影の支配者

 どういう原理かは分からないが、吉乃の炎を利用してバスが空を駆ける。窓から見える下の方にはぎゅうぎゅう詰めの雑兵達。空から降り注ぐ分で勝手に押し潰れて消滅していくやつがいるのも見える。弓を持つシェードが一斉に矢を放つも、バスに当たる直前にすべてが逸れて、地面と落下しいくつもの雑兵が一斉に消滅していく。どうやら、飛び道具に対する防御呪文をセーブが張っていたようだ。雑兵たちには考える頭がないのか、懲りずに矢を撃っては数を自分たちで減らしていた。

「フェイズ1のシェードですと、ルーチンでしか行動しませんしね。フェイズ2になると急に自我が芽生えるのか多少は動揺するんですけど」

 そう吉乃は話す。それと同時に周囲の風景の黒に異変がおきる。それは一箇所へと進行方向正面に向かって集まり始める。それと同時にバスが何かに掴まれたように空中に留まる。黒が集まると、それは巨人のような形へと変わる。頭部は黒い骸骨のようであり、目のあるであろう部分に赤い光が灯っている。


――我が落とし子をそのような、味のない段階で呼ばれると悲しいものがある。

 直接脳内に響くかのように、男とも女ともとれる声が響く。耳をふさいでもその声は止まることはない。

――我が落とし子に対してシェードと名付けたことに関しては誠、慧眼とはいえよう。我が影を落としたものであるのだから。我が名はチェルノボルグ。偉大なる影の支配者なり。

 骸骨が覗き込むようにこちらのバスに顔を近づける。いや、このバスの方がやつの顔に近づいているようだった。逢坂さんが少ししかめっ面を浮かべて手元にあるボタンを一つ押すと、後方にあった箱の一つが屋根へとあがると共に箱からミサイルが射出されて頭蓋骨を爆破する。

――無駄よ。物界のモノでは我に傷をつけることはできぬ。それどころか負の意が乗るような攻撃であれば、全ては我が力を増大させるだけだとも。頭を垂れよ。

 フミカから助手席から立ち上がって、俺の方へと歩いてくる。バスが空中に留められているために、他の子たちもやることがないからか近くに集まる。フミカが杖を出すと、文乃さんが合わせて杖をだす。どうやらサポートしてフミカに魔法を使わせるらしい。

――ほう、一体何をするつもりか。どのようなことをしても我には……


「ほな、文香やったれ」

「お任せください。光よ、光よ。祓いたまへ。冥府よりいでしものには、冥府へと。天よりいでしものには、天へと。かく有りき、あるべき場所へと」

 フミカが唱えると、杖の先から眩い閃光が放たれ前方へと放たれる。バスの横幅ほどの直径がある光がチェルノボルグの頭蓋へと突き進み、ヤツを少しずつ後退させていく。その光は断続的に放たれて止まる気配がない。

――ぬぅぅ、それは!? あの贄を守るものと同じ力を感じる。貴様らぁ!

 バスが大きく揺れはじめる。どうやら空中に留めていたのはヤツの力によるもののようであった。吉乃が再度能力を使って、バスに推力を与える。

――小癪な……いいだろう。そんなに離れたくば、我より最も離れたところへ送ろう……!

 そう声が響くや否や、バスが上を向く。それと同時にフミカの杖から出ていた光もやつから逸れてしまう。皆後方にすべりおちないように近くにあるものに捕まるが、フミカだけは魔法を唱えていたために、そのまま俺へと向かって落ちてくる。手を伸ばして、その手を掴んで抱きかかえる。

「ありがとうございます、ユウさん」

「しっかり捕まっていろよ」

 そしてバスは大きく投げ飛ばされた。ヤツから遠ざかるように、大きく飛ばされるとまるで急に水中に入るような抵抗と共に一瞬バスが空中で止まった。目の前が七色に染まる――




 次に気がつくと、鉄の匂いが充満する瓦礫がそこらに散らばっている場所に俺はいた。家具か何かの残骸なのか、その辺には赤い色の液体が撒き散らされていた。その正体に吐き気を感じつつも、他の連中を探す。あたりを見渡すと、山奥の村なのだろうか。森や田んぼがあるのが見えた。しかし人が住んでいたであろう家々は何か巨大な重機に順番に潰されたかのように、瓦礫となっていた。

 悲鳴が聞こえる。その悲鳴の方へと向かうと見覚えのあるシェードの雑兵が何体もいた。見えた光景は、シェードが武器をふるい女の子を吹き飛ばすところであった。吹き飛んだ女の子を受け止めると、シェードは行く手の邪魔がなくなったからか奥にいた男の子へと刃を振り下ろす。嫌な肉が裂ける音が聞こえる。

 受け止めた女の子が、その光景をみて叫ぶ。その顔を見れば、あの情報屋リンクスと同じ顔であった。次の瞬間には女の子が消えて、目の前の景色が変わる。

 それは温かい家族の団らん風景だった。休みの日の夕方に、家族揃ってテレビを見ながら食事をしていた。リンクスと、その弟に親二人。家の外からは悲鳴が聞こえるや否や、家の壁が根こそぎ吹き飛ばされて、団らんが打ち壊される。リビングのテーブルは瓦礫によって粉々になり、親もまた瓦礫の下敷きとなっていた。きっと助からないのだろう。そして壁から入ってくるシェード。弟を連れて逃げ出すリンクスはすぐに追いつかれて、邪魔だと言わんばかりに吹き飛ばされる。今度は俺の目の前で振り下ろされる刃が弟君の心臓を貫く。

 また巻き戻される。家族の団らん。悲鳴。

「もういい。何度もそんな夢を繰り返さなくていいだろうよ」

 なるほど、チェルノボルグにとって最も遠い場所だろう。これは春眠症候群で守られた彼の夢の中だ。ここから抜け出すには、夢を壊すしかなく。そうすれば今度こそチェルノボルグは彼の肉体を喰らおうとするのだろう。


「それでも、悪夢は繰り返させない方がいいでしょうし」

 急に俺の影から、生えるようにフミカが少しずつ出てくる。

「フミカか。他の連中は?」

「こちら側に適正がある文乃さんとセーブさん以外は眠っているようです。他の子たちを守ってもらっています」

「それは重畳、それじゃあ止めるか」

「――そうはさせないわ……」

 壁の向こうから声が響いた、またもや壁が吹き飛ばされる。またリビングの惨状が引き起こされる。壁の穴を見てみれば、そこにいたのはシェードではなく、リンクスだった。

「あの御方に聞いたの。貴方達が私の弟を目覚めさせようとしてるって! そんなことをさせないわ。それをするならば」


――あなた達を殺すわ。

 甲高い女の哄笑が響き、目の前のリンクスが姿を変じる。それは白い毛並みに、口周りが紅く血化粧に染まった巨大な肉食獣。不気味なほどに白いトラのようだった。

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