3-4 四天王たち(中編)

「あれは、4年ほど前の事だった。当時、私はハウバンシュタイン王国にある、ハイドという町で傭兵をしていた。ここは、モンスターとのいさかいの多かった町で、護衛のために雇われていた」


 夕暮れ時、1人の男がおぼつかない足取りで町へと戻ってきた。その男の元に町の人々が慌てた様子で駆け寄ってくる。

「ブルーノ様! どうしたんですか!? その怪我は!」

 町の人からブルーノと呼ばれた男は、装備している鎧も破損し、身体中に傷を負った状態で、まさに命からがら戻ってきたといった感じだった。

「不覚だ……。討伐へ行った私たちが、まさか返り討ちに遭うとは……」

 傍らの樽に身体を預けるように座り込んだブルーノは、差し出された水を一気に飲み干した。彼の身体に刻まれた傷と、その憔悴しょうすいしきった様子からも、戦いの壮絶さが見て取れる。

「まさか! モンスターの返り討ちだなんて!」

 町の人の表情からは、よもやそのような事などあり得ないといった感じで、ただただ驚くばかりであった。それもそのはず、知能においてモンスターの類はヒト族に劣ると考えられているからだ。

「私の他に戻ってきた者は?」

 ブルーノの問いに町の人は互いに顔を見合わせ、そして無言のまま首を横に振った。

「くそっ! まさか討伐隊が全滅させられ、私1人、のこのこ逃げ戻って来たというのか……!」

 まさかの出来事に悔しさばかりが募り、握られた拳が震えていた。町の人たちはそんなブルーノに対してかける言葉さえ見つからず、ただ静かに見守る事しかできなかった。


 その夜、町の宿には何人かの旅人が訪れていた。その旅人の中に、アステリオル、ヒスタイン、ロックエッジの3人の姿もあった。

 3人は旅の疲れを癒すため、宿屋1階の酒場で酒を飲んでいた。

「なあ大将、さっきからあいつ、すげー飲んでないか?」

 と、ヒスタインが指さした方向には、ひとり酒を煽るように飲んでいる、ブルーノの姿があった。

「ありゃあ自棄やけ酒だな。無茶な飲み方をするもんだ」

 と、ロックエッジがその様子から察すると、アステリオルは静かに席を立ち、ブルーノの元へ近づいて行った。

「君。自棄酒は身体に毒だ。それにその傷、どこかの戦闘で受けた傷だろう」

 近づいて話しかけてきたアステリオルをブルーノはじっと見返し、そして再び酒を飲み始めた。

「誰だか知らんが放っておいてくれ。……そうさ。この傷はモンスターの討伐へ行って受けたものだ。ついでに仲間を皆殺しにされ、1人逃げ戻ってきた卑怯者さ」

 詳細はともかく、この男……ブルーノの自棄酒の理由は何となく読み取れた。

「そうか。そんな事があったのか。だが、君は果たして本当に卑怯者なのか? それだけの手傷を負うほどの戦いをしたという事は、仲間を1人でも多く助けようと身を挺したのではないか? 私にはそう見えるのだが」

 ブルーノのグラスを握る手がピクッと動いた。どうやら図星のようだ。その一瞬の動きでアステリオルはそう確信した。

「フッ。知った風な事を言う奴だ。確かにこの傷は仲間を1人でも多く助けようと戦い、負ったものだ。だが、助けられなかった! そればかりか仲間のかたきも討たず1人逃げ延びてきた! これを卑怯者と言わずなんと言う! その気持ちがあんたに分かるか!?」

 ブルーノはグラスをテーブルに叩きつけ、感情をぶちまけた。

「ならば、君の仲間の敵討ち、今から行かないか? 酒の続きはその後で」

 なんて酔狂な奴だ。ブルーノは目の前で不敵な笑みを浮かべて言うアステリオルを見、そう思った。そこへ、会話の内容が気になったのか、ヒスタインとロックエッジが近づいてきた。

「事情はよくわからないが、とりあえずあんたの『卑怯者』ってのと大将の『敵討ち』ってところくらいは聞こえたぜ」

 自分を取り囲むように座るこの3人を、ブルーノは呆れた表情で見返した。

「変な奴らだ。モンスターといえ、15名からなる我々討伐隊の動きを知り、壊滅させた連中だぞ!? たかが4人で勝てるわけないだろう!」

 ブルーノの言う事は確かにもっともである。が、アステリオルはニヤッと笑っていた。他の2人もまた笑みを浮かべている。彼らの表情は、よほど自信があるのか、あるいは単なる無謀なのか、ブルーノには理解し難かった。

「君の言う通り、モンスターが事前に君たちの動きを知っていたとなれば、裏で操る者がいると考えるのが妥当だな」

「まさか! そんな卑劣な者など、いるはずが!!」

 アステリオルの言葉をブルーノは強く否定する。自分たち討伐隊を壊滅させるために何者かによって仕組まれていたなど、考えたくもない。

「まあ、いずれにせよ行ってみればわかるさ。それに、討伐隊を壊滅させた事で安心しきっている上、この話は敵には届いていないから防衛線を張っているとは思えない。やるなら油断しきっている今がチャンスだ」


(この男の言う事には確かに一理ある。やるなら今だ。だが、こいつらと私だけで本当にできるのか?)


「たった4人で勝てるのか? って思ってるだろ。安心しな! うちの大将は18人の傭兵相手に無傷だったんだぜ!」

 と、ヒスタインはアステリオルと出会った時の事を思い返しつつ、自信ありげに言った。

「何だって!? 傭兵18人を1人で相手にして無傷だなんて……あり得ん!」

 ブルーノの驚く様子を見つつ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるアステリオル。その表情を見ているうちに敵討ちへの誘いも単に興味本位や無鉄砲なものではなく、確実に仕留められるという自信に裏付けられたものなのだと、おぼろげながら感じ始めていた。

「私たちはいつでも行ける。傷の事もあるだろうから準備ができたら声をかけてくれ。あ、自己紹介を忘れていたな。私はアステリオル=ジークフリード。よろしく」

「俺っちはヒスタイン=ガシュウェルだ。よろしくな!」

「俺はロックエッジ=ロウ。よろしく」

 3人はグラスを前に差し出した。しばし躊躇ためらったが、ブルーノはグラスを軽く当て、乾杯する。承諾の合図だった。

「仲間の敵討ち、協力に感謝する。私はブルーノ=シー。よろしく頼む」

 ブルーノの挨拶に3人は笑顔で応えた。

「まっ、固い挨拶は抜きにしようぜ! 酒の続きは戻ってきてからだ!」


 アウレリアは先のヒスタインたちの話同様、ブルーノの話も食い入るように聞き入っていた。

「で、実際のところどうだったのです?」

 アウレリアの問いに、ブルーノはグラスを置きつつ大きく頷いて、話を続けた。


「……あの灯りの場所だな?」

 小声で聞いてくるアステリオルに、ブルーノは「そうだ」と、小さく返事をする。

 松明の灯りの下では、ゴブリンにコボルド、オークといったモンスターたちが思い思いに酒と食糧にありついていた。その奥では、数名のヒトと思しき連中がやはり酒を飲んでいた。

「チッ。結構な集団だぜ、ったく。あれを殲滅するのはちょっと面倒だな」

 連中の様子を見ながらヒスタインが独り言をぼやいた。

 アステリオルたち一行は、気取られぬよう息を殺しつつ近づき、岩陰にその身を潜めて様子をうかがった。

「奥にいるのはヒトのようだが、ブルーノ、あの連中に見覚えは?」

 ロックエッジに聞かれ、ブルーノは改めて奥にいる連中の様子を観察する。ローブに身を包んだ男が1人、上半身を裸で機嫌よさげに酒を飲む男が1人、その他、服を着ている男が2人、いずれも酒を煽りそれなりに酔っているのが見て取れた。

「ムッ! あの男、間違いない。町にいた奴だ!」

「……やはり図星だったようだな。あの町を占拠しようと企んだ奴らにとって、君たち傭兵が邪魔だった。きっとそんなところだろう」

 アステリオルの言葉を聞きつつ、ブルーノは奥歯を噛み締め口惜しさと怒りを露わにしていた。腰の剣に手をかけ、今にも斬りかかりそうな勢いのブルーノをアステリオルが制止する。

「慌てるな。ヒスタインとロックエッジは左右に散り私の合図を待て。私の合図で呪文を放ち先制攻撃を仕掛ける。君は私と供にここに残り、彼らの呪文の後、混乱に乗じて斬りかかるぞ。いいな?」

「了解だ」

「了解しました」

 ヒスタインとロックエッジは互いの拳を軽くぶつけ合うと、それぞれ左右に分かれて移動を開始した。その間、アステリオルは再度モンスターの群れの様子を窺っていた。

 彼らの無防備で、寛いでいる様子や身に着けている装備からも襲撃に備えている感じは全く見受けられなかった。


 間もなくしてヒスタイン、ロックエッジから移動完了の合図が届く。それを受け、アステリオルは適当な石を数個拾い上げつつ、ブルーの表情を見た。

「弔い合戦、始めるぞ。緊張しているようだが決して心中しようなどと考えるな。必ず生きて帰るんだ」

「わ、わかっている」

 ブルーノは緊張のあまり生唾を呑み込む。つい先刻、自分のいた討伐隊を殲滅した一団を、今度はたった4人で襲撃しようというのだから、彼にとってはまさに死地へ赴くような気持ちなのだろう。


(この男、まるで恐怖心を抱いていない。むしろ余裕さえ感じられる。一体何者なんだ……)


 そんなブルーノの疑問などお構いなしに、拾い上げた石をモンスターの群れ目掛けて放り投げる。


―――カンッ!


 飛んだ石が何かに当たり、音が響く。この音にモンスターたちは一斉にピクッと反応し動きが止まった。と、その瞬間、これを合図に左右に展開していた2人が同時に魔法攻撃を仕掛ける。

「ヘッ! やってやらぁ! 『炎の矢よ! 敵を撃ち抜け!!』」

「行くぞ! 『大地の精霊よ! 飛礫となり敵を貫け!!』」

 左右から炎を纏った矢と、やじりのように鋭利な石が無防備なモンスターへと襲い掛かる。直撃を受け即死した者もいるが、痛みにうめき声をあげながらも健在なモンスターも多数いる。

「行くぞ!」

 言うとアステリオルは勢いよく岩陰から飛び出し、抜刀と同時にまず1体、目の前のモンスターを真っ二つにした。これにブルーノも続いて飛び出す。

「くっ! ままよ!」


「何だ! 騒がしいぞ!!」

 ローブに身を包んだ男がモンスターたちの騒ぎに怒鳴り声を上げた。他の男たちも周囲の騒々しさに酒を飲む手が止まった。と、その時、手傷を負ったコボルドが1体、彼らの元に飛び込んできた。

「や、夜襲です!! 敵は複数! 魔法による攻撃を受け、味方が混乱しています!」

 男たちは互いに顔を見合わせ、各々武器を手に取る。その傍らで、ローブの男はグラスを地面で叩き割ると、スッと立ち上がった。

「まさか昼間の報復か!? いや、そんな戦力などあの町に残っているはずがない。まあいい。戦える奴は応戦しろ! 生かして返すな!」

 コボルドは戦場と化した場所へと急ぎ戻って行った。


 呪文攻撃によって手傷を負ったモンスターの一団に4人の剣士が突撃し剣を振って戦う様は、まさに乱戦そのものであった。

「どぉぉぉりゃぁぁ~!!」

 怒号と共にバトルアックスを振り回し暴れるロックエッジ。その一撃を喰らったモンスターは鈍い音を立ててくの字にへし折れて倒れ、絶命する。

「ケッ! こうなりゃ自棄糞やけくそだ! 皆殺しにしてやるぜ!!」

 剣を振り、次々に襲い掛かってくるコボルドを手当たり次第にぶった斬り、返り血を浴びながら戦い続けるヒスタイン。

「……フッ!」

 2人の野性味溢れる戦い方とは別に、流麗な動きで攻撃を避けたかと思うと確実に仕留めているアステリオル。

 3人の戦いぶりに呆気にとられ、思わずその場で立ちすくんでしまうブルーノ。


(この男たち……強い! 私がこれまで見たどの戦士よりも……強い!)


 と、1体のオークが動きの停まったブルーノに急襲する。

「ブルーノ! 何をしている!!」

 アステリオルの叫びにはっと我に返ったブルーノ。その瞬間、自身に襲い掛かってくるオークの鋭い一撃を慌てて避けようとするが間に合わず、左肩当てに当たり、ガンっ! と鈍い金属音が響く。

「ぐっ……!!」

 鎧越しとはいえその衝撃はかなりのもの。激痛に耐えながらも苦悶の表情を浮かべるブルーノ。プレートがなければ肩は破壊されていたであろう。そこへ、全身に返り血を浴び真っ赤に染まったアステリオルが救援に来た。ブルーノが打撃を受けた箇所をチラッと見ると、命に別状はないと分かったのか安堵の表情を浮かべた。

「ブルーノ、まだ行けるな?」

「す、すまん……。大丈夫だ。まだ戦える」

 返事を聞いたアステリオルはコクリと頷き、ブルーノの背後を守るように体勢を整えた。

 よだれを滴らせながら息巻いているオークが再びブルーノへと襲い掛かってくる。

「チィッ! こんなところで殺られるわけにはっ!」

 オークの攻撃を避けると同時に剣を真横に振り、同払いで腹にダメージを与える。腹から血飛沫を上げながらもオークはブルーノを睨み付け、三度襲い掛かってくる。

「しぶとい奴だ! 死ねっ!!」

 ブルーノの剣先がオークの喉へと突き刺さり、一瞬激しく暴れたかと思うとオークはそのまま倒れ、もう動くことはなかった。周囲を見渡すと、まだ数体のコボルド、ゴブリンといったモンスターが手傷を負いながらも鼻息荒く、戦意を失っていない状態だった。

「大将! 俺っちとロックエッジで残りの雑魚モンスターを引き受ける! あいつらを頼む!」

 息遣いの荒くなったヒスタインの言葉に頷いて答えたアステリオルは、ブルーノと供に奥へと突入した。


 突き当りまで進むと、そこには3人の戦士とローブの男が待ち構えていた。3人の戦士のうちの1人を、ブルーノはじっと睨むように見ていた。

「確か、ジューダと言ったな。最近になり町でお前を何度か見かけていたが、まさかこいつらの一味だったとはな!」

 沸き立つ怒りと憎しみを抑えつつ、静かに言うブルーノを、あたかも嘲笑するかのような笑みを浮かべながら男……ジューダは立っていた。

「へっ。あの町を手に入れるのに、お前ら傭兵が邪魔だったんだよ。だから消えてもらったのさ」

 ざまあみろと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている男に対し、ブルーノの怒りは頂点に達しようとしていた。

 と、そこにアステリオルが不意に話しかけてきた。

「ブルーノ。君は仲間の敵……あの男を倒せ。他の3人は私が引き受けた」

「ちょっ……! あんた正気か!? コボルドやゴブリンのような雑魚じゃないんだぞ!? いくらなんでも無茶だ!」

「大丈夫。君があの男を仕留めてくれれば私が4人を相手せずに済む。それだけでも十分楽さ」

 無鉄砲としか思えない言葉にブルーノが驚かないわけがない。が、当の本人は緊張どころかむしろ涼しい表情をしていた。一体どこからそんな余裕が生まれてくるのか、ブルーノには皆目理解できない。

「何者か知らんが、俺たちを舐めると後悔するぞ! 『闇の王よ! 眷属けんぞくたる我らに逆らう者どもを討ち滅ぼす力を与え給え!』」

 ローブに身を包んだ男が呪文を唱えると、男たちの剣がおもむろに赤黒い光を帯び始めた。

「……なるほど。闇にちた元僧侶クレリックといったところか」

 アステリオルの言葉に、ローブの男はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「行くぜ! ぶっ殺してやる!!」

 上半身裸の男の怒声を合図に男たちは一斉に斬りかかってくる。ジューダは当然のようにブルーノを狙い、他の2人はアステリオルを狙って。


―――キィィィーン!


 深手を負ったブルーノに容赦なく剣が振り下ろされる。これを間一髪剣で受け流すと甲高い金属音が響く。

「1人残らず皆殺しにしとくんだったぜ!」

 刀身を舐めながら吐き捨てるように言うジューダからは、いかにも殺しが生き甲斐のような雰囲気が強く伝わって来る。

「くっ! お前のような奴のために仲間が! この身に換えても貴様を討つ!!」

「へっ! やれるもんならやってみな!!」

 オークに受けたダメージの影響なのか、ブルーノの渾身の一撃はヒラリと避けられてしまう。チッと奥歯を噛み締めるブルーノをジューダはニヤリとして見据えていた。


 ブルーノの傍らで2人の戦士を相手に戦うアステリオル。2人の波状攻撃をたくみに避けると、サッと飛び退いて剣を構え直す。

「チョロチョロとすばしっこい野郎だ!」

 男は唾を吐き、再び仕掛けてくる。アステリオルがこの一撃をかわすと、その隙を狙って背後からもう1人が攻撃してくる。

「死ねぇ!!」


(チッ……。肩のダメージが……)


 先のオークの攻撃を受けたダメージが影響し、ブルーノの太刀筋は鈍く、ジューダにいとも容易たやすく避けられてしまう。

「ヘッ! 悪りぃな。この勝負、もらったぜ!」

 勢いよく振り下ろされる剣を何とか躱すのが精一杯な状態であるが、彼の眼光はまだ戦う意思を持っていた。

「お前を討って仲間の無念を晴らすまでは……死ねない!」

「何とも仲間思いなこった。そんな手負いの状態で俺に勝てるとでも思ってるのかよ!」

 剣を肩に担ぎ、余裕の表情を浮かべているジューダ。一方のブルーノはそれに反してかなりの体力を消耗しているのが表情から窺い知れる。

「とっとと仲間のところへ連れてってやるよ!」

 と言い放ち肩に担がれた剣を振りかぶった瞬間、己の懐にブルーノが飛び込むように突っ込んできた。

 その直後、腹部からこれまで感じた事のない異様な痛みを伴い、大量の血が溢れ出す瞬間が視界に入ってきた。

「ぐわあぁぁぁ~~!!」

 絶叫を上げるジューダへ、間髪入れずブルーノのとどめの一撃が心臓へと突き刺さる。全身を激しく痙攣させながら必死にもがいたジューダも、間もなくしてその動きがピタリと止まり、そのままドサッと地面に倒れた。

「はあ、はあ、はあ……。た、倒せたのか? 俺……」

 目の前で心臓に剣を突き刺し倒れたまま動かなくなったジューダの姿をじっと見つめていたブルーノは、大きくため息を吐くとその場にドカッと倒れるように座り込んだ。


 ブルーノの様子から勝利を収めた事を知ったアステリオルは一瞬安堵の笑みを浮かべたが、再び自分と相対する2人と、その奥にいるローブの男へと視線を戻した。

「さて。あっちは終わったみたいだ。こっちもそろそろ幕引きと行こうか」

 アステリオルは構えを正眼から下段へと変え、剣先を後ろへ送ると姿勢を少し低くとった。

「俺たち相手に逃げ回ってばかりのクセしやがって、何が『幕引き』だ!」

 半裸の男はそう言い放ち唾を吐き捨てると、剣を振りかざして再び攻撃を仕掛けてきた。これに別方向からもう1人が続いてくる。

 アステリオルの眼光がギラリと鋭さを増す。と同時にこれまでとは比べ物にならない速さで2人の同時攻撃を見事な剣捌きで立て続けに受け流す。と、刹那、半裸の男の両腕を一刀両断したかと思うと、男が激痛に悲鳴を上げる間も与えない素早い太刀筋で袈裟懸けに斬りつける。

 アステリオルの攻撃は止まる事なく、転身してもう1人を剣を払い上げるように斬りつけると、勢いそのままに剣を真横に振り、その男の首を刎ね飛ばした。首を失った身体は数歩歩いたところでドサッと倒れ、そのまま動かくなった。アステリオルの周囲には、剣を握ったままの両腕とその持ち主、頭と胴が分断された死体が転がっていた。

「飛燕一刀流『燕群乱舞えんぐんらんぶ』。多対一での戦いを目的として編み出された剣法の前では、この程度の戦士がどれほど束になろうと勝つことはできない」

 アステリオルは残るローブの男へと歩みを進めた。その傍らで、無事に勝利を収めたものの、憔悴しきってしまっているブルーノは彼の戦いぶりに唖然とし、ただただ驚くばかりだった。


(この男、動きが速すぎる……! それにあの見た事もない剣法……。一体何者なんだ!?)


「ちょっと待て! ここは取引しようじゃないか。そうだ、お前の手下になろう。お前の言う事なら何でも聞いてやる。それに俺の力があればお前はもっと強くなれる。どうだ、悪い話じゃないだろ?」

 一歩、また一歩と近づいてくるアステリオルにローブの男は命乞いでもするかのように取引を持ち掛けた。が、アステリオルの歩みが停まることはなかった。

「残念だが、おのが欲望のため光の加護を捨て、闇に身を投じた者を従える気は、ない」

 言い終った頃にはアステリオルの姿はそこにはなく、ローブの男の真横にあった。かと思うと、ローブが腹の辺りからスーッと真横に裂けたかと思うと、ただならぬ激痛が腹部に襲い掛かってきた。

「ぐはっ……!!」

 男の胴からおびただしい量の鮮血が噴き出した。

「死ね。外道」

 振り返りざま、アステリオルの剣は真っすぐに振り下ろされ、男の顔から血飛沫が飛んだ。

 そのまま男は自らの血で染まった地面に倒れ、2度と動く事はなかった。


 剣を一振り、付いた血を掃って鞘に納める。と、それとほぼ同時にヒスタイン、ロックエッジの2人がやってきた。

「そっちは片付いたようですね。こっちも片付きましたよ」

「ふぅ~。さすがに今回は疲れたぜ。さっさと町に戻って一杯やろうぜ!」

 アステリオル以下4人は、しかばねの群れをチラリと見ると振り返り、町へと戻って行った。


 町へ戻った一行はほどなくして酒場で集合し、戦いの疲れを癒すように酒を飲み交わしていた。

「まずは私たち4人の生還を祝って、乾杯しよう」

 アステリオルの言葉に互いにグラスを当て、乾杯をする。

「そして、無念の死を遂げたブルーノの仲間の魂に、献杯」

 ヒスタインの掛け声に皆が一斉にグラスを高々と掲げ、散っていったブルーノの仲間へ盃を捧げた。

「ありがとう。皆のお陰でこんなにも早く仲間の敵を討つ事ができた。何とお礼を言っていいのか……。すまん。言葉が、見つからない」

 感極まり、言葉を詰まらせてしまうブルーノに、ロックエッジが軽く肩をポンと叩いた。

「気にする事はない。さあ、飲もう」

「ああ。ああ、飲もう!」

 涙を拭い、グラスの酒を一気に飲み干すブルーノを、3人は笑顔で受け入れていた。

「ところで、ブルーノ。君はここに留まるのか?」

 アステリオルの問いかけに、ブルーノはしばし沈黙した。この町に留まり、死んでいった仲間を弔いながらひっそり暮らすのもありかと、そう考えていた。が、その一方でここを去り、新天地を求めて旅をしようか、とも考えていた。

「そう言えば、私たちの旅の目的を言っていなかったな。我々は、この世界に争いと貧困をなくし、人々が笑って暮らせる、真の平和な世界を創るために旅をしている」

 アステリオルの言葉に耳を疑うブルーノ。それもそのはず、争いや差別、貧富の差は、生活している中で当たり前に見る光景であり、それを取り払う事などできないと考えているからだ。

「随分と夢みたいな目標だ。現にこの町だって他者から狙われ、その結果、私は仲間を失ったのだ。争いのない世界など……」

「俺っちも最初はそう思ったさ。そんな世界なんてできっこないってな。けどよ、町や村を狙う輩をぶっ潰す事で争いの種を摘む事はできるだろ? 今日の一件だっていろいろあったけど、ここを狙う輩を一掃する事ができた。確かに今はちっぽけだけど、これをうちの大将はもっとドでかくやろう! って事さ」

 ヒスタインの言っている事はブルーノにも理解できていた。が、傭兵となりこの町を守り続けていたこれまでの間、モンスターの襲来など事ある毎に討滅してきた現実が存在するブルーノには、結局争いは永遠になくなる事なく、堂々巡りになるのではないか、そう思っていた。

「ブルーノ。今の我々の旅は、各地を見知る事にある。この時代、悲しい事に今日のような出来事は各地で起きている。全てあの戦争の爪痕だ。その爪痕を失くし、真に平和な世界を創る事が私の生きる目的なのだ。いずれ、どこかを拠点として旗を揚げる。今の君に次なる目的がないのなら我々と供に来たらどうだろう。君の力を、もっと大きな事を成すために使ってみないか? 争いのない平和な世界を創りあげる事は、君の仲間への最高のはなむけになるだろう」

 ブルーノはしばし考え込んでいた。この町の脅威はとりあえず去った。だが、考えてみればここと同じように日々、何らかの脅威に晒されている町や村は後を絶たない。この脅威をもっと大きな力で根絶やしにしなければ、またどこかで自分と同じ悲しみを抱える人が現れる。

「言いたい事はよく分かった。だが、まだ仲間の弔いを済ませていない。数日、時間をもらいたい。仲間を弔ってからどうするか……考えたい」

 アステリオルとヒスタイン、ロックエッジはそれぞれ頷いて答えた。

「もちろんだ。我々は明日、ここを発ち街道を北へと進む。その気になったら追ってきてくれ」

「……わかった」


 それから数日後。アステリオルたち一行は旅人や行商人などとすれ違いながら予定通り街道を北へと進んでいた。

「アステリオル様、あいつ、来ますかね」

 ロックエッジの言葉にアステリオルは小さく笑った。

「わからんさ。彼には傭兵としての立場があるからな。簡単に町を離れる事もできないだろう」

「そうだよなぁ。俺っちたちみたいな野良じゃないもんな。でもよぉ、何となく、あいつは来るような気がするんだよな」

 ふと、山賊稼業だった頃を思い返しつつ、ヒスタインは呟いた。その言葉にアステリオルは頷いていた。

「私もそう感じているし、そう願っている」

 言いながらアステリオルは雲ひとつない澄みきった青空を眺めた。空には鳥が翼を広げ、ゆったりと舞っている。

 と、その時、後方から一行を呼ぶ声が聞こえてきた。3人は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。

 歩みを止め、声のする方を振り返った一行に追いついた男……ブルーノは息を切らせながら、合流できた事に安堵の表情を浮かべていた。

「はぁ、はぁ……。やっと合流できた」

「やっぱりな! 来ると思ってたぜ!」

 肩で息をしているブルーノに水を差し出しながらヒスタインは笑顔でそう言った。

 差し出された水を飲み、呼吸を整えたブルーノは、改めてアステリオルに対し片膝をついて臣下の礼をとった。

「アステリオル様、私もあなたの夢の手伝いをさせていただきたく、今ここに馳せ参じました! どうか仲間に加えていただきたく!」

「もちろんだ。歓迎しよう」

 深々と礼をするブルーノにアステリオルは笑顔で答えた。

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