2章 『炎帝』
2-1 グラビグラド目指して
シオンがブラバの村を発ってから1週間が経っていた。ここまで別段何かに襲われるといった事もなく、旅は順調そのものだった。ただひとつ、彼の空腹を満たせる食料の事情を除いては。
「グラビグラドまでは遠いなぁ~。ってしかし、腹減ったなぁ……」
携帯用の食料は携行しているが水に木の実に干し肉……。育ち盛りのシオンにはどうやらそれだけでは物足りなかったようで、既に干し肉は底を尽き、水の他は僅かな木の実が残っているだけだった。
辺りをキョロキョロとしていたシオンは、何かを見つけたのか突然道を外れ、草むらの中へと飛び込んでいく。身をかがめて息を潜め、物音を立ないよう注意を払いつつ腰に携えている小型の弓を構える。
弦が張りつめたところで矢を放つ。放たれた矢は一直線に飛んでいき、その先で何かに刺さる音と同時に動物の悲鳴らしき声がした。
「よっしゃ!」
起き上がると笑顔で矢の飛んだ方へと走り出し、倒れている動物……野ウサギを捕まえた。
「やったね♪ 今夜はご馳走だぜ!」
獲物を捕まえたシオンの足取りはこれまでと打って変わって軽く、意気揚々としていた。
その夜、シオンは街道から少し外れた草むらで野営をすることにした。火を
間もなくして程よい焼き加減になったそれを、シオンは舌鼓を打ちながら
「うまぃ!」
捕らえられた野ウサギもさぞかし本望だっただろう。そう思ってしまうほど、見事に食べ尽されていた。
食事を終えたシオンは持っていた酒を飲みながら、父の形見のロングソードをじっと眺めていた。束に施された装飾が薪の炎を受けて淡い光を放っている。父の敵を討つと旅立ってから1年が過ぎ、これまで何ら情報など手に入らず、行く当てもなく文字通り闇雲に旅をしてきたが、ブラバの村での出来事をきっかけとして、ようやく目的地を得た旅ができるようになった。
とはいえ肝心な『父を殺した男』については、未だに遭遇することもない上、手掛かりとなりそうな情報も皆無だった。
(この1年、いろんなところへ行ったのに、何の情報もないなんて……)
夜になり、暗い闇夜の中に1人でいると、どうしても旅路に不安に駆られてしまう。もっとも、手探りと変わらない状態で旅をしているのだから無理もない話である。
(まっ、なるようになるさ。まずはグラビグラドでエイブラさんに会ってからだ)
シオンは剣を抱きかかえるようにしながら横になり、そのまま静かに眠りについた。
パチパチと音を立てながら燃える薪の炎の脇で、少年の面影を残した寝顔で眠っているシオンの寝姿を、夜空に浮かぶ月がじっと見つめていた。
翌朝、荷づくりを終えたシオンは街道へ戻り、再びグラビグラド目指して歩き始めた。ぐっすり眠れたからなのか、あるいは夕べのご馳走のお陰なのか、その足取りは軽やかだ。
村を発ってからの数日間は街道を歩いていても殆ど人の往来はなかったが、ここに来て行き交う旅人や商人とすれ違うことも増えてきており、その事からも街が徐々に近づきつつある事が窺い知れる。
(そういえばクリス、元気にしてるかな。可愛かったなぁ……)
と、村で出会った少女、クリスの事をふと考えつつ歩いてから数時間が経った頃、ちょうど少し休憩をしようかと思っていた時、後方から馬車がガラガラと砂利を跳ね上げる音を立てながら走ってきた。荷車には数人の商品と思しき人たちが乗っている。
シオンの前に来た時、馬車は速度を緩め、荷車の中から1人の男が顔を覗かせてシオンの方を見た。
「よぉ! そこの若いの! どこまで行くんだい?」
陽気な感じで話しかけてきた男にシオンは目的地を告げると、男は荷車に乗るように促してきた。
「俺たちもちょうどグラビグラドへ行くところだ。良かったら乗りな!」
時間もかなり短縮できると思ったシオンは彼らの誘いに応じて馬車に乗ることにした。かなりの荷物が積まれている荷車の中には3人の男が乗っていたが、シオンが乗る余地はまだ十分にあった。
「ありがとう。よろしく」
「ヘヘッ。気にするこたぁねぇよ」
男は気さくにそう言うと、ニヤリと笑った。それに合わせるように、他の男たちもニヤッと笑みを浮かべていた。
馬車はしばらく街道を走っていたが、徐々に道をそれていき、辺りを見回すと人通りない林の中を走っていた。
(ふ~ん、そういうことか……)
彼らが商人を装っただけの、全く異なる集団であると察すると、改めて中の様子を見回した。
(中に3人、馬の手綱を引いているのが1人……か)
シオンが察した通り、この連中は商人を装った盗賊連中だった。よくよく見れば、商人には似つかわしくない道具……武器を携えていた。商人と言えども万が一の護身用に携行することはあるだろうが、にしても不釣り合いな装備品であった。あまり
「おい。もうこの辺でいいんじゃないか? どうせグラビグラドへ行く気もなさそうだし」
シオンのひと言を合図に馬車は次第に速度を落とし、やがて人気のないところで停まった。
「悪ぃな。ちょっと行き先が変わっちまってね」
手綱を引いていた男が言うと、荷車に同乗していた3人は次々に外に降り、シオンにも降りるよう促した。それに従うような形でシオンも降りていく。
「で、こんなところまで連れてきて俺をどうしようっての?」
「なぁに、お前さんの持ってる金目の物を素直に差し出してくれりゃそれでいいんだぜ。例えばその剣なんか、高く売れそうだしな」
4人の男たちは、それぞれシオンの四方を囲むようにして立っている。
「嫌だと言ったら?」
男たちは不敵な笑いを浮かべながらシオンを見据えている。その様子を見て、ロングソードの束にシオンの右手が添えられる。
「本当に行き先がグラビグラドじゃなくなるだけだぜ」
男たちは武器を構え、返答次第では今にも襲い掛かろうと息を荒くしながらじっとシオンの返事を待っている。
「行き先が変わるのも、お前らに物をくれてやるのも……い・や・だ・ね!」
言うと同時に素早く抜刀し、俊敏な動作で近くにいた1人の胴を真っ二つに斬り裂いた。
「ぎぃぃぃやぁぁ~~~!!」
斬られた男は声にならない悲鳴を上げ血飛沫を飛ばしながらドサッと倒れ込んだ。それを合図に他の盗賊たちは次々にシオンへと襲い掛かっていく。
「ちっ! やっちまえ!」
襲い掛かる盗賊たちの攻撃をヒラリ、ヒラリと避けつつ反撃し、確実にダメージを与えていく。一方で盗賊たちは束になって掛かっているにもかからわずシオンにダメージひとつ与える事ができない。そんな状況に焦りを覚えている彼らに対し、シオンの表情は焦るどころか息ひとつ切らさず、冷静そのものである。
「な、なんだ!? こいつ、ただのガキだと思ってたのに……!」
動揺している盗賊の1人の首筋に剣をピタリと当てる。ほんの少し動かせば血管から血を吹き出し、確実に死に至らしめる事ができる。
「悪いけど遊んでる暇、ないんだ。先を急ぐから、この馬もらっていくよ」
盗賊は言葉なくただ頷く事しかできなかった。それを見たシオンは馬を荷車から離し、その背に跨り馬上から全身傷だらけとなった盗賊たちを一瞥して置き去りにしたまま去って行った。仲間を1人殺された挙句に手玉に取られてしまっては、盗賊たちに戦意など残っているはずがなかった。馬を駆り去って行くシオンの後姿を、ただただ見ている事しかできなかった。
「やっと林を抜けられた……」
馬を駆りシオンが何とか林を抜け、ようやっと街道へ戻った時には陽は傾きはじめ、空が夕陽に染まり始める頃だった。
「ここって一体どの辺なんだ? こりゃ、もしかしたらだいぶ無駄足を踏まされちゃったかな? って、あの灯りは……?」
遥か前方に夕陽に染まる城と壁のシルエットが姿を現し、その中からは街明かりがチラホラと灯りはじめてきている様子が見えてきた。首都・グラビグラドである。
「やったね!」
パチンッ!と指を弾いて喜びを露わにする。が、既に今は夕暮れ時。夜になれば城門は閉ざされ人の出入りができなくなる。ここからでは閉門までに着かないと判断したシオンは、今少し進んだところで今日のところは野営をし、明日街へと向かうこととした。
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