2-3 近衛騎士団

 グラビグラド城内にある練兵場。ここでは日々、王国近衛騎士の将兵たちが鍛錬に励んでいる。

 練兵場までの道中、石造りの立派な城内の廊下や壁などのあちこちは、シオンにとっては今まで見た事のない、真新しいものばかりで、辺りをキョロキョロと物珍し気に眺めながら歩いていた。

 廊下では、場内を散策している若い女性たちが自分たちに気付くと、何やらヒソヒソとこちらを見ながら話をしたりする姿も見受けられた。

 途中、すれ違った女性の何人かはロイに対して好意的であるようで、ロイに微笑んだり、あるいは挨拶をしてくる人もいた。そんな彼女たちにロイは軽く笑顔で応えていた。

「へぇ~。ロイって結構モテるんだね」

「バカなこと言うなよ。時々俺も来てるから、顔馴染みってだけだよ」

 少々照れくさそうな笑みを浮かべながらロイはそう言った。とはいうものの、実際のところ城内の女性たちの間でも話題になるほど、ロイの人気は高いのだそうだ。

「ふぅ~ん。そうなんだ」

 何となくはぐらかされたような感じのしたシオンであったが、そうこうしているうちに3人は練兵場に到着した。当然の事ながら、訪れた今も場内は鍛錬に励む将兵たちの気合に満ち溢れていた。

 と、その中の1人が3人の来訪に気付くと号令がかかり、彼らは一斉に稽古を中断、整列すると敬礼をした。

 正面に居並ぶ近衛騎士団の面々に、軽く手を挙げて応えるエイブラの雰囲気は、まさに威風堂々と言った感じである。

「久しぶりに邪魔するぞ。今日は儂の倅と、ここにいるシオンも皆と共に汗を流させてもらう」

 衛士たちから挨拶されると、シオンは恐縮した面持ちで「よろしく」とだけ返事をした。その脇でロイは慣れた様子で彼らと挨拶を交わしていた。

 間もなくして彼らはそれぞれ散会し、稽古を再開した。そこにロイとシオンもその稽古に加わり、彼らと一緒に稽古を始める。

 方々から衛士たちの気合の入った声が威勢よく聞こえてくる。が、誰よりも威勢のいい声を発していたのはエイブラであった。老いてなお盛んとは、まさにこの事である。

「何だそのヘッピリ腰は! そんなんじゃ敵も倒せんぞ!! 次!」

 ドスッ! と鈍い音を立てるエイブラの力強い一撃と怒声にも似た大声には、周囲で稽古している兵士たちも委縮してしまうほどの凄みが込められていた。何も知らない者が見たら、一方的に叩かれているようにも見えるだろう。

 その気合のこもった稽古を横目に、シオンとロイの2人もこれに負けじと一層立ち合いに気合が入る。

 が、さすがに王国きっての衛士たちである。若いシオンとロイの2人が簡単に撃ち込めるほど、そうそう甘くはない。

「どうした! シオンとやら! 貴殿の力はそんなものか!?」

「くっ!!」

 なかなか思うように戦えずにいるシオンは歯がゆい思いをしながら何とか攻撃に耐えるのが精いっぱいの様子だった。

 その傍らではロイも同じように防戦一方の様相を呈していた。

「ロイ殿、貴殿の実力はそんなものではないはず! さあ、本気を出してかかって参られい!」

「チィッ!」

 奥歯を噛み締め相手の攻撃を何とか防いでいるロイだったが、ほんの僅かな隙を突いて反撃に転じた。

「このっ……! 喰らえッ!」

 目にも留まらぬ素早い突きの連続技。ロイの得意技である。そのうち何撃かが衛士の胴を直撃、その衝撃で相手を吹っ飛ばして辛くも勝利を収める事ができた。

 ロイの手合わせの様子はその脇で悪戦苦闘しているシオンの視界にも捉えられていた。その結果はシオンにとって刺激になった事は言うまでもなく、剣を握る手に一層力が加わる。

(くそっ! 俺だって!)

「どうした! それで終わりか!?」

 振り下ろされる剣を間一髪で避けるシオン。その姿を衛士は余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言わんばかりの表情で見ている。

「チッ! いつまでもやられてたまるか!」

 衛士が追撃を仕掛けてきた刹那、ギラッとシオンの眼光が鋭さを増す。衛士の攻撃を避けたシオンの姿は彼の前になく、自身の身の丈よりも高い、中空にあった。

「な、なんだと!?」

「いっけぇー!! 飛燕一刀流『燕舞斬』!!」

 シオンの懇親の一撃は衛士の肩に直撃、真剣であればそのまま真っ二つになっているところであった。

「まさか人の身の丈よりも高く飛躍するなど、そんな事ができるのか……」

 シオンの手合わせが終わると、衛士たちにとっては今まで見た事のない剣技と、人並み外れた跳躍力に周囲から感嘆の声が沸き立っていた。

 周囲の反応に対し、照れ臭そうに頭をポリポリと掻いているシオンの元にエイブラが歩み寄ってきた。

「どうだ? 良い稽古になったであろう」

 大きく頷いて答えるシオン。国のために日々鍛錬をしている衛士の剣戟は想像以上に重いものだった。それが却っていい刺激となったようである。

 ひとしきり談笑を終えたエイブラは、改めて衛士たちにシオンを紹介した。

「ああ、ちゃんと言ってなかったが、このシオンという若者、父は儂の幼馴染、ヨーゼフ=ラスターという」

 と、ここまで聞いて驚かない者は1人としていなかった。近衛騎士団にあって、この名を知らない者はまずいないからだ。

「なんと!? あのヨーゼフ様のご子息とは! そのような方と手合わせできた事、誠に光栄であります!」

 先ほどシオンと手合わせをした衛士が喜び勇んでシオンにお辞儀をしてきた。さすがにこれにはシオンも戸惑っていたが、とりあえずお辞儀を返し、挨拶を交わした。

 それからしばらくした後、エイブラたち一行は衛士たちに見送られ、屋敷へと戻って行った。

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