0-2 紅い目

 5英雄の1人、ボルドの急死から1年半が過ぎていた。仲間たちと共に旅を続けていたアステリオルも現在は旅を終え、彼らと共にアシュタルト王国領だった街……といっても荒廃してしまっているが、そこにある小さな廃城を改修し、そこを拠点として暮らしている。城の周囲にはまだほんの僅かではあるが人々が定住し、生活を営みはじめ街として復活の兆しが見え始めていた。

 ある夜、アステリオルは踊り場から1人静かに虚空を眺めていた。その表情はどこか寂しげで、悲しげに見えた。

「ソフィア……。ようやっとここまで来たよ。君が心から望んでいた、争いのない世界を創る夢。それを実現できる準備がやっと整いはじめてきたよ」

 誰にともなく呟きながら城下を眺める。城下は所々に街明かりが灯り、人々が互いに酒を飲み語り合っている声が微かに聞こえてくる。その様子からも少なくともここは争いという文字が無縁の地のようだった。その様子を感じ取るとアステリオルは安堵したのか、穏やかな笑みを浮かべ、手にしていた酒をひと口、飲んだ。

 何気なく満天の星空へ再び目を送った。数多の星の光がアステリオルに降り注いでいる。煌めく星の輝きに感動するのかと思いきや、その表情はやはり寂しげなものへと一変していく。

「私は、君が残してくれた夢を手にするため、もしかしたら取り返しのつかない事をしようとしているかもしれない……。それでも、君は許してくれるかい?」

 星空は何も答えてはくれなかった。


 そんな物思いに耽っているアステリオルの元に、1人の女性が彼に気付いて近づいてきた。アウレリアであった。

「アステリオル様、ここにおられたのですか。長く夜風に当たっていますと身体が冷えてしまいます」

 アウレリアが心配そうに歩み寄ってきた。

「アウレリアか。ありがとう。大丈夫だ。そろそろ寝ようとしていたところさ。ところで、明日探索する洞窟へは君も同行してもらおう。初陣だからと気負うなよ?」

「ハイ、ありがとうございます! アステリオル様の足手まといにならないよう、がんばります」

 アステリオルが冒険の途中に出会い、この城に辿り着くまでの間、常にアステリオルに守られ続けてきた彼女。その間も、そしてこの城に着いてからも剣の手ほどきを受け、ここにきてようやく初陣を飾る事ができる機会を得たことがよほど嬉しかったのだろう。

「そんなわけだ。今夜はよく休んでおけよ」

 アステリオルは優しく、穏やかな口調でそう告げると、自身も自室に戻って行った。


 翌朝、アステリオルは仲間たちと朝食を摂りながら今日の探索の件について話し始めた。

「今日の洞窟探索の件だが、ヒスタインとアウレリアに同行してもらおうと思う。ロックエッジとブルーノには済まないが城で待機していてくれ」

「まあ、前回の探索には同行したから、しゃーないか」

「お宝、待ってるよ」

 些か不満そうではあったが、アステリオルの命令に従い、2人は城で待機することとなった。

「今回から私も戦闘に参加することになります。よろしくお願いします!」

「そっか、ついにアウレリアも戦闘に参加するようになったのか。こっちこそよろしく頼むぜ」

 言いながらアウレリアの肩を軽くポンッと叩くと、ヒスタインは食事を終え身支度を整えるため自室へと戻って行った。

「アウレリア、支度が済んだら城門前に集合だ。2人は留守を頼んだぞ」

「了解しました」

「了解! 留守は任されましたぜ!」


 アステリオルはヒスタインとアウレリアの2人を連れ、城からほど近くにある洞窟を目指した。

 この洞窟には以前からコボルドが根城として巣食っているが、ここ最近になって活動が活発化し、道行く商人や旅人にも被害が出始めていた。今回の洞窟探索の目的は、ここに巣食うコボルドの一団を掃討し、街道の安全を確保することにあった。

 一行の眼前に、口を開けて待ち構えている洞窟が見えてきた。どうやら今回の目的地のようだ。

「着いたな。相手がコボルドといっても油断するなよ」

「ヘッ! コボルドなんざ、俺1人で片付けてやるよ!」

 強気な言葉を放つヒスタインの横で、アウレリアが緊張した面持ちで小さく頷いた。

 暗い洞窟の中を松明の灯りを頼りに一行は奥へと進んでいった。途中、コボルドとの遭遇戦を想定していたがそれもなく、意外にもあっさりと最深部まで到着した。

 そこは広い空洞になっていた。壁には松明が灯され、部屋を明るく照らしていた。その灯りが照らしていたのは部屋だけではなかった。中で屯していたコボルドの集団も、一緒に照らしていた。奴らはまだアステリオルたちの存在に気付いていないようだった。

「奇襲をかけ、ここのコボルドを殲滅する。 いくぞ!」

 アステリオルの言葉を合図に、ヒスタインとアウレリアはそれぞれ抜刀し、コボルド目指して突入していく。

「いっくぜぇ~!」

「ハァァー!」

 気合と共に突入した2人に対しコボルドたちは慌てて戦闘態勢をとろうとするが、その殆どが武器を構える間もなく、3人の振るう剣の前に斃れていった。

「逃がさん!」

 部屋から逃走を試みたコボルドもアステリオルの鋭い斬撃によって倒され、さしたる抵抗もできぬまま、コボルドの集団は殲滅させられた。

「アウレリア、大丈夫だったか?」

 アステリオルの言葉に大きく息を吐きながら頷いて答えた。

「そうか。とても初陣とは思えない働きぶりだったぞ」

 アウレリアは笑ってその言葉に答えた。と、その時だった。

「ところで大将、奴らのお宝の中にこんなものがありましたぜ」

 と言って、ヒスタインが手にしたのは真紅に輝く美しい宝石が特徴のブレスレットだった。宝石の中心には1本の黒い筋が通っていて見ようによっては充血した猫の眼のようにも見える。本体そのものも細部に至るまで非常に手の込んだ彫刻がなされており、いかにも高名な彫刻師の作ではないかと思わせるほどだった。ヒスタインから手渡されたそれを、アステリオルはまるで吸い込まれるようにじっと見つめていた。

「これは私が預かろう。残りの財宝は後で回収隊に来させ、人々に振る舞おう」

 とだけ言うと、アステリオルはブレスレットを腰袋にしまい3人は洞窟を後にした。

 その刹那、アステリオルの後方を歩くアウレリアに、ブレスレットの宝石が紅く妖しい光を放ち黒い筋がスーッと細くなったように……笑ったように感じられた。が、手に持つ松明の灯りによってそう見えるだけだとアウレリアは思い、それ以上気にする事はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る