3-3 四天王たち(前編)

 アステリオルがかつてアシュタルト王国領だったこの城を占拠してから2年の月日が流れていた。アステリオルはこの小さな城と、それを囲んで形成された町を、恒久の平和を願い『サンテプヒアプ』と名付けていた。

 そのサンテプヒアプの城の一角にある部屋。この部屋は名実ともアステリオルの四天王と呼ばれている4人……ヒスタイン、ロックエッジ、ブルーノ、そしてアウレリアが集まり、酒を飲み交わす部屋として頻繁に利用されている。

 今宵ももれなく4人は集まり、それぞれの話を肴に酒を飲んでいた。

「……ところで、私がアステリオル様に拾われた時、貴公らは既にアステリオル様と供にあったが、そのきっかけは何なのです? よければ聞かせてくれないか?」

 アウレリアの問いかけに、他の3人はそれぞれグラスを置き、往時を思い返していた。最初に話し出したのは、ヒスタインだった。

「あれは、そう。今から6年くらい前だったかな。戦争の爪痕が残る小さな村の片隅で、俺とロックエッジは山賊としてのさばっていた。大将に会ったのはそんな時だった」

 ヒスタインの切り出した言葉に、傍らにいたロックエッジも往時を懐かしむように大きく頷いていた。


「……ちっ。これっぽっちかよ。シケてやがるぜ、ったく」

 舌打ちしつつ目の前に出された僅かな食糧の入った袋を持ち上げた時、村を歩き回っていた大柄な男が村人と思しき老人をひとり、引きずりながら戻ってきた。

「ヒスタイン様、こいつら食糧を隠してやがった! このジジイが裏にこっそりしまっているのを見たんだ!」

 男の報告を受けた、ヒスタインと呼ばれた男の表情が見る見るうちに強張っていく。

「ロックエッジ、手下を連れて奪って来い!」

「へい!」

 ロックエッジと呼ばれた男は連れてきた老人を放り投げると数人の手下と供に食糧の隠されている倉庫へと向かった。

「……お前ぇら、これで全部だって言ってたよなぁ」

 ヒスタインの怒りに村人たちは恐れおののき、ざわつきだした。

「ま、待ってくれ! あれまで奪われたら、俺たちの食いもんがっ……!」

「うるせぇ! そんな事知るか! 正直に全部出してりゃ少しは分けてやろうと思ってたのに、俺は嘘が大嫌いなんだよ!」

 勇気を振り絞って懇願してきた若者を、ヒスタインは感情に任せて蹴り飛ばし、何度も踏みつけた。武器を持たない村人たちはヒスタインたちの蛮行にただただ怯え、言われるがままに従うしか選択肢がなかった。

 ほどなく、ロックエッジが手下と共に裏手に蓄えられていた食糧を持って戻ってきた。

「へぇ~。案外しっかり蓄えていたんだな。よし、アジトへ戻るぞ!」

 ヒスタインたちは手に入れた食糧を抱え、満足げに村から去って行った。


 と、ここまで話してアウレリアの些か冷たい視線を感じたヒスタインは、バツが悪そうにポリポリと頭と掻いた。

「ま、まあ、生きるためとはいえ今から思えばあの頃は随分と……な。でも、そんな俺たちを変えてくれたのが、大将さ」


 その夜、ヒスタインとロックエッジは奪った食糧を手下たちと食べながら酒盛りをしていた。

 と、その時、見張りに出ていた手下が慌てて駆け込んできた。

「旦那! 何か怪しい奴が1人、こっちに来てるぜ!」

 手下の表情から只ならぬ事態が起きたと感じたヒスタインたちは、直ちに宴会を中断し、戦闘態勢をとり始めた。

「俺たちの酒盛りを邪魔にし来るとはいい度胸だ! ブチ殺してやる!」

 各々武器を手に取り集まったところに、その者は現れた。フードの付いたマントをたなびかせ、その隙間から細身のロングソードが時折顔を覗かせていた。

「村の宿に着いたら山賊に食糧を奪われたと言っていた。居場所を聞いてここまで来たのだが、奪ったのはお前たちか?」

「へっ! だったら何だってんだ! お前には関係ねぇだろ!」

 ヒスタインは怒鳴り散らすように言い放った。

「食べてしまったものは仕方がない。が、残っている食糧を村人に返してやってほしいんだがな」

 男の言葉にヒスタインはフンッ! と鼻で笑い飛ばし、男を鋭い眼光で睨み付けた。

「何者か知らねぇが、言われて『はい、わかりました』って返すほど、お人好しじゃねーんだよ。返してほしけりゃ力ずくで奪い取ってみな!」

 ヒスタインが合図すると、手下たちは男の周囲を取り囲むように一斉に動き出した。

 山賊に取り囲まれた男は周囲を一瞥する。ロックエッジは2人の手下と供に男の退路を断つため後方へと回り込み、他の手下たちは3人1組のチームを作り、ぞれぞれ2チームずつが左右を抑えていた。その数、総じて18人。


(ほう……。こいつら山賊を名乗っているが元はどこかの国に仕えていた兵士か、あるいは傭兵だろう。組織慣れした動きをしている)


 山賊たちの手慣れた動きと、それを指揮するヒスタインに感心しつつ男はスッと剣を抜いた。

「……そうか。返す気がないなら仕方ない。取り戻してくると約束した以上、一戦交えるしかないな」

「フン! これだけの人数相手にたった1人で挑むなんざよほどのバカじゃねーのか!? やっちまえ!」

 ヒスタインの号令をきっかけに左右にいた手下たちが仕掛けてくる。1人が先陣をきると、これを避けたところに2番手が仕掛け、更に3番手が追い打ちをかける、文字通り三位一体の攻撃である。

 男はこれを軽快な体捌きで避け、その瞬間に間髪入れずに急所へ一撃を見舞い、1人、また1人と倒していく。

 急所への鋭い一撃を食らった手下たちが次々に呻き声を上げて倒れていく様を、ヒスタインは奥歯を噛み締めつつ見据えていた。

「……チッ。にわか仕込みの雑兵じゃ勝てねーってか」

 ロックエッジに目配せで合図を送ったヒスタインは、男に向けて左手を伸ばした。これに応えるようにロックエッジも同じ所作をする。

「炎の矢よ! 敵を撃ち抜け!! ファイヤーアロー!」

 と、ヒスタインが呪文の詠唱をする。すると、その直後、

「大地の精霊よ! 飛礫つぶてとなり敵を貫け!! ストーンシュート!」

 と、ロックエッジが呪文を唱える。まさに呪文による挟撃である。当然、互いの攻撃呪文の被害を受けぬよう、位置関係をずらしている。これもまた戦い慣れている証拠ともいえよう。

「ムッ! 魔法か!」

 紅蓮の炎をまとった矢と鋭利な石飛礫が自身に向けて勢いよく襲い掛かってくる。男はマントで身を包みこむようにして防御姿勢をとる。

 轟音と共に辺りは煙に覆われるが、やがてそれが晴れてくると、そこには無言のまま、男が立っていた。男にも、マントにも傷ひとつついていない。

「何っ!? 無傷だと……!?」

 ヒスタインとロックエッジは互いに驚きながら目を見合わせていた。2段構えの魔法攻撃を受けてなお、無傷だった者などこれまで遭遇した事がなかったからだ。

「ヒスタイン様、あいつのマントにはマジックシェル《対魔法防御》が付いています。こうなったら斬り込むしかありませんぜ」

「るせぇ! んな事ぁわかってら! 行くぜ!!」

 剣を手に勢いよく切り掛かっていくヒスタインとロックエッジ。だが、男の動きは彼らより数段各上である事は明白で、到底敵う相手ではなかった。

 地面に這いつくばりながら苦悶の表情を浮かべている2人の前に、男が近づいてきた。

「山賊にしてはなかなかいい連携をしていたな。それに魔法の心得もあるとは驚いた。どこで学んだか知らんが、恐らくいずれかの国に兵士として仕えていたのだろう?」

 剣を納めながらそう言う男を、ヒスタインは打ちのめされてもなお鋭い眼光で睨んでいた。

「へっ! だったら何だってんだよ! そうさ、確かに俺っちたちはアシュタルト王国の兵士だったさ。これでもちったぁ名が知れていたんだぜ。けどよ、あの戦争で国が亡んだおかげで食い扶持ぶちくしちまったんだ! 生きてくために食いもん奪って何が悪い!」

 憮然とした表情で言い捨てるヒスタイン。

「そうか。お前たちはアシュタルト王国に仕えていた兵士だったのか。それなりに名が知れていたのであれば他の国で兵士として生きる選択もあったのではないか?」

 男の問いかけは至極もっともである事などヒスタインはもちろん、ロックエッジにも分かりきった事だった。だが2人は敢えてそれをせず、山賊となる事を選んだのであった。

「戦争が終わりゃ、俺っちみたいな兵士なんざお払い箱も同然さ。よその国へ行ったって、飯にありつける保障なんかねーよ」

 ヒスタインとロックエッジ。この2人の男もまた、かつては国を守るために剣を振るい、多くのものを守るために戦ってきたのだろう。だが、自身が忠義を尽くすべき国が滅び、志を捧げるべき相手を失った事が彼らを山賊にさせてしまったのだろう。男はそう感じていた。

「もうその辺でいいだろう。俺っちたちは、たった1人のあんたに負けたんだ。とっとと殺して食いもん持って行けよ」

 往生際がいいのか、自暴自棄になっているのかはさておき、2人は意を決したようにドカッとあぐらをかいて地面に座り込んだ。

 これに対し、男は剣を抜くのではなく、静かに話しかけてきた。

「私はきたるべき時のため、各地を旅している者だ」

「来るべき時? 何だよ、それ」

 ロックエッジの問いかけに男は力強く頷き、話を続けた。

「私には成し遂げなければならない事がある。この世界から争いと差別を一掃し、人々が平和に暮らせる世の中を築き上げる、という目的が」

 2人は男の言葉に思わず大声で笑い出してしまった。

「ハハハハ! バカじゃねーのか!? そんな世の中、訪れるわけねーだろ!」

「お前1人で何ができるってんだよ、あ!?」

 2人の嘲笑にも男は眉ひとつ動かさず、言葉を続けた。

「そうさ。お前たちのように山賊となりその才能を無駄にして略奪を繰り返す者がいるうちは、そんな世界は訪れないだろうな」

 2人を見据える男の眼差しから、軽い冗談のつもりで言っているのではなく、本気でそれを目指している事が感じられた。

「そんな大それた事、私1人で成し遂げられると思うほど自惚れてないさ。それに、あまりにも現実とかけ離れ過ぎていてピンと来ないのもわかる。だが、目的が大きければ大きいほど、成し遂げる価値があると、人生を賭ける価値があると信じている。どうだ? 私と供に来ないか?」

 あまりに唐突過ぎる男の言葉に呆気にとられ、しばし呆然としたまま黙り込んでしまった2人。ついさっき敵として剣を交えた相手から、一緒に旅をしようと言われれば誰だって驚かないはずがない。そんな2人に男は構わず言葉を続けた。

「私の目指す行く先は遥か遠く険しいものだ。だが、そこに辿り着いた時に見える景色は、きっと今まで見た事のない、他の何物にも換え難いものとなるだろう。無駄に捨てる命なら私にその命を預けろ。お前たちの命に真の燃焼と、まだ見ぬ景色を見せてやる」

 男の力強い言葉に心が揺さぶられ、引き込まれていくのを2人は実感していた。

「俺っちの命に、真の燃焼……」

「俺の人生を賭ける価値のある事……」

 ボソッと言う2人に、男は頷いて答えた。

「……なあ。本当に来るのか? あんたの言う『争いも差別もない平和な世界』なんて」

 ロックエッジの問いかけを男は首を振って否定した。

「そうじゃない。創るのさ、私たちが。人生を賭け、命を燃やして、な」

 男はそう答えると、ニヤッと笑みを浮かべた。その笑顔は自信に溢れ、必ず成し遂げると自身に言い聞かせた強い決意が漲っているのを、2人は見逃さなかった。男の真っすぐに見据えた眼差しを見て、2人は互いに顔を見合わせ意を決した。

「わかったぜ、大将! この命、あんたに預ける。好きに使ってくれ。俺はヒスタイン=ガシュウェル、隣にいるのはロックエッジ=ロウだ」

 2人は片膝をついて深々と礼をした。

「ヒスタインにロックエッジか。私はアステリオル=ジークフリード。お前たちの命、確かに預かった」


「人を分け隔てなく受け容れる心の広いアステリオル様が、山賊に落ちぶれてしまっていた貴公らを救ってくださったんですね」

 アウレリアは山賊から立ち直った2人に……というより、むしろ彼らの才能を見抜き、仲間として迎え入れたアステリオルの寛大さに心打たれたようであった。

「まっ、そんなところさ」

「で、ブルーノはどのようにして出会ったのです?」

 アウレリアの視線が自身に向けられると、ブルーノはグラスに満たされた酒を一気に飲み干し、語り始めた。

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