異界渡り
崩れた空間に飲み込まれる。まるで水中を沈んでいくような感覚。その感覚に身を任せているうちにある光景が目に入る。リンクスの弟が眠っている部屋だ。そこにはリンクスもおり、泣きじゃくってすがりついている。そのすがりつかれている弟は胸元に大きく穴が空き、血が流れ出ていた。
その光景は一瞬して消えて、俺は落ちていく。気がつくと右手に温かさを感じた。そちらを向けばフミカがいた。喋ろうと思って口を開こうとしても、声がでない。フミカも同じようで口をパクパクしていた。
身体に力を入れると落ちていくのが止まる。何もない空間で暗闇だけが広がり、フミカの姿しか見えなかった。暗闇の中をフミカと二人で泳いでとりあえず前の方へと進んでいく。しばらくすると、光の亀裂が現れる。その亀裂は少しずつ広がっていくように見えた。少しずつガラスが割れるかのように、甲高い音を立てながら。俺達はそこに飛び込んだ。
飛び込んだ先でまず真っ先に目に入ったのは自然が溢れている風景だ。俺達は崖の上に立っており、その自然を見下ろすことができた。
「ユウさん、ユウさん」
どうやらフミカは声を出せるようになったようで、話しかけてくる。
「後ろを見てもらってもいいですか。ここはアーディアルハイドのようです」
言われるがままに見ると、そこにあったのは件の整備された露天風呂だった。山岳地帯にあり、見下ろすと死に絶えた大地である砂漠が遠くに見えていたのだが今ではまったく違っていた。緑が生い茂っては、その中に様々な生き物の脈動を感じる。そして目を凝らせば、何やらシェードらしき存在もその木々の中に見え隠れしていた。
「神殿の方に行ってみるか」
「もしかしたら何か変わってるかもしれないですしね」
覚醒の神殿――いや、封印の神殿か。どちらでもいいが、確実に何かが変わっているうだろうとは思う。そう思いながら神殿へと向かうと様変わりしていた。
前は空気が澄んでいた、ただそこにいるだけで神々しさのある雰囲気があった場所だった。それが吐き気をするような重く、冷たい空気が蔓延していた。まとわりつくような、粘着質な悪意のようなものを感じる。
じゃりっと音が神殿内で小さく響く。何かが身じろぎしたかのような。その音の元を探すと、そこには倒れ伏した少女がいた。駆け寄って近寄ると見知った顔だ。
「おい、大丈夫か。ロード」
「うぅ……ユウお兄ちゃん」
セーブの姉だ。なぜ倒れているのか、それを確認するためにも抱きかかえて一旦外へでてストーク号の方へと向かう。露天風呂の休憩室よりは落ち着くだろうと思う。
フミカが手当をすると、ロードが意識を取り戻した。少し寝ぼけたような顔をしていたが、周りの状況に気がつくと目を見開いて起き上がろうとするのを静止する。
「少しは安静にしろ」
「でも、ユウお兄ちゃん!」
「落ち着け、何があったか言ってみろ」
「何か問題がありましたら、私達が解決しますから。任せてください」
ロードがいつもどおりのお役目を果たしていると、急に名前の有る怪物が神殿を襲ったらしい。以前仕留め損ねたはずのヤツが、強大になって戻ってきたために太刀打ちできずに逃げ出すのが精一杯だったらしい。
「チェルノボルグでしょうか」
「フミカお姉ちゃんが何で知ってるの?」
「ちょっとやりあってましたからね」
チェルノボルグはそのまま神殿の奥へと向かって、大きく鳴動して大地の封印が解かれたらしい。その結果として今の溢れだした自然とのことであった。
「チェルノボルグは神殿の最深部に向かったのだと思う」
「何故でしょうか。何か心当たりでもあるんですか?」
「神殿の最深部はここら一帯の大地の力の中心なの。だからその力を喰らってより強くなろうとしてる、のだと思う」
「一体何のためだろうな」
「ごめんなさい、ちょっと化物の目的までは分からない。ただ、止めるためには急いで行かないと」
立ち上がろうとするロードであったが、簡単にフミカに押されて寝台に転がる。それを何度か諦めるまで繰り返して、フミカが優しく言う。
「それじゃあ無理ですよ」
「うぅ……そしたら、どうしよう」
「何とかしますから、この船にいてください。空に飛ばしていれば多分ここで一番安全ですから」
「ユウお兄ちゃん、ちょっときて」
呼ばれたので近づくと、右手を突き出される。それをみると、視線をこちらの手にやる。どうやら右手を握れということらしい。やってほしいように右手を差し出すとロードが手を握ってくる。すると何やら手に温かい何かが流れ込む。少しだけロードが手を離すと俺達の手と手の間に槍が現れる。ロードが使っていた槍だ。
「ユウお兄ちゃんならそれを使いこなせるはず……絶対に返してね。女神様の槍」
最後に女神様の槍と言われるだけで、凄くこの武器に不安が出るがとりあえず受け取る。フミカをみると杖を取り出しており、船に防護の魔法をかけているようだ。
「フミカ、それが終わったら行くぞ」
「わかりました。もう少しだけ待ってくださいね」
二人で歩く。流石に緊張しているのだろうか、フミカは言葉数が少なかった。粘りつくような視線の中を歩くように神殿の中を歩いていく。道中にやつの落とし子はいないのか、静かなものだった。俺達の足音だけが響く。
「ユウさん、今足音が三つ聞こえませんでしたか?」
「怖いことを言うな、気の所為だろう」
再び歩きだして、一応は気に留めておく。人の気配は俺達二人だけ。だけどこの神殿の回廊を歩いていると、たまに横を歩いているフミカがブレて見える時があり、その時だけ足音が二重に聞こえた。どうやらフミカはそのことに気づいていないらしく発生源の分からない音に何度か反応していた。
前回であれば地下への階段の途中で試練の間に飲み込まれたが、今回は階段が延々と続いていた。降りれば降りるほどに、周囲は暗くなる。魔法的な暗闇なのか、フミカの出す魔法の明かりでは照らすことができず、俺達の姿だけが浮き上がるかのようにお互いが見えていた。
完全に周囲が暗くなり、足元の感覚がおぼつかなくなる頃に足元の階段がなくなったように思える。どうやら広い部屋にたどりついたようで。遠くに黒い頭蓋骨の輪郭が見えた。俺達が認識したのが先か、ヤツがこちらを認識したのが先か。それは分からなかったが、急に篝火が順番に灯されていき辺りが照らされる。
明るくなったその部屋は祭壇であった。祭壇の中央には女神の像があり、その前にヤツが立っていた。
――ほう、まさか貴様らをこのような場所で見るとは思わなかったぞ。ただの定命の物界のモノと思っていたが、まさか異界渡りだったとは。そうであれば話は別だ。貴様らに選択肢をやろう。
――我が軍門へ下れ。その力をもって、我が破壊と創生を手伝うがよい。世界を一つやろうではないか。
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