3-2 幼馴染

 夜……。

 シオンとロイ、エイブラの3人は、街道を少し外れた雑木林の中で野営をしていた。どこからともなく聞こえてくる虫の音と草木を撫でる風の音がとても涼しげに感じられる、そんな夜である。

 3人はそれぞれ酒を飲みながら、薪の炎で今日捕らえた獲物が焼けるのを待っていた。

「なあ、シオン。今日で何日目だ? 野ウサギ」

「んとぉー、3日目かな?」

「3日目って……。お前、たまには他の獲物を捕らえようとか思わないか?」

「え? なんで? だって、美味しいじゃん♪ 野ウサギ」

「そりゃま、そうだけどさあ……」

 今日の獲物はシオンが捕まえたようだ。いや、『今日も』と言った方が正しい。なぜシオンばかりが狩りをするのかというと、好んで狩りに出るというだけでなく、単純にロイには狩りの経験がないのだ。よって、必然的にシオンがその任に就く事になる。そんなわけでかれこれ3日間、連夜野ウサギを焼いて食べているわけだが、ロイはさすがに飽きてきているようだった。

「文句あるなら明日はロイが狩りしてね♪」

「ムッ……。(それができればとっくにやってるさ……)」

 と、ちょうど程よい焼き加減になったところでシオンはそれをいかにも美味そうに食べ始めた。

「しっかし、お前……よく飽きずに毎晩同じものを美味そうに食べられるよな、ホント」

 呆れているのか感心しているのかよく分からないが、とりあえずロイも渋々焼けたそれを食べ始めた。

「まあ、旅ともなれば満足に食べられない日が続く事だってある。こうして食事にありつけるだけでも幸せと思わんとな」

 と、エイブラのひと言にシオンは大きく頷いて答えた。一方のロイは、わかっているけどやっぱり……と言いたそうな表情を浮かべつつ、小さく頷いた。どうやら長旅の心得はシオンの方が一枚上手のようである。

「ロイ、お前も来年には20歳はたちになる。シオンの方が長旅の経験は豊富なようだ。今のうちにシオンからいろんな事を学んでおくといい」

 さすがにロイもエイブラの言っている事には納得しているようで、頷いてそれに答えた。

「そっか。ロイは俺より2つ年上なんだね」

 お互い年齢が近い事は雰囲気から察していたが、改めて実年齢を知った事でより親近感が湧いてきたようだった

「ところでエイブラさん」

「ン? どうした?」

「俺の父さんとエイブラさんは幼馴染だったんですよね? 昔の父さんって、どんな人だったんですか?」

 シオンの問いかけにエイブラは若かりし頃を思い返すように空を見上げた。

「そうだな。あいつが……ヨーゼフ=ラスターがどんな男だったのか、お前も知っておいてもいいだろう」

 手にしている酒をひと口飲んだところでエイブラは静かな口調で話し始めた。


「儂とあいつは、共にニビディア王国の外れにある小さな町で育った。あいつと出会ったのは、町の近くに巣食うモンスターを討伐するため、派遣されてきた軍が行っていた剣戟稽古を覗き見に行った時の事だった。

 物珍しいものなど何もない片田舎で暮らしていた儂らにとって、兵士というのは縁のない存在だった。当然彼らの剣の技を目の当たりにするなど初めての事で、2人ともその姿にまんまと魅せられた。そしていつか儂らも立派な兵士となって共に戦おう、そう決心した。

 同じ想いを抱いた儂とヨーゼフは、それからというもの毎日のように稽古に没頭したものだ。

 稽古を続けているうち、興味本位で混ざってきた連中もいたが、結局最後まで残ったのは儂とヨーゼフだけだった」


 と、一旦話を切って再び酒をひと口、飲んだ。


「ある時、王国は各地へ大掛かりな志願兵の募集を行った。儂らの町にもその報せは来た。儂とヨーゼフは『待ってました』とばかりに志願、晴れて王国の兵士の1人として徴用されるようになった。

 一兵卒となって各地を転戦するようになってから数年後、ヒートラ王国で発生したクーデター……シュバルツ=オイゲンの叛乱によって各地にいくさが起こるようになり、国の防衛力強化のためにさらなる兵士の増員と軍の再編成が行われた。

 そこで兵士の中から特に働きの良かった者を王国近衛騎士団に抜擢、儂とヨーゼフは時を同じくして王国近衛騎士団へ編入された」


 シオンはエイブラの話を一字一句聞き漏らさぬよう、そして自身の知らない若き頃の父の姿を思い描きながら、じっくりと聞き入っていた。


「その後、続いた戦争の中で何度か軍の再編成が行われ、儂は近衛騎士団長に、あいつは近衛騎士団第一師団長へと立場を変えた。儂が近衛騎士団長になったのは、あいつの強い推薦があったからなのだよ。本当なら、あいつが騎士団長を務めていたんだぞ?」


 エイブラの思いがけないひと言に思わず「えっ!?」と声を出したシオン。まさか、自分の父が王国近衛騎士団長になるはずだったとは……。


「でも、どうして、父さんは騎士団長にならなかったんですか?」

 シオンのもっともな質問に、エイブラは頷き、話を続けた。


「自由奔放な性格だったが、あいつの統率力には儂も一目置いていた。王があいつを抜擢したのもそういった部分が目に留まったからに他ならない。だが、あいつはそれを頑なに固辞し、代わりに儂を推薦したのだ。

 というのも、あいつは近衛騎士団の1人となってからも自ら修行を積んで会得した剣法をさらに追求していた。実際、表向きは正統剣法を学んでいたが、裏でこっそり修行していたくらいだからな。そんなあいつにとって、王国近衛騎士団長という肩書は邪魔だったのだろう。多くの部下を従えるようになれば付き合いも増える、そうなればこっそり修行する時間も少なくなってしまう。そう考えたのだろう。それ故、その地位に就く事を拒んだのだと思う。で、その矛先を儂に向けた、というわけだ。

 第一師団長の任も固辞したがっていたが、せめてその地位だけはと、儂があいつからの推薦を受ける交換条件として第一師団長に無理矢理就かせたのだ。あの時のあいつの困り果てた顔は、今でもはっきりと覚えておるわ」


 エイブラはグイッと酒を飲み干すと、空いたグラスに酒を注ぎながら小さく笑っていた。シオンもそれにつられるように笑い出した。


「第一師団長の任に就いた後、麾下きかの者から会得した剣法を学びたいとの申し出が何度もあったそうだが、結局あいつは誰にも教える事はなかった。ただ1人を除いてはな」


 エイブラはふと、遠くを見るような眼差しで虚空へ視線を送った。


「あいつの麾下にいたそいつは、剣の才能に恵まれていた。そこに目を付けた亜ヨーゼフは、その者だけ自身の技を伝える事にした。アステリオル=ジークフリード。お前も名前くらいは聞いておろう。後に儂らの同志となった、あいつだ。あの戦いの後、1人で旅に出ると言って儂らの前から姿を消したが、今頃一体どこで何をしているやら……」

 ひと通り話し終えたエイブラは、再び夜空に視線を送った。そのすぐ横でじっと話を聞き入っていたシオンは、『アステリオル=ジークフリード』の名を聞いた瞬間、今まで感じた事のない妙な感覚が全身を駆け巡るのを覚えた。


(アステリオル……。会った事もない人なのに、この感じは一体何だ? 俺以外に父さんから剣を学んだ人……。だからなのか?)

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