異界日和
その後なんだかんだと言いくるめながら、朝の支度を皆で終わらせる。逢坂さんに武装を積んでいるという車を持ってきてもらうのを駐車場で待つ。その間にどうやってどこに行くか、その話をフミカがしはじめた。
「さて、まず私達が向かうのはいくつかの異界になります」
「異界」
「いわゆる怪異や超常現象が潜む空間ですね。物理的に違う層に存在していて空間的つながりが実体世界とは違うらしいので、そこを利用してシェードを操るチェルノボルグの下へと向かうことになります。そのため経由する異界を縄張りにしてるようなものに対しての防衛・迎撃で体力を使うことになるでしょう」
「なんや。ちなみに襲ってくるようなのってどんなのがおるん?」
文乃さんが質問をすると、説明をしたいのか吉乃が大きく手をあげて自己主張をはじめる。あまりにも激しい自己主張だが、許可されない限りは声をあげないようだ。
「あー。吉乃ちゃん、教えてくれへん?」
「お任せください! いくつかの異界がありますが、いわゆる長く行きた動物が妖怪と化したようなのが殆どになります! それ以外にも縄張りを持ってる怪異や超常現象はありますが、理由なく人間と正面から争うようなのは少ないですね。でなければ縄張りを持てないらしいです! と逢坂博士が言ってました!」
「妖怪化した動物って例えばどんな?」
それを聞いた途端に、吉乃が急に静かになる。何でも、自分の能力の関係上なかなか動物系の怪異は怖がって近寄ってくることはあまりないらしい。それでも近寄ってくるのは猿とイノシシなんだとか。
「そういった怪異に対してですが……」
「ユウ兄さんを攻撃したやつはすべて駆逐でいいですよね?」
「みゆちゃんかげきー」
「よほどのことが無い限りは追い払う程度でお願いしますね」
未結の謎の俺の敵は末代まで殺すノリが本当になぜかは分からない。それはそれとして下手に潰しすぎて、そういった界隈のパワーバランスを崩すのもなんかあれなのだろう。言い換えればパワーバランスを崩せる程度の自信を持ってるというのを無意識に感じているのだろうかと思いながら、深入りして怪我しないかが心配になる。
「そして大事なことですが、防衛パーティと侵入パーティを組みますよ。全員で追い払うことに集中しすぎて最後体力がないと困りますので」
「アリスはおるすばんがいいなーって」
そういうアリスちゃんに、未結が足をつねる。未結は敵前逃亡を許さないらしい。「異界でなら免許はいらないだろうので、能力で車を運転しなさい。付随してる武装タレットがたくさんあるみたいだからそれで援護」
「はぁーい」
「時崎が本当に嫌なら別に残ってもらってもいいのですが」
「みゆちゃんが行くならアリスも行くのさ―」
「それならいいですが」
そんな話し合いをしているうちに、車のエンジン音が聞こえてくる。見るとマイクロバスが駐車場へと入り込み、俺達の目の前に停まる。逢坂さんの車のようだ。ちょっと個人が持つには、というような風体に見えるが気にしたら負けなのだろう。
乗り込むとその異質さに気づく。外側からだと普通のマイクロバスのようだったが助手席以外は普通ではなかった。座席は電車のように窓際にしかなく、その座席もマイクロバスの中央部分にあたる範囲にしかない。後方には何やら色々な四角い箱が設置されていた。内装はまるで飛行機に乗ったときに見るような窓と壁面になる。逢坂さんがいうには、防弾耐爆仕様だそうだ。一体何と戦うつもりなんだ。
助手席部分にはフミカが座り、逢坂さんが運転手だ。吉乃が真っ先に詰めて座っているので、その隣に座ると反対側に未結が座る。そしてアリスちゃんと遙ちゃんと続いてマイクロバス左側の5人がけが埋まる。それを苦笑いしながら正面に文乃さんが座る。その隣にセーブちゃんが座り、文乃さんがシートベルトをつけてあげていた。どうやらシートベルトは一応あるようだ。
『あー、テステス、聞こえてるー?』
車内アナウンスで逢坂さんの声がする。逢坂さんの方を見ると首元に咽頭マイクをつけており、それを通してアナウンスしてるようだ。スイッチ切り替えできるのか、アナウンスではなく生声で皆に声をかける。
「はい、じゃあちゃんとシートベルトするのよ。異界に入るまでは法律を守らないといけないからね!」
そういうと、皆威勢よく返事をする。ちゃんと皆素直にシートベルトをつける。
「それじゃあ、出発するから暴れないようにね」
「はい、逢坂博士!」
鷹司宅を出て10分ほど。近くにあるトンネルにたどりつく。トンネルや地下への入り口、あるいは山道。それらしいところを通ることで異界へと侵入するためのゲートにするらしい。そういう吉乃の解説を聞きながらバスがトンネルに入り、通り抜けると窓の外の風景は街中の風景ではなくなっていた。
昔ながらの田園風景のような、平地で田んぼが遠くまで続いている。そして周りをみれば田んぼの向こう側には森があり、茂みが動いていることをみると何かいそうである。
「異界といっても、意外と普通なんだな」
「そういった普通に見える異界とかはありますよ。迷い家みたいなのであれば本当普通ですが、地獄のようなところもありますよ」
吉乃がそう言うとほぼ同時に景色が変わる。田んぼのあぜ道を通っていただけのはずなのだが、急に茶色い平原が広がる。空の色は茶色く、空気もどこか重々しい。ぽつんとバスと同じぐらいの茶色い物体が平原の中にいくつかあるのに気づく。
「ユウさんあれを見てみてください! 魔猪ですよ、魔猪!」
「すいません、枯野さん。魔猪とはなんですか」
いつの間にかシートベルトを外して立ち上がっていた未結がそう聞く。見ると俺以外は既に立ち上がっており、思い思いの場所に立っていた。
「魔性を宿したイノシシですね。つまり妖怪イノシシです。結構美味しいですよ」
「美味しい?」
「はい、美味しいです」
微妙に未結がドン引きしているのが見える。アリスちゃんは逆に味が気になるのか興味津々で魔猪を見ていた。魔猪とやらを見ていると身じろぎをした。立ち上がってこちらに振り向くのが見える。とてもご立派な牙をお持ちですね。よくよく見ると魔猪は俺達の乗るバスではなく、その後方を見ているように見えた。気になって後ろを見ようとすると、突然にバスが大きく揺れる。そして目の前の窓から、そのままではバスの進路であっただろう場所に爆発がおきる。
「後ろからよく分からない連中から襲撃よ! 心構えだけはしておいて!」
そう言われて、今度こそ後ろを振り向く。そこに追いかけてくるのは黒塗りのワゴン。窓から飛び出す影が持っているのはロケットランチャーで、発射された弾頭がこちらへと飛んでくる。
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