3章 回想
3-1 巡りめく想い
グラビグラドを発って数日が経ち、シオン、エイブラ、ロイの3人は街道を一路、ブラバの村へと街道を進んでいた。
「……で、あの村の酒場で、儂の事を聞いたのだな?」
「はい。そこのマスターは、元は近衛騎士団第1師団にいた人だそうで、父さんの事も知っていました。確か名前は……。」
と、ここまで言った時、シオンはある事に気が付いた。
「あ……」
「どうした? その者の名は何というのだ?」
エイブラの問いかけに少々戸惑いながらシオンは答えた。
「……いけねっ。名前聞くの忘れた」
と、それを聞いて2人の後ろにいたロイが不意に大声で笑い飛ばした。
「ハハハ! シオンお前、『聞くの忘れた』って、世話になったんじゃなかったのか?」
言われてみれば至極ごもっともな意見である。
「しょーがないだろ!? 色々あって聞きそびれちゃったんだからさー」
確かにひと悶着あったのは事実だが、まさかそこにいた少女……クリスの事ばかり考えていたなど、恥ずかしくてとても言えたものではなかった。が、そんなシオンの心中などお構いなしにロイが畳みかけるように聞いてくる。
「『色々』って何があったんだ?」
「村にやってきたゴロツキ退治とか、山賊退治とか……ま、まぁ、とにかく色々だよ」
と、ここまで言って思わず言葉に詰まってしまったので、適当に誤魔化してその場を取り繕ったが、ロイの目は節穴ではなかったようだ。
「……お前、何か隠してるだろ」
「隠してなんかないってば!」
慌ててこれを否定するシオン。と、この2人の会話を聞いていたエイブラが笑いながら割って入ってきた。
「ハハハ。まあ、その酒場のマスターというのが何者なのか、おおよその見当はついている。村へ着いたら、まずはその酒場へ行ってみるとしよう」
ロイとシオンは、共に頷いて答えた。もっとも、シオンの頭の中はブラバの村へ行くとわかった時からクリスでいっぱいのようであったが。
(クリス、早く会いたいな……)
ちょうどその頃、ブラバの村の酒場では、いつもと同じようにマスターとクリスが店を切り盛りしていた。シオンが旅立ってから数日が経ったが、その後、村は平穏そのものである。
店内では朝の仕事を終えた村人たちが集まり、思い思いに語り合い、酒を飲み交わしている、まさにそんな時間帯だった。
「クリス、って、おいクリス!」
傍らでボーッとしているクリスを、マスターが語気を強めて呼ぶ。
「あ……。パパなに?」
「『パパなに?』じゃないっての。それ、あそこのお客さんへ持っていってくれ」
「うん」
言われるとクリスは目の前に置いてあるグラスをトレイに乗せ、マスターから言われた客へと運び出した。
そんなクリスの様子を見ながら、マスターは呆れたように深いため息をついた。
実はここ数日、クリスの様子が少々変なのである。何か考え事をしているような、あるいはそうでなくただボーッとしているような、心ここにあらずといった感じなのである。
その様子に気付いた店の常連客からも時折、「疲れてるのかい?」などと気を遣われる事もあるようだが、当のクリスはいたって元気そのものだという。
カウンターに戻ってきたクリスに、マスターが話しかけようとするが、それよりも早くクリスの方から話しかけてきた。
「ねえパパ、シオン、まだ戻ってこないのかなぁ」
どうやらクリスの様子がおかしいのはシオンが原因のようだった。
「……おいおい。彼が旅に出たのは数日前だぞ? そんなに早く戻ってくるわけないだろう」
呆れ果てた口調でマスターは言った。シオンが村を発ってから今日まで、ずっとこの調子なのだそうだ。いい加減呆れるのも無理はない。
「そっかぁ。シオン今どの辺なのかな……。ちゃんとご飯食べてるかなぁ」
連日この調子だから、これに付き合うマスターも大変である。と、ふとマスターは横にいるクリスの表情をチラッと見てみた。目が泳いだように遠くを見ている。
「お前、シオン君が旅に出てからいっつも彼の事ばかり考えているようだけど……。って、ハハ~ン♪ そっか、そういう事かぁ~」
何やらいやらしい視線を向けながら言う、マスターの唐突なひと言にクリスは頬を紅潮させ、動揺しながら慌てて否定する。
「バ、バカ!! 違うってば! そんなんじゃないもん! べ、別に好きとかそういうのじゃなくて……」
「俺、別に『好き』だなんてひと言も言ってないぞ?」
「……!! バカバカ!! パパなんか知らない!!」
クリスはさらに頬を真っ赤にしながらプイと顔を背けてふて腐れてしまった。その仕草をマスターは怒りもせずニヤニヤしながら見ていた。
(間違いない、こりゃシオン君に惚れたな)
どうやら酒場の中にも春が訪れようとしていた。
静寂の森。常に深い霧に閉ざされ、一旦森の中に入ると外部からの音が何ひとつ聞こえてこない事からその名が付けられている。
深い霧の中、密林の中を歩いているうちに方向感覚が奪われ、森の中をいつまでも彷徨う事になる事から、別名を「迷いの森」とも「帰らずの森」とも呼ばれている。
その森の中心に、周囲の木々より一層高い一本の立派な巨木が立っている。樹齢は数百年とも、数千年とも言われている。その巨木から伸びる枝葉はまるで空を覆い尽くさんばかりに四方へと広がり、森の木々はこの広がる枝葉よりも低い。エルフ族はこれを神木として崇め、この巨木の周囲に住居を成している。
森を覆う霧は、この巨木と、その下に広がる森から発せられる水蒸気とも、あるいは巨木が放つ魔力によるものとも伝えられているが、その真意は定かではない。
ちょうど今、その神木に祈りを捧げている1人のエルフがいた。エルサイス=フリードリヒである。
「エルサイス様、たった今、私のシルフが旅を終えて戻ってきたのですが、何やら不吉な映像を持ち帰ってきてまして……」
祈りを終えたエルサイスに、1人の若いエルフが話しかけてきた。
「不吉な映像? 見せてくれ」
言うとエルサイスの掌に彼のシルフが降り立ち、彼の前に淡い光の玉を出現させた。その中には、人が住んでいる気配の感じられない古びた一軒家と、小高い丘に建つ墓標が映し出されていた。
映像が墓標に近づいた時、エルサイスは映像を停めるように言った。
「待て。この墓標に記されているのは……!」
手作りの墓標には、文字が刻まれていた。その文字が判読できた時、エルサイスは驚きのあまりそれを何度も読み返していた。
「『最愛なる父、ヨーゼフ=ラスター ここに眠る』だと!? これは一体どういう事だ!?」
同志の唐突な死の報せをエルサイスはまるで納得できず、眼前に映し出されてる事態を整理するため、その映像を目に焼き付けるようにじっと見つめていた。
「ボルドは病床であったが故に万が一にとシルフを送っておいたからすぐに報せが来たが、まさかヨーゼフまで……」
と、この時映像からエルサイスにとって腑に落ちない点が散見された。
「ン? ちょっと待て。あの家の様子、人が住んでいるとはとても思えん。まるで空き家同然ではないか。あいつには一人息子がいたはず。その息子はいたか?」
シルフに問いただしてみたが、首を横に振るばかりで人影は全くなかったと言う。
「そうか、わかった。礼を言う。長旅で疲れただろう。ゆっくり休むといい。」
シルフは小さく頷くと、エルサイスの前から飛び立ち、宿主であるエルフの元へ戻って行った。
彼と、シルフはエルサイスに一礼をすると、その場から立ち去って行った。一人残ったエルサイスは先の映像を思い返していた。
「ヨーゼフ……。俺がこれまで生きてきた数百年の中で、君ほど美しい剣の技を持った人はいなかった。まさしく『剣聖』の名に相応しい才能の持ち主だった。そんな君がこんなにも早くこの世を去ってしまう事になるとは……。惜しい。本当に惜しいぞ」
エルサイスは急逝した友の死を惜しみつつ、彼の剣の冴えを思い返していた。それほど彼にとって、ヨーゼフの剣技は魅力的だったのだろう。
余談だが、エルフ族はヒト族と種族としての違いもさることながら、寿命が恐ろしいほど長い。4、5百年生きているのは当たり前である。それに加えて見た目の変化が少なく、年を重ねるごとに若く見えるのが特徴である。
「しかし、妙だ。父の墓を残してその息子がいなくなるなど、あるのか? これは、何かあったのかもしれん」
エルサイスはしばし神木の前に留まり、ひとり考え込んでいた。
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