2-2 剣士は剣で語り、証を示す

 ニビディア王国首都、グラビグラド。四方を頑丈な城壁に囲まれ、その中央には王城が堂々と建つ、いわゆる城塞都市である。

 昼間は外部から訪れる商人や旅人たちが行き交い、夜になると街中の至る所で人々の飲み、語り合う声が聞こえてくる。まさに昼夜を問わず街中が賑わいを見せている、文字通りの都である。

 その一角に建つ屋敷の庭で、朝から熱心に剣を振り稽古に励む若者がいた。

「せぃっ!」

 気合と共に袈裟に振り下ろされた剣で、目の前の巻き藁が見事に真っ二つに分かれた。

 落ちたその束を拾い上げ、その切り口をじっと見つめると、ひとり納得したような表情を浮かべて大きく息を吐いた。

「ふぅ……」

 持っていたブロードソードを鞘に納め、手ぬぐいで滴る汗を拭う。面長で切れ長の目をした彼の表情からは一見すると優男のようにも見えるが、その体躯から、かなりの鍛錬を積んでいることがよくわかる。

「ロイ様、食事の用意が整いましたよ」

 と、そこへ屋敷の女中が声をかけてきた。ロイと呼ばれた彼の名はロイ=ハーン。5英雄の筆頭、エイブラ=ハーンの長子である。

「ありがとう。今行くよ。それはともかく、いい加減その『様』ってのはよしてくれって、いつも言ってるじゃないか」

「ハイハイ、わかりましたよ、ロイ様」

 ロイの言葉が伝わっているのかいないのか、彼女は笑いながら『ロイ様』といつも言うのだった。


 ロイは食堂へと向かった。食堂へ入ると既に立派な体格と立派な髭を蓄えた男が椅子に座り、ロイの到着を待っていた。エイブラ=ハーンである。

 ロイが着席するのを見届けるとエイブラは手を合わせ、静かに目を閉じた。これにロイも続いた。

「我らを護りし精霊たちよ……。今、ここにこうして家族と共に食事ができることに感謝し、祈りを捧げます」

 どうやら食事の時にこうして祈りを捧げるのはこの家の習慣であろうことが2人の慣れた所作から窺い知る事ができる。精霊たちへの祈りが終わり、2人は静かに食事を始めた。

「ロイ、儂はこの後久しぶりに城へ行き、練兵場へ顔を出す約束がある。どうだ? お前も来るか?」

「ハイ! 俺も行きます!」

 時々こうしてロイは父と共に城内の練兵場へ行き、そこで修行をしている近衛騎士団の将兵を相手に剣の稽古をする事がある。暇な時は1人で街を出て山林へ行き、遭遇するモンスターを相手に実戦感覚を身につけているロイの剣法は、将兵たちにとってもよい勉強材料であり、また多くの人と稽古をする事はロイにとっても財産となっている。

 食事の合間、ロイはふと壁の方へと視線を送った。そこには美しい女性が描かれた肖像画が掲げられていた。

「父さん、もうじき5年になるんだね」

 その言葉につられるようにしてエイブラも同じ絵を見た。

「ああ。そうだな。母さんが死んでから5年……か。時が経つのは早いな」

 どうやら肖像画の人物はロイの母親のようだ。美しく穏やかな微笑みを浮かべた女性の絵を、2人はしばし見つめていた。

「お前ももう19歳。まだまだ子供だった5年前と比べて随分と逞しくなったもの。今のお前を見たら、母さん喜ぶぞ」

 エイブラは言いながら大声で笑い飛ばした。ロイは自信ありげな表情を浮かべつつ静かに笑った。

 食事を終え、2人が部屋を出ようとした時、女中が部屋に入ってきた。

「ご主人様、お客さんがお見えですが、いかがなさいますか?」

 エイブラは首をかしげてしばし考え込んだ。突然の来客という事もたまにはあるが、少なくとも記憶の中には今日、来客が来るという予定は存在していないようだった。

「はて? 来客の予定はない筈だが……。その者の風貌と名は?」

「はい。シオン=ラスターと名乗る旅装束の少年が、1人です」

「なに? 『ラスター』と名乗ったのか? その少年、1人で来ているのか?」

「ええ。間違いありません。1人でしたよ」

 少年の名を聞いたエイブラにはその少年の素性に察しがついたようで、女中に突然の訪問者……シオンを中庭へ通すよう申し伝えると、ロイと共に中庭へと向かった。ただ、1人でここに来ているという事が気がかりであった。

「父さん、『ラスター』って言えば、もしかしたらあの人の?」

 中庭へ向かう途中、ロイが聞いてきた。

「うむ。儂の知る限りあいつしか思い当たる節がない。ただ、その息子が1人で来ているというのがどうも気になる。ともあれまずはその少年が本当にあいつの倅かどうか、見極めねばなるまい」


 中庭へと通されたシオンはどうやらこういった屋敷には不慣れのようで、妙にソワソワしていた。

 と、そこへエイブラとロイがやってきた。

「君が、シオン=ラスターか?」

「はい」

「ヨーゼフ=ラスターの倅の?」

「はい。ヨーゼフ=ラスターは俺の父さんです」

 エイブラからの問いにシオンは彼を見据えてきっぱりと答えた。が、エイブラの視線でシオンは直感的に疑われていると感じとった。もっとも、面識もないのに何の前触れもなく突然訪れたのだから無理もない話ではあるが。

「ふむ……。確かに君の持っているロングソードには見覚えがあるな。だが、それだけでは申し訳ないが君の素性を信じる事は出来かねる。そこで、だ。君が果たして本当にあいつの倅かどうか確かめさせてもらいたいと思うのだが、どうかね?」

 エイブラの提案にシオンは「わかりました」と、頷いて答えた。自分をヨーゼフ=ラスターの実子であると認めさせる方法は、ただ1つしかない。

「よろしい。方法は君もわかっていると思うが、そこに稽古用の木刀がある。あいつの倅ならば剣の手ほどきは受けていよう。それを我が前で示してもらいたい。君の相手はここにいるロイが務める。こいつは儂の倅、遠慮は無用だ」

 エイブラが言い終わらないうちにロイは片隅にある木刀を取り、準備をしていた。シオンもそれを手に取り2、3度軽く振って感触を確かめる仕草をした。

「よろしく、シオン君」

「シオンでいいですよ。こちらこそ、よろしく」

 互いに簡潔に挨拶を済ませると、剣を構え対峙した。互いに剣先を相手に向け、正眼に構えている。2人が相対する様子を、エイブラは静かに見つめている。


 口火を切り先手を取ったのはロイだった。一気に間合いを詰めて仕掛ける。これをシオンは剣で受け流すとすぐさま反撃に転じる。間一髪、ロイはシオンの攻撃を受け止め、何度かの鍔迫り合いの後、両者とも間合いを外し、構え直した。

(……強い!)

 直感的にシオンはそう感じた。だが、そう感じたのはシオンだけではなかった。ロイもまたシオンに対し同じような印象を抱いていた。

(俺の初撃をかわし、なおかつ反撃してくるとは……!)

 両者の実力はほぼ互角といっていい。その後も互いに攻撃しては防御されるといった、文字通り両者譲らぬ攻防が繰り返されていた。

(ほう。なかなかやりおるわ……)

 2人の攻防を静かに見ているエイブラもまた、シオンの実力に感心したように時々小さく頷きながらその様子を見ていた。

 両者、一旦間合いを外し改めて剣を構える。ロイはこれまでとは違い剣先をシオンへ向けたまま剣を水平にした、いわば突きの構えを、一方のシオンは剣を後ろ下段に構え、姿勢を低く取る。

 シオンの構えを見たエイブラの眉が一瞬ピクッと反応する。

(あの構えは……。間違いない、あの技だ)

「この攻撃が避けられるか!? いくぞ!」

 気合一発、ロイは凄まじい速さで突き技を連続で繰り出していく。その気迫と幾重にも繰り出される突き技に、思わず後退するシオン。

(クッ! なんて突きだ! このままじゃ負けちまう!)

 シオンの背後には壁がすぐそこまで迫ってきていた。

「そこだ! もらったぞ!」

 ロイが止めの一撃を繰り出そうとしたその瞬間、それまで圧されていたシオンは一気に間合いを詰める。ロイの繰り出した必殺の突き技はシオンの肩スレスレのところで命中せず、避けられていた。その瞬間、自身の懐の真下からこちらを見上げ、獲物を捕らえようとするシオンと一瞬目が合った。

「何ッ!? 避けただと!?」

「飛燕一刀流『水飛翔すいひしょう』!!」

 シオンの斬撃がロイの身体を真っ二つにしようと襲い掛かる、まさにその瞬間、遠くから声がかかった。

「それまで!!」

 エイブラであった。その声に反応して、シオンの剣はロイの胴に触れる直前でピタリと止まった。シオンとロイ、2人ともまるで金縛りにでもあったかのようにピクリとも動かない。

 2人の元に近づいてきたエイブラは、それぞれの肩をポンッと軽く叩くと剣を取り上げ、隅の方へ片付けた。試合終了の合図だった。

「君の技、確かに見させてもらった。あれはまさしくヨーゼフのものと瓜二つだった。君は間違いなく、ヨーゼフの倅だ」

 どうやら認めてもらえたようだと、シオンは安堵しつつ、チラッとロイを見た。ロイは硬直したまましばし呆然としていた。

(負けた……)

「ロイよ。儂の声があと少し遅く、且つ真剣を使っておったら、お前の身体は今頃2つになっておったな」

 中庭から立ち去ろうとするエイブラは一旦立ち止まり、シオンを見た。

「シオン。儂に何か話があって1人で来たのだろう。だが、すまんがこれから儂はこいつを連れて城の練兵場へ行き、衛士たちの相手をせねばならん。せっかくの機会だ。君も来るといい。話はそれからでも遅くはなかろう?」

 エイブラにはシオンが1人でここまで来るからにはそれなりの事情があっての事であろうと予見していたが、とりあえずこの場は自身の幼児を優先する事とし、シオンにも同行するよう促してみた。

 誘いを受けたシオンはすぐにでも伝えたいとはやる気持ちはあったが、何の前触れもなく訪ねて来たのだからまずはエイブラの所用を優先すべきだと考え、二つ返事で同行することにした。もっとも、多くの人と稽古できる機会など、そうそうあるものでもなく、それが衛士ともなれば興味が湧いていたのも事実であるが。

「シオン、改めてよろしく。俺はロイ=ハーン。まさかあれを避けられるとはね。今日は後れを取ったが、次は必ず勝ってみせるよ」

 ロイから差し伸べられた右手をシオンは握り返し、笑顔で答えた。

「こちらこそ! 後れを取ったなんて、とんでもない。あんなに早い突き技、見た事なかったもん。串刺しになるかと思ったよ」

「アハハ! 串刺しは大袈裟だよ。あ、それと俺の事はロイでいいよ」

「わかった。こちらこそ改めてよろしく、ロイ」

 剣士は剣で語り合うという。どうやらこの2人も例外ではなかったようで、今回の立会い、勝敗に関係なく絆を深めるいい機会となったようだ。

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