嵐を起こす前に

 ――勇者よ。私の声を聞くのです。


 神々しい後光が差すピンク髪の女神の姿が見えた。その顔は逆光でよく見えない。


 ――今、世界には名のある魔王の魔の手が迫っています。それは現世の人々の手では解決することができません。かの魔王の落とし子は現世ではシェードと呼ばれています。既に何度か戦っているのを存じております。


 突然に様々な場面が映し出される。シェードによるリンクスの弟の襲撃の際に引き起こされた惨劇。突然現れたことで引き起きた事故。先程の虚数省への襲撃とその負傷者それぞれの場面。


 ――かの魔王の名は、チェルノボルグ。現世においてのとある国の黒い神の名を肖ったそれは、闇と不幸の権能を持ち合わせています。かの者を打ち倒すには……


「うるさい。んなことは分かってる。それはこっちのやりたいことであって、お前の出る幕じゃねぇ。働いてないで、お前は食っちゃ寝でもしてろ」


 ――ですが。私の力がなければ。


「二度も言わせないでくれ。うちの姫様が冒険したいっていう過程で魔王とやらもとっちめると言うんだ。何でもかんでも自分の力が無ければ、人がうまくいかないと思ってるんじゃねぇよ。女神アニマ・アルキュミア」

 そう言うと、息を呑む声が聞こえた。




「ユウさん、ユウさん。到着しましたよ」

「あ、フミカか」

 腕に柔らかい感覚があり揺すられて目覚める。車内の後部座席で座ってた俺を起こした柔らかい手は、フミカのものだった。

「えぇ、ぐっすりと。寝言のようなことを呟いていたような気がしたのですが、聞き取れませんでしたね。何か夢でも見ていたのですか?」

「あぁ、ちょっとピンク色のお節介がな」

「ピンク?」

「まぁ、後で話すよ」

 鷹司亭に戻ってきた俺たちは、また地下の屋敷へと向かう。文藻さんは恭司さんの世話があるということで別れてからだったので、三人で地下へと向かう広いエレベーターに乗って降りていく。留守番組のいるであろう客間まで来ると、何やら家庭用ゲーム機でパーティーゲームをしていた未結たちがいたので、仲が良さそうなのでとりあえず放っておくことにした。端で監督しながら本を読んでいた文乃さんに手招きをして、別室でとりあえずの情報共有を行う。


「はー、お役所で襲撃なんて、大変やったな」

「いえいえ、色々な能力者の方々が迎撃してくださってたようなので何も苦労はしてませんよ。観察もできましたし」

「白鷺さんって凄いこと言うのをみると、流石由城君の知り合いなだけあるわね」

「ちょっとその言い方には物申したいんですけど」

 遺憾の意を表するも、フミカが何故か誇らしそうにしてたのでそのまま流す。

「それで、何するん?」

「電撃作戦です。シェードとやらの大本を断った上で、春眠症候群の患者への接触ですね」

「その涼子はんのお知り合いの弟はんに会うのも、かなり拒否されてそうだけど本当に大丈夫なん?」

「勢いで」

「勢いで」

 フミカのその勢いでっていう言葉に、文乃さんはオウム返しのようにリピートする。フミカの普段のイメージであればわりと熟慮熟考の上行動というものがあるが、こういった状況が見えない時のフミカは本当に大胆なのだ。行動しなければ結果はでないという状況ですぐ動くというのは、夢の中でとても苦労させられた。


「あぁ、そうだそうだ。シェードとやらを送り込んでる魔王とやらは、チェルノボルグとかいう名前だそうだ」

「そうなんですか? どうやってそういうことを知ったんですか?」

「さっき寝てる間のお告げがな」

「ピンク色のヒマワリさんですか」

「まぁ、そいつだな。世界に危機が迫ってるんだーって」

 そういったことを伝えると、フミカが羨ましそうな顔を向けてくる。確かに世界に危機が迫っているんだっていう女神のお告げはファンタジーのお約束だ。フミカが憧れるのはしょうがないだろう。裏事情を考えるとなんともだけど。

「名前が分かると言いやすくて助かりますね。チェルノボルグの居所については実は虚数省を襲撃したシェードの出現と消滅から分析は済んでます」

「なにそれ怖い」

 逢坂さんがそういう。普通に考えればそんなことで分析ができるなんて思わないだろう。俺だってそう思う。文乃さんは、夢の世界に引きずり込んでから日が浅いのでフミカのドン引き行為がドン引きであることに気づいてないようだ。

「とりあえず撤退手段を確保した上での、全員で全力で一当てしてみましょう。倒せたらラッキー程度で、深追いしない程度に」

「倒せそうなんか?」

「名前が分かれば、対処方法はいくらでも」

 大雑把に逢坂さんのトラックに乗って突撃することが決まり、その日は解散で各自自由ということになった。俺は紫苑さんに頼んで一人部屋を用意してもらう。屋敷の中で一番小さい部屋という六畳間を借りた。流石に連日女子と一緒に川の字になるのはちょっとっていうやつである。たまには落ち着いて寝たいからというのもあった。


 雑にゲームしてる子たちのところで野次をとばしたり、一緒にゲームをしたりして、皆で紫苑さんの食事の用意を手伝って、風呂に入り(結局またもや監督で皆と入った)、枕投げを監督して。

 皆が寝る頃には借りた六畳間へと引っ込む。布団へとさっさと入って俺は寝た。遠くから女子の話す声が廊下越しに聞こえてきたりするが気にせずにしていた。




 完全に皆が寝静まって、しばらくたって。ガサゴソという音が聞こえて、誰かが上にでる気配を感じる。目を開くと、遙ちゃんが俺の顔を覗き込むよう覆いかぶさっていた。その瞳がいつもと違うのが暗闇の中浮かび上がるので分かる。ピンク色の明かりが灯っているかのようであった。

 

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