人の顔と名前を覚えるのが苦手な彼女は、出会った人に片っ端からあだ名をつけて回る習性がある(ちなみに僕のあだ名は苗字の“犬山”からとって“ワンコ君”)。そして自身の苗字が嫌いな町子さんは、彼女自身のことを下の名前で呼ばせることが多い。そういうわけでまだ出会って間もない僕と彼女であったが、彼女は僕をあだ名で呼び、僕は彼女を下の名前で呼んでいる、というわけである。
今日の彼女の服装はジーパンに、何やら筆記体の英語が書かれた白いシャツ、その上には薄桃色のロングカーディガン。春らしさが演出されている衣裳だ。特にジーパンとシャツは身体のラインにぴったりと合っているもので、それは彼女の身体の凹凸を見事に表現するものであり、僕のような純情な男子高校生にはやや眩しすぎるものだった。
だが、特筆すべきことはその服装でもスタイルの良さでもなく、整った顔立ちでもなければ、そこにかけられた大きな黒縁眼鏡でもない。町子さんの最大の特徴は、その髪の毛である。
彼女の髪の毛は、綺麗に三色に分かれていた。赤、黄、緑。肩に届くか届かないかという長さの信号色の髪の毛――当然ながら、その場にいた人間全員の注目は、町子さんの頭部に集中することになる。
彼女のエキセントリックな髪色は何も今に始まったことではない。初めて出会った時は金と銀のツートンカラーだったし、その後改めてお礼をしたいと会った時には某炭酸飲料を連想させるような赤と白のメタルカラーだった。聞けば髪を染めるのは彼女の趣味のようなもので、二、三日に一度は染め直しているのだという。
染めるにしてももう少しまともな色があるだろうとは思うけれど、だがまあ、髪色を除けばごく普通の――というより、むしろこういったトラブルを解決するに当たってはとても頼りになる女性だ。例の殺人冤罪を救ってもらった後に調べてみて判明したことだが、どうやら彼女が個人的に解決の手助けをした事件は多数あるようで、勿論警察が発表する公式声明ではそんなことは一切明かされてはいないのだけれど、しかしそれでも一般人の中でも知る人ぞ知る存在なのだとか。
さて彼女――関ヶ原町子さんは、床に転がされたままの僕を含めた一同を見渡すと、一つ咳払いを挟み、改めて口を開いた。
「どうもみなさん、初めまして。関ヶ原町子って言います。気軽に町子さんって呼んでね。さて、私がこうして呼ばれたってことは、何やら事件があったということですね。お聞かせ願いますか?」
こうして、町子さんの髪色に注意が集まっている間に、気が付くと彼女の調査参加が決まっていた。あるいは、これが彼女なりのやり方なのかもしれないとも思った。
床に転がされているという情けない格好のせいか、僕にはいつになく町子さんが頼りがいのある人に見えてならなかった。
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