封印の金砂の国
気がつくと完全に白い空間であった。声の方向をみれば、やや遠いところから歩いてくる少女が見えてくる。あの子の姉だ。砂漠の民特有の民族衣装ではあったが、普段とは違い真っ白なカラーリングであった。
「あれ、来訪者のお兄ちゃん。お守りは?」
「あれか、フミカにあげた。というか持ってるかどうか分かるのか」
「あのお守りがないと、ここに来る。サビ爺に聞いたなら、来訪者のお姉ちゃんたちは持ってる。来訪者のお兄ちゃんだけ仲間はずれ」
「ほっとけ、それよりもお前の妹だけど」
「そっちに行ったね。知ってる」
そういう彼女の顔は少し陰が見えた。やはり心配なのだろうか。
「あの子だけずるい。何て名乗ってる?」
「セーブ、だそうだ」
「へぇ。私はロードだよ。意味は内緒」
姉の方がロードで、妹の方がセーブね。ある意味対照的というか何というか。そう名乗った彼女についてくるように言われる。
「ここの表は覚醒の神殿。裏は封印の神殿。来訪者のお兄ちゃんは裏にきた」
「その来訪者のなんたらって辞めてくれない?」
「じゃあユウお兄ちゃんって呼んであげる」
「それはどうも」
彼女についていくと、次第に白い空間に何かが浮かび上がってくる。浮かんできたのは自然が豊かな平原の風景で、遠くに立派な建物が見えた。月明かりに照らされているように影がついていく空間を見ながら、ロードの歩く先は立派な建物のように見えた。
「砂の民っていうけど、本当はこういった場所だったんだよね。砂漠だから砂の民っていうことが由来じゃなくて、この地にあったものが理由」
そういうと同時に、そばから急に植物が地面を突き破って芽吹く。ぐんぐんと成長したそれは、花びらが月明かりによって光り輝くように見える黄金のヒマワリだ。
「月明かりと共に毎日大きく咲き誇って、夜明けと共に散るこの花。この花から作った粉は金色に輝く砂のようで、あらゆる恩恵を与えた。ゆえにこの国は金砂の国であると当時言われてたそう」
「それで、この神殿は何を封印しているというんだ?」
問うと、彼女は指を天に向けて指す。その指先に従って空を見上げると、そこには3つの月が浮かんでいた。星のない夜空に爛々と明るく輝く赤と紺、そして深い緑の月たちは円を描くように動いていた。
「この地の力の源」
「おいおい、ってことは」
「ユウお兄ちゃんの思う通り。あの大地の恵みはすべてここに使われている」
「何でそんなことを」
「この地の力の源そのものを力にする者がいるから。あるいは邪悪なる者。最近この封印を解こうとしているのか、あの天に浮かぶ大地の魂が鳴動している」
「動いてるのが基本じゃないのか」
「あれは本来は形がなかったんだけど、ここ一年で急に三つの塊になった。あれが一つになったら、大地は再生して自然を取り戻す」
「それだけ聞くとぱっとはいい話だな」
「ただし、封印された邪悪なる者も目覚める」
そう言いながら足を進めるのは立派な建物だった。その中に刻まれている壁画は見覚えのあるところであった。ストーク号を発見した遺跡にあった壁画だ。
「この壁画もおかしいと思わない?」
「大地の力が封印されてしまえば、すぐに自然が枯れるのであればこんな祝い事の壁画なんて残るわけないってことか?」
「そういう見方もあるね。でもちょっと違う」
「違うのか」
「その先は私が話すわ。よくここまで来たわね」
建物の一番奥まで歩きながら話している中に、声をかけられる。その声の主は文藻さんだった。しかしその髪の毛の色は現実で見ていた黒髪ではなく、金色に輝いていて後光が差していた。
「……ちょっと眩しいから光を消すわね」
「あ、どうも」
後光がその言葉と共に消えていく。出し入れできるのか、それ。
「話を遡ると長くなるのだけど、いつになるのかしら」
「金砂の国があった時代を考えると、約2700年前ではないですかねご先祖さま」
「あらそんなだったかしら。ご先祖様と呼ばずに、気軽にアヤモさんって呼んでもいいっていつも言ってるじゃない」
「流石にそれはちょっと」
文藻さんに対する態度は俺やフミカにする態度とは全然違う。子供っぽい所がなく何というか。まるで神に仕えるような巫女のような雰囲気を出していた。
「それであなた達にとってはだいたい2700年前の話ね。私にとってはついさっきのような感じだけど」
「古代王国の成り立ちの話でもするなら手短にしてほしいんですが」
「ユウお兄ちゃん、そういう態度は辞めてください。我らにとっては――」
「まぁまぁ、ロードちゃんも私の顔に免じてね」
ロードはそう言われると直立不動になって大きな声で謝罪をしてひれ伏した。微妙に文藻さんはそれに対して困った顔をするが、話を続けるようだ。
「とにかく、この大地に国ができて数百年の王朝が続いたのよ。そこで王家に双子が生まれたの。そんな折に国が衰えるものだからすったもので、双子の妹が人柱として大地の恵みを生み、双子の姉もまた人柱となり恵みをもたらす姫として人を導くことになったのよ。永遠の姫としてね」
「あれ、人柱っていうと普通は死ぬのでは」
「特別な魔法による儀式で、人の存在を概念と化したのよ。私は実際はずっと眠っていたようなものだけど、お姉さまは姫としてずっと王宮に君臨していたの。とはいえ王宮の魑魅魍魎や悪意に触れた結果として、いつ頃からか人に試練を与えるようになった」
そこからの話はこうだ。その姉は国に名前を持つことは力を持つという契約を大地をしたという。結果として名前のある者は大きな力を持ち、名前のないものは穏やかに暮らすようになったと。成り上がるためにはまず名前を得なければいけない、試練を受ければということで、この表の神殿が作られたと。
しかし魑魅魍魎や悪意に触れて、その試練を与える行為は神にも等しいもので。信仰とこの大地が豊かである限りは不滅の存在となる。例え滅びたとしても、覚えているものがいる限り、悪意があるものがある限り蘇るのだと。
「で、そんな日々に飽きたお姉さまは私を起こして魔王に仕立て上げて。何度も滅びと救い主を生み出したのよね」
永遠の繁栄などない。で、あれば破壊と創造を自ら行えば実質上の永遠の繁栄を得られる。そういったことらしい。
「この真実を文香ちゃん達に伝えるかどうかは任せるとして、オホン。大事なことはここからです。しっかり聞くように」
「あ、はい」
「私も姉と王国がある限りは不滅の存在なのよ。とはいえ何度も繰り返されるそんなことは痛みもあるし、逃げ出したいと思っていた。そんな中で夢を見るようになったの。そこで出会ったのが恭司さん。後は予想できるかしら?」
「救い主として恭司さんが、逆にお姉さんの方を封印したと」
「その通り。その活躍は今でも思い出せるわ。で、復活をされないように私も恭司さんについて、あちらの世界に渡って暮らすことにしたのよ」
「何か凄いゴタゴタしていそうなんですけど」
「もう長編小説が何百巻も書ける程度には色々あったわね。私自身が不老不死に近いから、普段は認識上は老婆のように見えるようにしてたのだけど、由城君は私のことちゃんと少女として見えていたでしょう?」
「そうだったんですか? てっきり恭司さんが若々しいので、文藻さんも元からそういう見た目で老いない系の人だったかと」
「それも文香ちゃんが貴方をこちらの世界に引きずり込んだせいなのでしょうね。私の力を最も色濃く継いじゃったもの。そのことは自分で気づいてるでしょう?」
「そりゃあまぁ」
「由城君は文香の加護を返したりするものだから、まずいのよね」
「まずいって?」
それを伝えるかどうかを一瞬悩んだのか、一瞬悩む表情をしていた。その表情はフミカが悩んでいる時のそれと一緒だった。文藻さんは話を続ける。
「魂の力って誰しもが持つものなのよ。生きるものならね。ただ特殊能力として発現するほど強いことはあまり無いわ」
「今ちょっと知り合いに何人か」
「連れてきたあの子たちでしょう? あれだけ魂の力が垂れ流しにされていれば分かるわ。でも、セーブちゃんを見た時はとても驚いたわ」
「驚くってのはどうして?」
「それほどまでに、お姉さまの封印が緩んでいるってことなのだもの。こちらとあちらの世界が繋がらないように、夢を見る力を私は封じていたのだから」
そのことを聞いて、ふとよぎった考えを頭から捨てる。
「まぁ、それはいいわ。これからの話ね。お姉さまを封印するには、貴方の力が必要なの」
「え、何でですか。前もやったのだから恭司さんと文藻さんでもできそうなのに」
「それはできないのよ。それが世界の法だから。そうね、文香ちゃん風に言えばそれが運命なのだから。今世の救い主は貴方なの」
「フミカとか、未結たちのような力を持ってないんですけどね」
「加護を返すことのできた貴方には、力があるのよ。そう、ムショクの力が」
「ムショク?」
「そう、ムショク。色の無い力。貴方は慕う人たちとの絆から、その人たちの力を借りることができるの。これも加護で魂が刺激され続けてたからこそできるようになるものよ。とはいえ、あなた達がどうするかは、全てあなた達が決めるの。救い主として動くもよし、関係ないことであるとして切り捨ててもよし」
情報が多すぎる。そう思いながら少し考えを纏める。つまり、超能力を持つ人たちと仲良くなれば俺は超能力を使える勇者になったと。その気になれば魔王を封印できる。フミカの好きそうな話だ。
「今頃表の試練を受けているフミカちゃん達は、王家の力を覚醒させてると思うわ。そして魔王を封じる方法についても覚醒の神殿のシステムから授かってるでしょう。あとはそれをいつ誰に使うか。あるいは使わないかはあなた達の手にかかってるわ」
「ちょっと待ってください。さっきの話の通りだとすると、邪悪なる者っていうのは文藻さんのお姉さんの姫様で、覚醒の神殿ではその姫様が導いて覚醒の試練を行うってことに」
「その通りよ。今頃は優しい顔で接しているでしょうね。私の姿を老婆として見えているフミカ達には、双子の姉のこの顔をみてもなんとも思わないでだろうし」
そう言って、文藻さんは自分の顔を指す。するとロードちゃんが手鏡をおずおずと差し出して、文藻さんは顔をチェックする。
「色々勝手に話しちゃったし質問何かあるかしら? 一つだけ何でも答えてあげる」
「じゃあ、その王家にあった双子の名前を教えてください」
「……由城君は嫌な質問をしてくれるわね。分かったわ、他の子には絶対内緒よ」
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