0-3 旅立ちの時
アステリオルが洞窟に巣食うコボルドの集団を殲滅した時から1年半が過ぎた。日々の稽古の甲斐あって、シオンが習得した剣の技も冴えわたり、随分と成長を見せるまでになっていた。
「ハァァァ~~!」
気合と共に鋭い剣戟を放つシオン。
「クッ! なんの!」
間一髪、身1つでこれを避けるヨーゼフ。
2人の剣先が向き合った瞬間ピタリと動きが止まり、深く深呼吸をした後、互いに剣を納めた。
「だいぶ腕が立つようになったな、シオン。危うく一本取られるかと思ったぞ」
「ヘヘッ。でも、まだまだ父さんには勝てないよ」
そう言って笑いながら滴る汗を拭い、2人は木陰で休息をとることにした。木漏れ日と、木々の合間をすり抜けていく風が心地いい。
2人が親子の語らいをしているその時、遠くから1人の男がこちらに向かって歩いているのにシオンが気づいた。
男は漆黒のマントを風に泳がせながら、シオンとヨーゼフの元へゆっくりと近づいてくる。
「父さん、誰かこっちに来るよ」
シオンの言葉にヨーゼフは無意識に脇に置いたロングソードを握り、静かにその男に対し警戒をする。が、間もなくしてヨーゼフの警戒心は解かれ、いつもの平静に戻っていた。
「ン? あの男は……。シオン、あいつは俺の客人だ。お前は先に家に帰っていなさい」
「ウ、ウン……。わかった」
ヨーゼフの言葉に頷きはしたものの、何やら妙な胸騒ぎがするのを覚えた。そんな幾ばくかの不安を抱えながら、シオンは父の言葉に従い、1人帰宅することにした。
帰り際、シオンはすれ違いざまに男をチラッと見た。マントの中はブラストプレートを装備し、腰には立派な装飾の施されたロングソードを携え、左手には陽の光を受けて妖しい光を放つ真紅の宝石が埋め込まれたブレスレットを着けていた。男もシオンの視線を感じたのか彼を一瞥する。その眼差しは氷のように冷たく、人の温もりを全くと言っていいほど感じられなかった。彼の眼光に強烈な悪寒がシオンの全身を駆け巡った。
(な、なんだ? あの氷のように冷たい目は……)
男と目が合ったシオンの胸騒ぎは激しくなるばかりだった。シオンは何度も振り返り、男とヨーゼフの姿を見つつ、去っていった。
「ほう。こうしてまたお前に会えるとは思わなかったぞ。久しぶりだな」
「ヨーゼフ……。久しいな」
(……気をつけてね)
以前、シルフが去り際に言ったひと言が一瞬ヨーゼフの脳裏を駆け抜けていった。
1人帰宅したシオンは、夕食の支度をしながら父の帰りを待っていた。辺りは夕陽に包まれ、虫の鳴き声が微かに聞こえてくる。
時間の経過とともに辺りは暗くなっていき、未だ帰らぬ父に対する不安が募るばかりであった。
(いくらなんでも遅すぎる……)
ついに我慢できなくなったシオンはロングソードを手に取り、外へと駆け出した。各地にゴブリンやコボルドなどといったモンスターのいる世界において、夜道の1人歩きはまさに危険と隣り合わせ、命がけの行為であるといってもいい。
シオンは危険を承知で月明かりだけが頼りの薄暗い林の中を、高まる鼓動に引っ張られるように父と最後に別れた場所を目指して走った。
家を飛び出し、目的地が近づくにつれて胸の鼓動が激しくなっていくのを覚える。
(父さん……! 無事でいてくれ!)
祈るような気持ちで懸命に走る。そして……。
シオンがその場所に辿り着いた時、月明かりに照らされ眼前に映し出されたのはシオンの望みを裏切り、全身を真っ赤な血で染めて倒れている、無残な父の姿だった。
「……!! 父さん! しっかりして!」
たまらずシオンは駆け寄り父を抱き起すが時既に遅く、右手にロングソードを強く握りしめたまま、絶命していた。
「父さん! 父さん!! 返事してくれよ……!! なんで、どうしてこんな事に!!」
文字通り、青天の霹靂だった。ほんの数時間前まで陽気に笑い、話をしていた父が、全身に刀傷を負い真っ赤な血に染まり、見るも無残な姿に変貌してしまっていたのだから……。
「うわあぁぁぁぁ~~!!」
父の亡骸を強く抱きしめ、シオンは大声で泣いた。闇夜の林の中にシオンの悲しみの叫びが空しく響く。あまりにも突然訪れた父との別れであった。悲しみに暮れるシオンの脳裏にふと昼間、父に会いに来ていたあの男の姿が浮かび上がってきた。一切の感情を捨て去ったかのような凍てついた視線の男……。
「あいつだ…! 間違いない、あいつが父さんを殺したんだ! ちくしょう……!! なんで父さんを……!! あいつ、絶対許さねえ!!」
父の亡骸を背負い、重い足取りで家へと向かうシオンの心に、自身でも抑える事ができない激しい怒りと憎悪が渦を巻いていた。
翌朝、シオンは家の裏手に夜通しかけて作った父の墓の前で香を焚いて1人手を合わせていた。
「大地と大気の精霊たち……。今、ここに私の愛する父、ヨーゼフ=ラスターがそちらの世界へと旅立ちます。どうか、冥府に迷い込まぬよう、慈悲の心を以て導き給え」
瞑想しながらそう告げると大地から柔らかな温もりが、辺りにはスーッと優しい静かな風が流れるのをシオンは感じた。
(父さん……。もっといっぱい話したかった。もっといっぱい聞きたいことがあったよ)
ゆっくりと目を開けたシオン。地面に突き立てた形見のロングソードを握ると天に向かってその剣先を翳した。
「俺は、必ずあいつを……父さんの敵を討ってやる! 父さんほどの人を倒せる奴だ。どんなに強い奴だろうと絶対に俺が倒す!!」
形見のロングソードを鞘に納め、溢れんばかりの感情を抑えて墓前に手を合わせ、しばしの別れの挨拶をした。
(父さん……。俺、父さんみたいにうんと強くなって、絶対に父さん殺した奴を倒して帰ってくるから、それまでちょっと寂しいかもしれないけど、ここで待っててくれよな?)
そう心の中で父と会話をしたシオンの眼は、もはや悲しみに溢れたものではなく、強い決意に漲っていた。父の墓を振り返る事なく一歩、また一歩と歩み始める。
1人旅立つシオンの身体を暖かく、優しい風が撫でていく。その風の中からシオンの意識に直接語りかけてくるような声が聞こえてきた。
(心を憎しみに支配されてはダメだ。心が曇れば剣も穢れていく。常に曇りのない澄んだ眼と心を持つ事を忘れてはならない)
声が消えると共に風も止んだが、その声は父、ヨーゼフ=ラスターからの最後の贈り物のようにシオンには思えた。その声にシオンは小さく頷いて応えた。
シュバルツ=オイゲンが起こした叛乱から14年……。シオン=ラスター、この時16歳。彼の旅はここから始まる。
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