世界の狭間での問答
――この邂逅は一瞬です。
世界がピンク色の光に包まれて足元が崩れ落ちた先。落下し続ける中、真っ白な空間で女神アニマと相対をする。その姿は少女で、幼い。こうやってよくみれば、小さくしたフミカにも見えなくもないだろう。
――勇者よ、よくぞ私を目覚めさせました。しかしチェルノボルグとの戦いでは千日手となり、一つのどこかの世界が滅びるでしょう。その選択は貴方に委ねられています。
「名前でも呼べってか」
――その通りです。私を目覚めさせることのできる勇者であれば、名を知っているでしょう。
「だが断る」
――何故ですか。
「意地だよ。相棒ができるって信じてるんだ、やり続けるさ」
――それで世界が滅びるかもしれないというのに?
「うまくいくかもしれないだろうよ。困ったときにはあんたに頼るとするさ。それまではゆっくりと休んで見ていろよ」
――長く、女神として崇められ、加護を求められましたが。休めというのは初めて言われました。いいでしょう。貴方の仲間に道を作りましょう。そして私は貴方に宿りましょう。
「そういうのは間に合ってるんだが」
女神アニマはそういうと同時に、少しずつ光の塵になっていく。その光は俺の右腕へとまとわり付き、同化していった。
崩れた空間の先へと落ちる。落ちる。周りを見れば、フミカも同じように落ちていた。フミカの方へと手をのばすと、フミカが手を伸ばし返してくれたので強く握って胸元へと彼女を引き寄せる。
「フミカ、大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫ですが、ユウさんの方は?」
「俺も大丈夫だ、しかしどこまで落ちるのやら」
「それは――あ」
フミカが不意に何かを見つけて声をあげる。その視線の先をみれば、チェルノボルグが大シェードの肩に腰掛けておりこちらを見ていた。それを見てからか、左手をこれみよがしにあげて指を鳴らす。
骨の砲塔が浮かび上がり、俺達を狙い撃つ。わざと避けようと思えば避けられる弾幕だった。もがいて避けるのが見たいのかが分からないが、身体を捻らせてフミカを抱えたまま空中で回避する。フミカも落下しながらでは魔法を使うような集中ができないようであった。
しばらく回避を続ける。弾幕の数を両手で数えられるのを超える頃に地面が見えてきた。地面に衝突する前に一瞬だけ身体がふわりと浮かび上がり、着地をすることができた。そしてすぐその場に弾幕が降り注ぐので、フミカを抱えたまま飛び退く。
チェルノボルグを肩に載せた大シェードは大きな音を立てて地面に着地する。その衝撃のせいか、その足先から順に消滅していく。チェルノボルグがふわりと地面に舞い降りて俺達を見据える。
「ここは空間の狭間か。女神の像を破壊した一瞬生まれた場所。すぐにでもどちらかの世界に戻るであろうがの」
奴は先程までの頭に響く声ではなく、直接その口を動かして声を出していた。何故わざわざそんなことをしているのかを訝しんでいるとわざわざ親切に教えてくれた。
「慣れぬ空間では力の無駄遣いをしないだけのことよ」
テレパシーって力の無駄遣いなのか。そんなことをげんなりとしながら思っていると、相手は何もしてこずこちらを観察していた。
「何のつもりだ?」
「何、まだ諦めないのかを見ているだけよ。どうだ? 軍門に降らぬか? 我とて無闇矢鱈に何かを壊したいわけではないゆえな」
「さっきも断っただろうよ。そもそも何でお前はわざわざ世界なんて欲しがるんだ」
「我はチェルノボルグである。名前で讃えよ。お前なんていう品のない言葉で呼ぶでない」
「はいはい、チェルノボルグさんよ」
「それでよい、それで貴様は名乗らんのか?」
「聞いてどうするんだ」
「名とは力であるからの。貴様が我に立ち向かうのに、名を名乗らないのであれば負けを認めるようなものよ」
「わぁったよ、由城由だよ。いい名前だろう?」
その名乗りに、チェルのボルグは少し眉をひそめる。旧姓があることの違和感でも感じたのか、名前には敏感なのだろうか。
「まぁよい。娘御は名乗らんのか?」
「名前を名乗ったら何をされるのか分からないので、お断りします」
「警戒心が強い娘御であるの」
フミカは警戒した顔をして、杖を構えて向けていた。何がおきてもいいようにの警戒であろう。俺も警戒するべきかと思ったが、ヤツ相手には警戒しようがしまいが、何をしてくるか分からない。そうであれば自然体のままの方が逆になんか対応できるというものだ。多分。
「さて、先程の問いであったな。ふむ。そうさな。好奇心よ。お前はこの世界が醜いと思わぬか?」
「一体何を」
「貴様ら物界のものであれば、お互い同族でも喰らいあい生存競争をするのだろう? そのような連中に対してであれば、別に力をふるっても生存競争の理論であれば悪でもなんでもないだろう」
「そういうのは力の差で虐殺っていうんだよ」
「それは勉強になったの」
愉快そうにチェルノボルグが笑みを浮かべる。それはまるで、新しいおもちゃをみつけた子供のような。
「自分の力がどの程度通じるか、使えるか。大した理由はないとも。やれるからやってみる。それ以上に何を望むというのだ?」
「たったそれだけで?」
「そう、それで十分だとも。では逆に問おう。貴様は何故我の前に立つ?」
その質問を聞くか。少し考えるそぶりをしてやる。意趣返しっていうものだ。がやはり答えは女神に答えたこととはそう変わりない。
「意地だよ。相棒ができるっていうならばできる」
「ほう、それでは我と同じ答えということではないか。気が合うではないか」
「否定はしねぇよ。だけどな、俺は冒険の終わりにはハッピーエンドのが好きなんだわ。だからお前のしたことは許さない」
「ほう、一体何を許さないというのだ?」
忘れているのか、それともしらばっくれているのか。奴はそういった態度のように見えた。何を許さないのかが検討ががついていない。そういったところが、人外の感性なのかと思いながらも、それに答える。
「傷ついた人がいる。あんたのせいでだ」
「それは何者も寄せ付けず眠り続ける者たちのことかの? あれに関しては我が原因というわけではないが、まぁそれもよかろう」
「それじゃねぇよ。こっちに来る前に奪ったものがあるだろう」
「あぁ、あれか。だがあれはあの者が差し出したものぞ?」
「なに?」
どういう意味だろうか。それを考えてると、フミカが裾を掴んで引っ張るのに気づく。不安なのだろうか。
「己と同じ血を分けた者が傷つくのが見たくないと、泣き叫んで差し出されたものであるとも。ゆえにそれは力有るものの義務。それを気まぐれ救ったまでよ」
「それはお前の理論だろうが」
「名前で呼んで欲しいのだがの。ユウの真実と、我の真実が異なることもおかしくはあるまい。視点は異なるのだから。とはいえ――なんて言おうとも、やることは変わらぬだろう? それとも戦いやすくて、完全無比に叩き潰せる悪逆なる魔王のがよかったのか?」
「それは――」
「娘御であればそう思っているであろうよ。その方が気持ちよく戦えるものだしの」
「口だけは回りますね。貴方の言うことが嘘ではないとは限らないでしょう」
「そこは好きにするといい、さて時間のようだの」
空間に罅が入る。黒く。いや光がないような罅だ。それが空間に広がる。
「最後のステージと行こうか。これで貴様が負けたら、我が軍門に降ってもらうぞ」
広がり尽くした闇は、やがて俺も、フミカも。そしてチェルノボルグをも飲み込んでいく。
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