シェードの襲撃、そして

 大シェードによってくり抜かれた壁。そこから風が強く吹き込む。風は粉塵を巻き上げて視界を悪くするが、大シェードのそばだけはまるで避けるかのようによく見えていた。ヤツはその巨体からか、くり抜いた穴に入れないためなのか。まるで狭い場所に腕を入れて物をとろうとする人間のように命を刈り取ることがたやすい腕を差し込んでくる。避けた俺の目の前を掠めて通るそれは、皆の死角になるような位置にいた文藻さんへと向かう。

 崩れた態勢から拳を握り込んで、やつにすぐ伸ばせる左腕を伸ばす。そう思った瞬間には拳は既に振り抜いていて、ヤツの腕が大きく折れて落ちる。ふと文藻さんを見るといつのまにか場所を変えたようだ。文乃さん声をかけて部屋からの避難を一緒にしていた。

 折れたことに対する痛みなのか、怒りなのか空気を震わすような唸り声が響く。折れた腕を振り回そうとするのが見えたので伏せて避けると、その先にいた情報屋の女性リンクスに直撃した。しかしリンクスはまるでそこにいなかったかのように消え失せて、人の形をした小さな紙が空を舞う。

「あいつ、最初から身代わりで来てたのね。準備がいいこと」

 ガラリと瓦礫が持ち上がる音がする。瓦礫の下から逢坂さんとフミカが見えた。

 フミカが逢坂さんの持ち上げた瓦礫に触れたかと思えば、それは勢いよくヤツに飛んでいく。さしもの化物とはいえ、コンクリートの塊をぶつけられたらひとたまりもないだろう。当たればだが。コンクリートの塊はヤツをすり抜けて階下へと落ちていく。その時に何やら怒号が響いたがきっとお役所に詰めてたのだし大丈夫だろう。


「ユウさん、無事ですか?」

「あぁ、大丈夫だがどうする? 何やら狙ってきてるようだけど」

「実は来るまでこちらに向かってる時からあれ、着いてきていたような気がします」

「あぁ、道理で何か後ろを気にしてると思ったら」

「あ、ユウさん見てたんですね」

 腕を引き抜いたやつは、今度は反対の無事な手を入れてくる。今度はしっかりと狙い定めてか、俺達のいる方向へだ。フミカが正面に手をかざすと、アーディアルハイドで手に入れた杖が現れてその一撃を障壁で防ぐ。

 後ろから音が聞こえるので反射的に振り返って左腕を盾にフミカを狙う攻撃を防ぐ。断ち切られたはずの腕がひとりでに浮き上がってこちらを襲ってきていた。左腕を盾にしていたが、まったく衝撃も痛みも感じることがなかった。フミカが既に強化魔法をかけていたようで、こちらに軽く視線を向けてアイコンタクトをした。

 こうなってしまえば後は何時も通りやるだけだ。逃げようとするその腕を捕まえてヤツに向けて投げる。ヤツは身じろぎをしようとしたが、今差し込んでいる腕が何重にも床から生えた鎖に押さえつけられているために避けることができない。投げた腕は途中で浮かび上がった魔法陣に当たって、加速をする。二重、三重に加速されたそれは一瞬にして距離を縮め、ヤツの頭へと深く突き刺さった。

「ナイスよ、後はこの霊力弾頭ロケットランチャーでも喰らいなさい!」

 逢坂さんがいつの間にか、ドアのそばにいて武器を構えていた。そう言って一瞬の爆音と共に横を掠めていった弾頭はヤツに直撃し、その推力でヤツは押し出される。そして物理的ではない、オーラの爆発がヤツを階下へと叩き落とした。





 その後、数の暴力か都心という立地なのか援軍が到着してあっさりと襲撃者たちを退けていった。その間に俺たちは別の階にいた。情報屋リンクスが再指定した場所だった。そこは病室のようで、奥にカーテンをかけられたベッドがあるのが見える。そしてベッドのカーテンの隙間から糸のようにうすぼんやりとしたオーラが伸びて窓の外へと向かっていた。

「さて、逢坂さんが求めていた情報の一つはここにあります。虚数省で保護した春眠症候群の患者ですよ。彼女が発見されたのは、シェードが初めて発見された場所です。当時の記録では、シェード達が彼女に攻撃をし続けていたようで、途中からは運ぶことにシフトしたようです」

 そういってリンクスがカーテンを開くと、そこには眠っているのは高校生ぐらいの子であった。中性的な顔で、男子なのか女子なのかはぱっと見ただけでは分からなかった。

「彼は希少な能力持ちでして。いわゆる超霊媒体質というべきでしょうか。超常現象にとって望ましい体質をしているようです。彼の血を一滴飲んだ怪異がいれば、たちまち力を持ち、彼の肉を喰えば神の如き力を得たといいます」

「リンクス――いや、翔子。その子は貴方の弟君じゃない」

「涼子ちゃん、こういう情報屋の時は最後まで付き合ってくれないのかしら、ちょっと馬鹿らしくなるじゃない」

「あんたの家族のことは、私にとっては他人の話じゃないのよ」

 そういって、彼女は再度情報屋について紹介してくれる。荻野翔子おぎのしょうこは逢坂さんの幼馴染らい。彼女が超能力に目覚めたきっかけがその弟さんであるあおい君だという。


「私にとっては、この状況はむしろ望ましいのよ。だから絶対にそこの彼を近づかせないで」

「ひどい警戒されてるけど、俺何か貴方にしましたっけ?」

「こういった症状の別の子を起こしたからよ。このままであれば、葵は傷つかないし利用も絶対されない」

「翔子、目を覚ましなさいよ。虚数省でも懸賞金が出ていて、金持ち共が皆興味を持ってるわよ。絶対に利用されないなんてできるわけないわ」

「利用は絶対に不可能よ。素晴らしきお方が守ってくれてるもの。それに約束してくれたの、葵の力をすべて奪い取ってくれるって。それまでは私はここで葵を守るの」

 その目は狂気に染まっているように見えた。フミカと顔を合わせて退席をする。この場は幼馴染だっていう逢坂さんに任せるべきなのだろう。


「ユウさん、一つ調べることが増えましたね」

「春眠症候群自体が悪いことじゃないっていう人がいるっていうのは参ったな」

 逢坂さんから鍵を受け取った俺たちは先に車に座っていた。地下駐車場では襲撃に対応するための人員がひっきりなしに出入りしている人が多く、こちらを気にする人がいなさそうだ。

「あら、二人は内緒話かしら? 私は聞かない方がいい?」

「お気になさらず。既にある程度事情を逢坂さんが話しているとは聞いているので、むしろ私達にない視点をいただけると」

「あらあら、私程度で何か役に立てるかしらね」

 そういう彼女の笑顔は、頼られて嬉しそうな顔をしているように感じた。面倒くさい人だなこの人と思いながら、話を続ける。


「シェードって何でしょうね」

「少なくともなんか超常現象というか、怪異だな」

「そちらを解決しない限りはあの方は春眠症候群を治すことに対して反対というか、むしろ私達を近づけさせないでしょうめ」

「だろうな」

「なので、あのシェードとやらをどうにかしましょう!」

「簡単に言うけど、文香ちゃんには何か案があるのかしら?」

 助手席の方から振り返った文藻さんが聞く。それに対してフミカはその質問を待っていましたといわんばかりにまくしたてはじめる。

「まだ外で戦っているようなので、どこから出てくるのか、どこへと消えていくのかを今調べているのですよ。そこからまずは大本を探ろうかと」

「あら、どうやって?」

 そう言うと、フミカは手元から何か小さな緑色の球を飛ばす。そして指を軽くフロントガラスへと向けると、フロントガラスに映像が映る。俺たちが映っているそれは緑色の球からの視点のように見えた。

「今これで外の様子を見ています。何人かこれに気づいて視線を向けている人がいますが、使い魔なり式神なり飛ばしている人がちらほらいますから、誤差でしょう」

「便利ねぇ」

「便利だな」

「なので、逢坂さんを待ちながら情報収集をやっていきます。それで戦闘が収まったら皆のところに一度帰って作戦を立てますよ」

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