過去の支配者
白いトラとなったリンクスは真っ先に俺にとびかかり、のしかかる。地面へと叩きつけられた時に、彼女越しに見えた風景はいつの間にか真っ白な空間となっていた。こちらを食い殺そうと開いた口が頭を咥える前に思いっきり喉の奥へと向かって左腕を突っ込む。流石に精神性が極まっていなかったからか、反射的に口の中に拳を突っ込まれたら彼女は一度飛び退く。そして再度襲いかかろうとしたところに、フミカがバリアを張ったのでそこに留められる。だが2回、3回。繰り返し突撃するたびにバリアは甲高い音をたてながら、少しずつ罅が入ってくる。
「フミカ、これはどうするべきだと思う? 逢坂さんの友人のようだから、なるべく傷つけたくはないんだが」
「ユウさん、食べられそうになった割には余裕がありますね……」
「フミカとの冒険に比べればそこまでピンチというほどでも。フミカもいるし」
「そうでしたね、とりあえず……逢坂さんを無理やり起こしてきます」
「つまり時間稼ぎしろってことね。了解、いつもどおりだ」
フミカが白い空間を駆けていく。その行先を見ると、遠くに皆がいたのが見える。その後ろを向いている間に、パリンという音が聞こえる。振り向くと突き飛ばされていく。追撃と言わんばかりの踏みつけを転がって紙一重で避ける。耳元にドスンという音が響き、その威力に肝を冷やす。一度だけではすまず、2度、3度と両足を交互に踏みつけて頭を砕こうとする。すべてを転がって避けていくが、よほど口の中に腕を突っ込まれるのは怖いらしい。噛み付いてくる気配は大きな隙を見せない限りはなさそうだ。
「ユウ兄さんから離れてください、獣風情が!」
白い虎のリンクスは俺から大きく飛び退く。目の前に雷光を纏いながら未結が現れ、そのまま俺へと攻撃を続けていたのなら大打撃を与えていたのだろう。寝転がってる俺に対して左側にいる未結は俺に右腕を貸してくれて立ち上がる。
「フミカが寝てたとは言ってたが」
「寝てる暇なんてありません。ユウ兄さんの危機に私は必ず駆けつけなければならないのです」
「気合だな、おい」
その姿に苛立ったのか、リンクスは唸り声をあげる。
――なんで、あんた達は恵まれてるの!!
大きく飛び上がって、人の頭軽くもぎ取れるような爪を振り下ろしてくる。その爪の振り下ろしに対して、未結は雷を纏った右手で弾く。そのままリンクスは大きく吹き飛び、そこに雷が放たれる。
「殺れましたでしょうか」
「いや、殺っちゃだめでしょ」
雷によって白い虎の毛皮は焦げて黒く染まり、直撃をしたところは血がにじみ出ていた。そのにじみ出ていた血は巻き戻るように傷跡に戻り、焦げた毛は抜けて生え変わる。
「由城君! 遅れたわ!」
「逢坂さん!」
「翔子、もうそういう事は辞めなさい! 今は戦う時じゃないのよ!」
――うるさい、ウルサイ五月蠅い煩い!!
逢坂さんからの言葉に苛立ったかのように、咆哮する。その咆哮はまるで空気の衝撃波となって逢坂さんを襲い、吹き飛ばす。吹き飛んだ先で、寝転がっていた吉乃が急に飛び上がって逢坂さんを受け止めた。
逢坂さんは吹き飛ばされようとも、声をかけ続けようとしてする。言葉を聞くたびに白い大きなトラであったリンクスは、その毛の色を変えていく。白から炎のように真っ赤に燃える赤色に。彼女が真っ赤なトラへと変わると、その足元から炎が吹き上がる。どうやら怒り心頭のようだ。
その怒り心頭の彼女に、未結が隙有りと言わんばかりに雷を投げつける。しかし雷が当たろうとした場所はまるで爆発をしたかのように大きな炎が吹き出す。
「この程度の出力だと、確かに有効的ですね」
「未結、通じないなら下がれ」
「分かりましたが、ユウ兄さんは無茶だけは――」
炎の噴射を勢いにして未結に襲いかかろうとしている。そう思った俺は咄嗟に未結を突き飛ばす。次に来るのは左腕に大きく感じる熱。反射的に左腕を見ると、赤い虎に手を噛まれていた。その口からは炎が少し見え隠れしながらも、噛み砕こうと力を入れるのが分かる。
「ユウ兄さん!」
こんなところでやられる兄の姿を見せてはやれない。
振り払うように大きく腕を振るう。力が漲った左腕はそのまま赤い虎のリンクスを持ち上げて、投げ飛ばす。響く雷鳴。赤い虎は炎となって飛び散るが、その炎が集い元の赤い虎の姿へと戻る。左腕を見れば未結の右腕と同じように雷を纏っていた。
雷の力のおかげか、手に取るように周りの様子が把握できる。そして雷の力では見えない細い糸がリンクスから天に向って伸びているのが目で見える。あの糸を切るのが正解かどうか悩む。
赤い虎のリンクスはまた姿を変えていく。今度は雷光を帯びた黄金色の毛並みとなった。黄金の虎は、逢坂さんを襲おうとする。それを阻止するために俺と未結が先回りし、左からは俺が、右からは未結がその振り下ろす爪を弾く。
「翔子、もう無駄よ。それ以上は貴方が」
――私は死んででも、弟を……
そういう彼女は突然ある方向を向いて静止する。その先を見れば、彼女の弟が肩を遙ちゃんと文乃さんに支えられて歩いてくる様子だった。
「姉さん、もう止めてよ。こんな悪夢はもう嫌だよ」
「義和……」
「そんなに、姉さんが苦しむなら、僕は死んででも」
「だめ、ダメよそんな事!」
いつの間にか、虎の姿は消えて、元の人の姿となっていた。
そして、彼は何かに気づいたのか突然に文乃さんと遙ちゃんを俺達の方向に突き飛ばす。
――ズブリ、と彼の胸から黒いものが突き出てくる。その黒いものが蠢く内臓を握りしめており、それを喰らうように握りつぶす。悲鳴が木霊する。
あの声が響く。男とも、女ともとれる声。尊大な態度。チェルノボルグだ。
――素晴らしい。素晴らしいぞ。我はついにこの力を手に入れた! もうここには用は無い。
そして気配が消える。彼の胸から突き出ていた黒いものは霧のように消えていく。
周りの空間が揺らいでいく。悪夢からの目覚めだ。
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