世界を一つやろう
「世界一つとは気前がいいな」
「そんなのはお断りです!」
フミカがチェルノボルグの誘いを威勢よく断る。チェルノボルグは何が面白いのか、その頭蓋骨の顎をさすってこちらを見ていた。頭蓋骨だけだから表情なんてものは見えないが、愉快そうにしているのは分かる。しかし一度拮抗する力を見せられたのにこの余裕さはなんだろうか。というかよく見ると、前回の巨人のようなサイズとは違って、俺達と同じ人間サイズにやつはなっていた。
そういったことを考えている間に、フミカが先手必勝とばかりに魔法を唱えて放った。前回ヤツにあった時に有効だったものだ。その光がヤツを捉えて、飲み込む。光はそのまま女神像のところまで直進するが、女神像の前に差し当たると光は分解されていくように見えた。光が収まると、そこにはあいかわらず自らの頭蓋骨を、骨の手で顎をさすっている無傷のヤツがいた。
「そんな、なんで!」
――以前の我であれば、影の支配者だったゆえにその光は効いたであろう。だが今の我は既に影の支配者のみにあらず。この大地の支配者でもあるのだ。さて、抵抗は無駄であることが分かっただろう? もう一度問おう。我が軍門へ下れ。その力をもって、我が破壊と創生を手伝うがよい。世界を一つやろうではないか。
フミカが別の攻撃をしようとするのを、腕を彼女の目の前にあげて静止する。
「ユウさん、なんで」
「まぁ、フミカちょっと落ち着こう」
――そちらの男の方が利口そうではないか。他のモノがどうかは知らぬが、我は頭が高い程度では不遜とは思わぬ。矮小なモノたちのように恐れるモノは何もないゆえな。
フミカが不満そうな顔をする。目線で任せておけというようなのを念を送りつつ、渋々と俺の顔を立ててくれたのか一旦杖を収める。もう一度やつをみると、少しだけ変化があるのに気づく。先程ヤツの手は骸骨そのものだったが、いつの間にか人の手になっていた。爪が長く、紫のマニキュアを塗ったかのような色。色気を感じるその細く長い指は、女性のものと感じる。力を少しずつ吸収しているからか、やつの姿は人へと近づいているように感じた。
――そんなにジロジロと見るとは、さては我から目を離せぬか? よいよい、そのような反応は軍門となるものとしては良い資質だ。
こちらを勧誘する声も変わっていた。男とも、女ともとれる声から女の声へと変わっていた。
「ちょっと気になるんだが、何故わざわざ軍門に下れなんていうんだ。しかも世界を一つとは気前が良すぎないか?」
――我は貴様ら物界のモノとは違うゆえな。とはいえ、貴様らも異界渡りであれば自らの世界以外の形を捉えているだろう。どれ少しだけ自覚を強めてやろう。
そういうと祭壇だけを残して辺りが暗闇となる。そして今まで見ていた夢のように逆さの摩天楼と星空が広がっていた。
――異界渡りたちは、その目によって見え方が違うという。今我は貴様らに見えているのは数多にある世界だ。その形は知らぬがね。
「それで、これがどうしたっていうのだ」
――そう結論を急くではない。結論だけ伝えても、感情が先にきて理解を妨げるだろうよ。我のはじめの権能である影の支配というのは、そういった感情の理解にも長けておるでな。
そういう風に話しているうちに、やつの姿は頭蓋骨ではなくなっていた。真っ黒なだけの何もなかった胴体部分は黒い魔術師めいたフード付きの衣服へと変わり、ところどころのアクセントとして金の装飾が入っていた。そして衣服の間から見えるその肌は、篝火に照らされて褐色のように見えた。そしてフードを被るような変化をしていた頭部は、そのフードの口からは妖艶な女性の顔となっていた。
フミカに足を踏まれた。ジロジロと上から下まで見ていたからだろうか。
――おお、娘御よ。そう怒るではない。我がもっとも素晴らしく見るに値するものであるがゆえ、その男の目線は実に正しいものなのだよ。とはいえ感情というものはそれの理解を阻害するのだろう。ゆえに、話とは迂遠に伝えることが感情に生きる物界のモノにはちょうどよいのだ。
「そういう説教はいいですから、話を続けてください」
――娘御はせっかちだのう。それで、気前のいい話と思っておるかもだが貴様らだって友人に菓子の一粒をやるだろう。 世界一つは菓子袋に例えれば、袋の端にある細かい粒の一つ。それをやって、惜しむ理由はあるまい。それで軍門に降るのであれば安い買い物であるのが我が視点よ。とはいえ我の価値観と貴様らの価値観は違うであろう。我にとっては菓子袋の端の一粒であろうとも、汝らにとっては菓子袋の中身全部。で、あれば貴様らにとっては悪い話ではなかろう? 価値とは等価ではないが相手の求めるものを差し出すことで、相手にとっての価値の重みだけ引き出せるというものよ。
「それで、軍門に降るほどの価値をおいているって話はどこいったんだ」
――そうだの、我は数多の世界が欲しい。だがそれをどうこうしようというわけではなく、ただ欲しいのだ。その上で異界渡りの力は、世界の距離を縮める。空間を裂き、道を作る。それは我にとっては後付のものゆえ労力が伴う。だが貴様らにとっては簡単な作業であろう。つまるところ面倒を省きたいのだ。それと。
ヤツは癖なのか、自らの顎をさする。開いている手は、その顎を支える腕の肘を支えて胸を強調する形となっている。
――我を傷つけることはできないが、その力を無下にはできまい。貴様らにとっては不愉快かもしれんが、蚊が飛んでいたら鬱陶しいであろう? 潰すには手を汚すであるから嫌ではあるからの。適当に他に好きそうなものを与えて遠ざける。おかしくない判断ではあると思うが。
チェルノボルグにとっての俺達に対するスタンスはこれまでの説明でだいたい分かった。つまるところ、面倒なのだ。多少は配慮をしているが、それは強者と思うがゆえの余裕と傲慢。今も蚊とはいったが、別の言いようではなくそれを選んだのはヤツなりの配慮なのだろう。
「フミカはどう思う?」
「評価はいいですが、論外ですね」
「気が合うような。同じ意見だ」
――ほう、我が軍門に降らぬか。よかろう。まずは力の差を見せつけてやろう。その上で再度問うてやろう。
俺達は武器を構える。ヤツの背後から八つの骨で組まれた塊が浮かび上がる。それぞれの塊から魔法陣が回転して現れ、それはこちらへと向けられていた。
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