地下での朝と虚数省

 朝起きると、川の字で寝た時のままであった。少し身体に重みを感じると思って布団をめくってみると、そこには抱きついていたセーブがいた。適当に引き剥がして、身支度をするために洗面所を借りて顔を洗う。目がシャッキリとする頃合いに小さな足音と共に人がやってくる気配がする。

「あら、朝が早いのね。昨日は大変だったろうに」

「文藻さん」

 振り返るとお玉を持った割烹着を着た文藻さんだ。見た目はやはり少女にしか見えない。ふと洗面所にあった姿見が目に入る。そこに映っているのは二人。俺と妙齢の美女だ。そんな人はおらず、その立ち位置には文藻さんがいる。

「あら、どうしたの?」

「いや、鏡に映った文藻さんの姿が」

「あら、そっちだとちゃんと見えてるのね。そちらが一般的に皆が見ている私よ」

 きっと理想の姿なのだろう。その少女の姿からかけ離れてるそれを見るとそういう印象になる。文乃さんが成長すればそんな見た目になるかもしれない程度の。

「何か失礼なことを考えていない?」

「いえ、別に。あ、朝の食事の支度手伝いましょうか?」

「あら、いいの? ちょっと今日は人数多いから助かるわ。それに地下は火を焚けないから、電子機器での料理っていうのが苦手なのよ。紫苑ちゃんだけでやらせるには数が多いもの」


 炊事場まで歩いてる途中で、フミカも起きていたのかすれ違う。セーブも連れていたので面倒を見ているのだろう。朝の挨拶だけそこそこに済ませていると、その代わりなのか、逢坂さんが朝の支度の手伝いをしてくれるようだった。

 紫苑さんのテキパキとした指示に従って味噌汁の鍋を俺は見ていた。文藻さんは紫苑さんと一緒に皿の準備やテーブルふきをしていた。つまり紫苑さんからも戦力外通知をされてるのではないかと思いながらも、隣で逢坂さんが野菜を炒めている。カレーの具材にいれるようなものばかりを横目で見ながら味噌汁を適当にかき混ぜる。

「由城君、虚数省に今日は行こうと思ってるのだけど心は強く持ってね」

「何故に心を強く持つという話に」

「まぁ、そういう力を持ってるやつは増長してたりするからね。流石にいきなり何か攻撃してくるようなやつは少ないからきっと大丈夫」

「少数でもいるなら凄い行きたくないんですが」

「大丈夫大丈夫。情報屋がいるから、話をつけに行くだけよ」

「あら、お出かけなら私も着いていきたいわ」

 文藻さんが手伝いが終わったのか、暇だからか声をかけてくる。文藻さんの顔の位置につい視線を下げると、逢坂さんに軽く小突かれる。何でだろうと思っていると、逢坂さんが文藻さんのちょっと頭より上の方へと視線を向けていた。あ、傍目で見ると俺は胸元見てるのね。ひでぇ罠だ。そう思っていると紫苑さんが近づいてくる。

 紫苑さんが炒めた野菜を受け取って別の鍋にいれて、味付けやルーを入れる。やはりカレーらしい。その鍋を今度はかき混ぜるように頼まれたのでのんびりとその面倒をみる。そういった流れの間に、逢坂さんと文藻さんの話がついたらしくついてくることになったようだ。

 




 朝食を終えて逢坂さんと文藻さん、そしてフミカと俺の4人がエレベーターに乗って地上に戻る。他の子らはお留守番だ。文乃さんに子守を押し付ける形にはなるが、未結もいるし大丈夫だろう。流石に昨日大変なことがあったのに連日連れ回すと疲れるだろうし。

 逢坂さんの運転で、都心の方へと向かう。虚数省にたどりつくまでの間、助手席から見える後部座席の文藻さんとフミカは窓の外を見ていた。よくよく見るとフミカは何かを気にしてるのか後方を何度か見る素振りをしていた。

 虚数省の建物にたどりつくと、地下駐車場へと入り駐車する。これだけみると普通に役所に来ただけのように思えた。とはいえ役所とは違い表看板を出しているような様子はなかったが。地下駐車場から階段を上がって建物へと行くと、そこには外から見たよりも明らかに広い場所が広がっていた。

 ついたのがおおよそ昼前だからか、人はそれなりに多かった。色々な人がいるようで和服を着てる人から司祭服を着てる人まで、現代ファンタジーコスプレの見本市のような有様だった。

 見覚えのない新顔が来たからか、色々な人がこちらに視線を向けることを感じる。フミカが何かに気づいたのか、口元に暇つぶし用に持ってきていた文庫本を寄せると何かしら呟いたのが聞こえる。遠くにトイレ方面に向かって何人か走っていったのが見えた。

「フミカ?」

「何でしょうか、ちょっとここは人が多くて酔ってしまいますね」

「お、おう。そうだな」

 絶対に何かしたな。文藻さんがそれをみて面白そうにしていた。


 逢坂さんに連れられて3階の貸し会議室まで行く。この虚数省にはエレベーターがないようで、一番上は25階ぐらいあると聞くので登るのが大変そうだと思う。貸し会議室に入ると、窓から外の見える景色のいい部屋だった。そこに並べられている机にぽつんと座ってる女性がいた。結構な高身長なのか座高が高い。

「おや、逢坂さんですね。珍しい。わざわざ虚数省までお出向きとは」

「情報屋らしくもうちょっとしなさいよ。それだとただの怪しい皮肉屋よ」

「これは失礼しました。他のお客人もいたので、少し威厳をつけようかなと。皆様私のことは、リンクスとでもお呼びください」

「そういうのはいいのよ、それで頼んでおいた資料なんだけど」

 そう聞くと同時か、建物が大きく揺れるのを感じる。フミカがよろけてきたので抱きとめたが、文藻さんは大きな揺れであったのにも関わらず普通に立っていた。

「っと、何かしら」

「窓の外を見てみましょうか」

 窓の外を皆で近づいて見ると、周辺の風景が一変していた。周辺は紅く染まり上がり、白いシルエットの何かが行進をしていた。チェスの白い駒のように見えるそれはそれぞれの手に何らかの武器を持っていて、どうやら虚数省にカチコミに来たように見える。もちろんそのまま放っておくわけでもなく、戦闘系の超能力者やら何やらビーム撃つような人が出てきて迎撃をはじめていた。

「シェードの襲撃みたいですね。ここがシェードに襲われるというのは謎ですが情報としては売れますね、ちょっと記録準備だけしますね」

「終わったら資料出してちょうだい」


 外でドンパチする音を聞きながら、逢坂さんは頼んでいたという資料をもらっていた。春眠症候群についての情報らしい。それと同時期から今までに至る超常現象事件についての一覧だ。

 簡単な説明として、春眠症候群からの目覚めた事例は一件のみであることが確認されているようだ。そして誰がやってるのかを知っているぞと言わんばかりに一瞬こちらに目を向けていたが素知らぬ顔で流す。

 分かる範囲での調査であれば、共通項としては二種類あるそうで。現実が嫌になってる人か、あるいは人格的に優れた人物らしい。そして竹内遙についての情報は無いということが記されている。

「どうやらかなり高度な情報レベルが設定されているようでね。私の持つ力と権限で得られる程度であればこの情報が限界だよ」

「まったく、情報屋が聞いて呆れるわ。で、いくらなの?」

「いえ、情報をいただきましたのでお題は結構ですよ。竹内遙さんをそちらが保護できているということは分かりましたので。しかしそれは心の贅肉というものでは?」

「人の事情に首突っ込まなくていいでしょう」

「いえいえ、純然たる警告ですよ。下手をしたら国家を敵に回しますよ?」

「その時に考えるわ」


 情報を確認している間に外の様子も変遷していた。雑兵だけかと思えばいつの間にか大シェードが多数出現しており、怪我人が増えているようであった。

「フェーズ3のシェードがあれだけ多数現れるとは凄いですね」

 リンクスが外の様子を見ながら言う。いわゆるところの大シェードが多数出現というのはやはり強敵なのだろう。そう考えると吉乃の力はかなり強い方なのだろう。あ、何か陰陽師みたいな人が吹き飛ばされてる。

 そうやって観察をしていると、窓に影が差す。何かと思って見上げれば、巨大な空飛ぶものがあった。その姿は怪物のように見えた。骨のように長い両腕があり、手に当たる部分には巨大な爪。下半身はまるで半分から断ち切られているかのようになく上半身だけの異形だった。

「何ですかあれは、理論上フェーズ4のシェード……」

「ところで見間違えでなければ、あれこちらに突っ込んできてるように見えるわね」

「皆伏せろ!!」

 窓が割れる音が響く。

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