Break.

決戦前夜

 俺と目があったからか、目の前に指が迫る。咄嗟に右手で掴んで止める。それはピンクの光を瞳に宿した遙ちゃんの手で、止めるのは大した力はいらなかった。

「何してるんだ、女神様よ」

「分かっているのなら早いじゃないですか、ユウキユウ。私の加護を受ければいいのです」

 そういう遙ちゃんに宿った女神アニマは目潰しを完遂しようとするのか、手に力を入れている。だが身体の方、遙ちゃんの筋肉だと無理なようで掴んだ俺の手から逃れることはできなかった。

「ぬぐぐぐ……その手を離してください」

「目潰ししようとしてるのを分かっていて手を離すヤツはいないと思うんだが」

 そうやって格闘するほど10分。遙ちゃんに宿ったアニマは疲れたのか息を荒くしていた。そういえばこんな様子見るやついたらどう思われるんだろうなーって思いながら手を掴んだまま瞼を閉じる。

「ちょっと、待ってください。寝ないでください。もう何もしないので、話だけでも聞いてください」

「仕方ないな」

「オホン」

 手を離す。アニマは咳払いをして誤魔化そうとしているようだった。それはそれとして覆いかぶさっていた状態から退くつもりはないようだ。


「さて、ユウキユウ。貴様は無謀な戦いに挑もうとしています。最初にシェードと戦ったときと同じように私の力を受け入れるのです」

「あーはいはい」

「いいですか、チェルノボルグは貴様達のような現し世うつしよのものでは戦えないのです。名前を得て概念存在として昇華したそれは信仰心と打ち克つための概念が必要なのです」

「それなら自分でやればいいんじゃないか」

「元はといえば、貴様が原因ですよ!? 貴様のせいでこの娘の身体の中に閉じ込められているのだから」

 そんな覚えが……なきしにもあらずだが。まさか糸を切ったことが原因でそうなるとは予想はつかなかった。

「てっきり、影響が切れただけかと」

「本当にそのまま手放したらこの娘が魂の力を垂れ流しにして死んでますよ。ついでに魂の外観がこの娘は氷なものだから、周辺に氷を生み出して周辺被害が凄いことになりますから。決して、うかつに、手を出してはいけませんよ」

「……ん? そしたら今も続いている春眠症候群患者は……?」

「自律的な概念式で動いていますね。私は力を与える権能の部分ですので」

「ピンクのヒマワリ……」

「この娘の中から見ていましたが、チェルノボルグの差金では?」

「うーん」

 この自称女神様がどこまで本当のことを言ってるかは分からなかった。


「どちらにせよ、貴様に今必要なのは私の加護です」

「いや、それはもういいから。クーリングオフ効くなら考えるが」

「くぅりんぐおふなるものが何かは分かりませんが、良からぬことだけは分かりました。いいでしょう。これを聞けば貴様も私の加護を受けるつもりになるでしょう」

「聞くだけ聞くよ。眠くなったら寝るが」

「寝ないでください」

「今何時だと思ってるんだ」

 傍にあったスマホを掴んで時間を確認する。03:34。

「深夜じゃねぇか」

「何か?」

「何かじゃ、いやもういいや」

「では話しますね。この娘の記憶が思い出せないというのは、私という存在が魂を圧迫してるからです」

「ほう、それで?」

「とはいえ私がただ単に離れるだけであれば、この娘の器は貴様のせいで少し穴が空いています。なので早いうちに死ぬでしょう。しかし、貴様が私の加護を受け入れれば貴様が近くにいれば私がこの娘にも加護を与えて死なないようにできるのです。どうでしょうか」

「持ち帰って検討させていただきますので、本日はお引取りください」

「まぁいいでしょう。必要になれば私の名を呼んでください。そうすれば加護を与えましょう」

 アニマがそうとだけ言うと、瞳からピンクの輝きが消える。そして覆いかぶさっていた遙ちゃんの身体から力が抜けて、重みがかぶさってくる。とても重いなんていうわけでもないが、寝るのには少し重いしこのままにしておくのも勘違いされそうなものである。


「お兄さんのえっち」

 遙ちゃんの身体を持ち上げようと脇の下に手を入れて持ち上げようとすると、不意に開いた目とあう。その瞳には輝きがなく、いつもどおりの色をしていたが、頬は紅く染まっていた。

「いや、そういうのじゃないから」

「寝てる間に引っ張り込むなんて、よよよよ」

「あまりふざけてると怒るぞ」

 そのまま遙ちゃんを持ち上げて俺の上から退かして横に転がす。対して抵抗をする様子はみられず、打ち上げられた昆布のように力を抜いてだらんとしていた。

「お兄さんは私が死んだら悲しい?」

「何だ、急に」

「私は皆が死ぬほうが悲しい。お兄さんが受け入れない上で、皆にピンチがあるなら女神様にお願いするよ」

「子供が考えなくてもいいことまで心配するんじゃない」

「本当に大丈夫なの?」

「細かいことは俺たちに任せておけばいいんだよ」

 起き上がってそう言うと、遙ちゃんの反応がなくなる。じーっとこちらの顔を見ていたと思うと、勝手に布団に潜り込んでくる。

「おい、皆の所に戻って自分の布団で寝ろよ」

「お兄さん。私が記憶がなくなったら、この私は消えるんだよ」

「一体何を」

「その間の記憶がその後の私の残るのかは知らないけど。今の私にとっては、今の時間しかない。だから一緒に寝ちゃだめ?」

 その質問への返答をするに俺はすることができなかった。




 コケコッコーという音と共に目覚める。地下で鶏でも飼っているのだろうか。妙に身体が重くて布団の中が暑いなと思って布団の中を覗く。いつの間にか遙ちゃんだけではなく、未結とアリスちゃんが布団の中にいて俺の身体に抱きついていた。

「おはようございまーす!! ユウさん。遙ちゃんとか未結ちゃんとかアリスちゃん見ませんでしたかー、起きた時にいなく……て」

 勢いよく襖を開けて挨拶に来た吉乃が、こちらの様子を見て固まった。

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