4章 再会

4-1 雨宿り

 シオンたち一行は、街道を一路ブラバの村へと進んでいたが、朝から降り続く雨のため街道を外れ、森の中で偶然発見した洞窟で雨宿りをする事にした。入り口は広く、馬も工夫次第では濡れないように繋いでおくことができる広さがある。

「ったく……。もうちょっとで村に着くのになぁ」

 馬から降り、荷物を降ろしながらため息交じりに独り言を呟くシオン。これにロイは頷く。

「しかし本当によく降るな……。ところで父さん、この洞窟、結構深くまで続いているんじゃないかな」

 言いながらロイは洞窟の奥の方を指さした。見てみれば確かに穴は奥まで続いている。

「ウム……。実は儂もそう思っていたところだ。万が一……という事もあり得る。奥の探索をしておくか」

 エイブラの言葉に一同頷き、ひとしきり装備を確認すると早速洞窟内の探索へと向かう事にした。


 ランタンの灯りを頼りに洞窟内を進んでいく3人。先頭はロイが進み、次いでエイブラ、殿しんがりにはシオンが続く。通路は狭く、並んで歩く事ができないほどの幅しかない。

 ふと、ロイは歩みを止め、周囲の壁面を照らす。

「ロイ、どうしたの?」

「いや、さっきから気になっていたんだが、この穴、天然のものじゃないような気がするんだ」

 シオンの問いかけにロイはいぶかしげな表情を見せつつ答えた。

「『天然のものじゃない』って事は……」

「過去に何者かが採掘などのために掘ったか、あるいは……だな」

 過去にヒト族が掘ったにせよ、モンスターがここを住処とするために掘ったにせよ、遭遇戦があるかもしれない……。エイブラの返答はその事を暗に示していた。シオンとロイに一瞬緊張感が走る。3人は再び洞窟を奥へと進み始めた。


 狭い通路を進むと、やがて広い空洞に到着する。天井は手を伸ばせば届きそうな程度であるが、10名は十分寛ぐことができる広さを持っている。

 ランタンをかざしながら3人は周囲を見渡した。空洞には錆びたツルハシが数本と燭台が数台、他には炭化した木やまだ使えそうな椅子やテーブルが数個、無造作に転がっている。部屋の様子から、どうやら工夫たちの休息場として使われていたのだろう。

 と、奥を照らしてみると更に続く道が2本発見された。3人は互いに顔を見合わせ、いずれに進むか思案していた。

「さて……。どっちに進むか」

 3人はそれぞれの通路の奥を覗き込んでみる。一方……左側の通路はこれまでの通路と同じほどの幅と高さで続き、もう一方の右側の通路は人間2人が並んで歩ける程度の幅を持つ通路になっていた。

「広い方を進もうよ」

 シオンの意見に従い、3人は右側の通路を進む事にした。


 どれくらい奥へ進んだのだろうか。通路を進むにつれて次第に空気が冷たくなっていく。

「この通路、一体どこまで続いているんだろうね」

「さあな。意外と宝物が眠っているかもしれないな」

 シオンとロイが何気ない会話をしているところへ、エイブラが割って入ってくる。

「シッ! 灯りを隠して奥をよく見てみろ」

 一旦その場に立ち止まり、エイブラに促されるようロイはランタンのシャッターを下ろし灯りを隠す。そしてシオンと共に奥の様子を目を凝らして窺う。どうやら奥は空洞のようになっているようである。その中央付近には、僅かな炎を残している薪があった。手元の灯りを隠してもなお周囲の様子が見えたのはこのためであった。

 3人は物音を立てぬよう細心の注意を払いつつ、一歩、また一歩と奥へと近づいていく。すると、奥の空洞から何やら物音が聞こえてきた。

「……いるな」

 エイブラのひと言にシオンとロイは小さく頷く。3人はそれぞれ剣の束に手をかけ、臨戦態勢をとりながら再び近づき始めた。


 息を殺しながら一歩ずつゆっくりと近づいていく。と、その時……。

「あっ……」

 地面の小岩に足先が引っかかり、思わず転倒してしまうシオン。


―――ドサッ!


 狭い洞窟の中での事、当然、この音は周囲に反響して響き渡る。

「お前……バカ」

 呆れ果てたようにロイは言い捨てると、最後方ではエイブラが頭を抱えていた。

「やべっ……!」

 急ぎ立ち上がったシオンはどうにも気まずそうな表情をしつつ、頭をポリポリと掻いた。


―――グガァァァア~!!


 周囲に反響した音に反応し、急に慌ただしくなった奥から聞こえてきたのは人ならぬ者の声……モンスターの咆哮ほうこうだった。

「ここで斬りかかられたらこっちが不利だ。先に斬り込むぞ!」

 エイブラのひと言にシオンとロイの2人はすぐに気持ちを切り替え、エイブラに続いて抜刀しつつ突入した。


 洞窟の最深部を住処としていたのは、ホブゴブリンの一団だった。ゴブリンに似た種族であるが、より体躯に恵まれ攻撃力も段違いに高い亜人種デミ・ヒューマンの一種である。

「こんなところでホブゴブリンに遭遇するなんて!」

 叫びざまにロイはロングソードを真横一文字に振りつつ斬りかかる。が、これをモンスターはシールドで受け止め防御する。

 モンスターはハンドアックスにスモールシールドという、狭い場所でも十分戦える武装をしていた。

 シオンもロイに続いて斬りかかるが、持ち味の身軽さを存分に発揮するには場所が狭すぎた。そんな状況下で斬りかかるも、戦い慣れているホブゴブリンに防御されてしまう。

「こいつら、ゴブリンなんかよりも手強てごわいぜ……!」

 ロイの背後を守るように立ち、シオンは言った。

 と、通路に近いところにいたエイブラは、スッと炎の剣を振り上げた。

「イーフリートよ! 契約に基づき炎の刃となり敵を薙ぎ払え!」

 雄叫びにも似た怒号と共に剣を振り下ろすと、剣先から紅蓮の炎が一直線に伸び、目の前のホブゴブリン数体を火だるまにした。

「今だ!」

 眼前で火だるまとなり、黒こげの塊と化した仲間を見、たじろいだその隙をシオンとロイは見逃さず一気に斬りかかる。

「このぉ!」

 シオンの斬撃をシールドで受けようとするが、反応が遅れ腕を切り落とされる。その痛みにのたうつところへ止めの一撃が喉を突き刺す。

「せりゃぁあ!」

 目の前で一瞬動きの止まったモンスターへ、ロイの得意技である連続突きが身体を貫く。

とどめ!」

 気合と共にその剣先は心臓目掛けて鋭く突き刺さり、モンスターの息の根を止める。

「フンッ!」

 エイブラの力強く振り下ろされた剣は紅蓮の炎を纏い、その一撃を受けたモンスターは身体を焼き切られるように真っ二つになる。


 生き残ったホブゴブリンは2体。いずれも既に戦意を失い、その場から逃走を試みようとしていた。

「ヘッ! 逃がすかよ!」

 逃走するホブゴブリンへ一気に近づくと真横に剣を振り、背後から真っ二つに斬り殺した。

「逃げられると思うな!」

 シオンと同じタイミングで最接近していたロイの剣先が、残る1体に幾重にも突き刺さり、断末魔の叫びを上げつつ斃れた。


 一行は周囲に敵の姿のないことを確認すると、それぞれ剣を鞘に納めた。

「ふぅ…。誰かさんがドジッたお陰で一時はどうなるかと思ったけど、とりあえず終わったみたいだな」

「だからあれは悪かったってば……」

 ロイのひと言にさっきの出来事を思い出し、バツが悪そうに頭を掻いた。

「まあ、ともあれ無事で何よりだった。入り口まで戻ろう」

 エイブラのひと言を合図に、一行は入口へと戻る事にした。その途中、残されたもう一方の通路の奥も念のため探索する事にした。


 狭い通路を進んで行くと、ちょっとした空間に行き着いた。辺りの様子から、どうやらここで行き止まりのようだった。

 ランタンをかざしながら周囲を見回してみると、宝石や装飾品の類がいくつか無造作に転がっているのを発見した。

「どうやらここはあいつら《ホブゴブリン》の宝物庫のようだな」

 一行はそれぞれ宝石などを手に取ってみるが、特にめぼしいものはなかったのか、持ち去る事もなくこの場を後にした。ただ、シオンだけはランタンの灯りを受けてきれいな光を放っていたネックレスを大事そうに手にしていた。


(クリスに会ったら渡そうっと。喜んでくれるかな……)

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