4-2 手紙

 静寂の森。この森の奥にある自室でエルサイスはひとり静かに考え事をしていた。ヨーゼフの死の報せを受けてからというもの、自室に引きこもる事が多くなったという。

 彼の死の報せを受けた後、エルサイスは他の同志……エイブラ、アステリオルの消息を知るべく風の精霊シルフに彼らの探索を命じていた。

 エイブラについては2人の若者と供にグラビグラドを発ち、旅立つところをシルフを通じて把握する事ができていた。

 だが、一方のアステリオルに関しては、未だに消息が全く掴めておらず、シルフの探索を以てしても彼が今、どこで何をしているのか分からず仕舞いだった。

 エルサイスは自室でシルフから思念によって送られてくる映像をオーブを通じて投影させ、確認する事がある。今、まさにその映像を見ている時だった。

「エイブラが連れている2人の若者……。1人はエイブラの息子だろう。目元がよく似ている。もう1人は、もしかするとヨーゼフの息子かもしれん。表情がこれまたあいつにそっくりだ。だとするなら彼らが行動を供にしているのには、ヨーゼフの死が関係あるとみて間違いないだろう」

 エルサイスは視線を部屋の片隅に置いてある木箱へと向けた。そしてその木箱にかけられている鍵を外し、中身を覗き込んだ。

 そこには、かつて自身が彼らと供に旅をした際に着ていた旅装束と鎧が、大切にしまわれていた。

 しばらくの間、エルサイスはそれらをじっと見つめていたが、やがて蓋をして再び鍵をかけた。

「ふぅ……。できる事なら今にでも彼らのところへ行きたいが、今はこの森とエルフ族を守らねばならん立場にある。ここを離れるわけにはいかん。……まったく」

 エルサイスは深いため息を漏らしつつ、窓越しの景色を眺めた。景色と言っても、巨大な神木と、その枝葉が見えるばかりで、その隙間から時折木漏れ日が差し込んでくる、彼にとっては既に見飽きた景色が見えるだけであった。


 しばらくボーッと窓越しの景色を眺めていたエルサイスは、おもむろに机の引き出しから1通の手紙を取り出した。差出人は、ヨーゼフ=ラスターと記されていた。


――親愛なる友人、エルサイス=フリードリヒへ


 あの戦いの後、それぞれの故郷へと戻ってから久しく会っていないが、

 風の便りで君がエルフ族の王となったと聞いた。友としてとても嬉しく思う。

 とはいえ、君の事だからさぞ息苦しい思いをしている事だろう。


 俺は変わらず元気に暮らしている。自慢の息子ももう、今年で10歳になる。

 息子の成長は嬉しいが、その分俺も歳を取ったと思うようになった。

 どうやら息子は俺より剣の才能に恵まれているようだ。

 親バカと笑われるが、ひょっとするとあいつより才能があるかもしれないぞ。

 口惜しいが、このままだといずれ追い越されちまうな。


 ところで、あいつの行方、もし分かったら知らせてくれ。

 あれっきり何の音沙汰もないから、どこで何をしているのか気になってね。

 よろしく頼むよ。


 最後に、折を見て息子を連れて君に会いに行こうと思っている。

 その時には久しぶりに酒でも飲み交わそう。

 再び君に会える日を楽しみにしている。


                           ヨーゼフ=ラスター――


 手紙を読み終えると、静かにそれを引き出しへとしまい、再び窓越しの景色へと視線を送った。

「お前の言う通りホント、ここは退屈だよ。下界にいたあの頃が懐かしいよ。エルフ族のおさなんて、なるもんじゃあない。どこへも行けないなんて、まるで籠の中の鳥のようで窮屈でしょうがないさ。しかし、あいつの消息がこうも分からないとはな……」

 エルサイスは誰にともなく、ひとり呟いた。その手にはいつの間にか、ワインの入ったグラスを持って。

「しかし、俺が方々へ放ったシルフがただの一度もあいつを見つける事ができないとは妙だ。ひょっとすると、魔法障壁で囲まれた場所に留まっているか、あるいは何か別の力によってシルフさえも発見できなくなっているのか……」

 そう感じたエルサイスは小さく息を吐くと、彼の目の前にシルフが姿を現した。

「ちょっと頼まれてほしい。どこかの街、あるいは城で、魔法障壁かあるいは別の魔力が働いている場所がないか、探し出してほしい。行ってくれるか?」

 エルサイスの言葉にシルフは頷くと、羽を羽ばたかせて旅立っていった。


(ヨーゼフよ、お前と酒を飲み交わすことはもうできないが、代わりと言っちゃあなんだが、お前の息子といつかお前の話を肴に飲み交わしたいものだ)

 そんな事を想いつつ、エルサイスはグラスのワインを飲み干した。


 その頃シオンたち一行は、今夕にはブラバの村へ到着できそうな場所まで来ていた。

「恐らく今日には村に着くだろう。そうしたら今夜は村で休み、明日、静寂の森へと進む事にしよう」

 エイブラのひと言にロイ、そしてシオンも頷いて答えた。

「ところでシオン。お前はその村の酒場で儂の事を聞いたと言っていたが、そこに、娘はいなかったか? 確か名を『クリス』と言ったかな。年の頃もちょうどお前と同じくらいだろうか」

「えっ、エイブラさんは知っていたんですか!? クリスの事を」

 まさかエイブラがクリスを知っていたとは、シオンにとっては考えてもみなかった事であった。もっとも、父であるマスターを知っているのだから、その娘を知っていてもおかしくはないのだが。

「まあな。知っているといっても、お前ほど親しいわけではないが、な」

「ちょっ……。べ、別にそんなに親しいわけじゃないですってば……」

 何だか見透かされたような気がして取り繕うシオンの様子が余程可笑しいのか、エイブラは大声で笑い飛ばしていた。

「どうりで村が近づくたびにソワソワしてたわけだ。『いろいろあった』ってその事か」

 それに乗っかるようにロイもからかうように言い、笑う。

「だから違うってのに!」

 そんなとりとめのない会話を幾度か交わしつつ街道を進んでいくうちに、陽は傾き始め、その前方に村の灯りが見えてきた。

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シオン ~碧き瞳と紅の眼~ 土方勇司 @HijikataYuuji

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