3-5 四天王たち(後編)

 ブルーノの話が終わり、各々改めて酒を飲み始めた。

「貴公らにはそれぞれいろんな過去があったんですね。元兵士だったり、山賊だったり、傭兵だったり。とても興味深い話ばかりでした。でも私には……」

 言葉を詰まらせるアウレリア。その時の彼女の悲しげな表情の意味を他の3人は知っており、しばし沈黙した。

「……あれは、ひどかったな」

 ロックエッジが重い口を開くと、他の2人も同調するように頷いた。


 アウレリアがアステリオルたち一行に出会ったのは、焼き尽くされた村の片隅だった。家屋は焼かれ、辺りには人や家畜などが黒焦げの死体となって転がっている、凄惨を極めた場所だった。

 物陰に隠れるようにしながら震えている少女を、偶然通りかかったアステリオルが発見した。それが出会いだった。

 村人たちや友人、そして家族さえも皆殺しにされていく様を彼女は身を潜め、恐怖に怯えながら小さな瞳に焼き付けていた。村で他に生き残った者は、いない。

 辺りの様子からどうやら村が焼かれたのはごく最近であると察したアステリオルたち一行は、彼女に食糧と水を与え、安全な場所に身を潜め待っているよう告げると、すぐさま残された蹄の跡を頼りに村を焼き討ちにした連中の住処への追跡を開始した。

 到着した一行は、こちらに気付かず酒宴をしている連中に対し奇襲攻撃をかけ、そのことごとくを討ち果たした。その有様はまさに修羅場であり、ヒスタイン、ロックエッジ、ブルーノの3人も致命傷ではないにせよ無傷では済まないほどだった。


 村に戻ってきた一行は、彼女の元へ向かい、その後、村の中心だったところに大きな墓標を築き、殺された村人たちを弔った。


 弔いを済ませ、旅立とうという時、ふとアステリオルは傍らでじっと自身を見つめる視線を感じた。見返すと、その視線の先には彼女がいた。彼女の悲しげで、寂しげな眼差しは『置いて行かないで』と言っているかのように、アステリオルには感じられた。

「あ…、あ……」

 じっとアステリオルを見つめながら彼女は何かを言おうとするがうまく言葉が出てこない。

「君、名前は?」

「あ、アウ……」

 アステリオルの問いかけに、一所懸命に返事をしようとするが、恐怖に怯えながら発見されないように固く口を閉ざしていたからなのか、惨劇を目の当たりにしたショックからなのか、彼女は名前さえもちゃんと言う事ができなかった。

「そうか……。他に行くアテがないのなら私たちと一緒に来るといい。旅で見る景色がきっと君の心の傷を癒してくれるだろう。そうだ、君の事をこれからは『アウレリア』と呼ぼう。……不服かな?」

 アステリオルの言葉に、しばし呆然としていたが、やがて首を横に振り答えた。

 ブルーノがアステリオルら一行に加わってから半年後、当時アウレリアは15歳の少女だった。


「この名前は、アステリオル様が付けてくださった名前。私のたったひとつの宝物……」

 『アウレリア』という名は、アステリオルが付けたもので、本当の名を彼女は覚えていない。

 その後、アステリオルたちと行動を供にするようになったアウレリアは、やがて言葉を取り戻し、それに伴い表情にも笑顔が戻ってくるようになった。

 ある日、すっかり元気を取り戻したアウレリアは、アステリオルから剣を学ぶようになった。自分を行き場のなくなった地獄のどん底のような世界から救い出してくれた恩返しがしたい……。それがアウレリアの想いであった。


「俺たちと一緒に行動するようになってから、割と早く元気になったもんな」

 ロックエッジが笑顔でそういうと、アウレリアもまた笑顔で頷いた。

「もっとも、ずっと大将にベッタリだったけどな」

「もう! 変な事言わないで!」

 ヒスタインの意地の悪い言い回しに、アウレリアは頬を紅くし、照れくさそうに言った。2人のやり取りは、重くなりかけた空気を一掃するのに十分な効果があった。ロックエッジとブルーノも笑い出した。

「しかし、後から知った時には驚いたな。我々がこうして出会ったアステリオル様が、まさかあの5英雄の1人だったとは。どおりでお強いわけだと納得したものだ」

 ブルーノの言葉に一同、大きく頷いて答える。

「本当だな。よもやそんな英雄が1人で旅をしているなんて思いもよらない事だ。まあ、お陰で山賊家業から足を洗う事ができた」

 酒を飲みつつ、ロックエッジは苦笑しながらそう言った。

「あの戦争の事は私にはよくわからない。ただ、とても温かく優しい方だと会った時、そう感じたのをよく覚えてます。……でも、今のアステリオル様は、以前とはすっかり変わられてしまった」

 アウレリアの何気ないひと言に、他の3人も同調するように頷いた。

「ああ。俺っちたちと一緒に旅をしていた頃の大将と比べると、すっかり別人みたいになっちまったな」

「確かに俺も感じるな。以前はもっと笑ってた」

 4人の中で最も付き合いの長いヒスタインとロックエッジ。2人にとってはより顕著に感じられるのだろう。

「でもまあ、少なくとも俺っちは大将に命を預けると決めたんだ。大将が別人みたいになっちまったとしても、どこまでも付いて行くだけさ」

「ああ。その通りだ」

「言うまでもないな」

「ええ」

 ヒスタインの心情と、他の3人の思いは同じものだった。


(私はどこまでも付いて行きます。ですが、やっぱり昔の優しかったアステリオル様に戻ってほしい……)


 アステリオルの四天王として追従する決意を抱きつつも、アウレリアは心の奥底からそう願うのであった。

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