お風呂と遠隔捜査
結局は年長として、風呂で溺れたりしないように監督しながら入ることになった。
溺れる要素なんてあるのかと思いながら案内されたのは、大理石が敷かれていて泳いでも問題なさそうな大きな檜風呂であった。
湯浴み着がいくつかあるとのことで、皆それを着替える。ちゃんと男女それぞれ更衣室があったことに安心すればいいのか、一体何を想定して更衣室別けてあるのかということを気にすればいいのだろうか。
中で合流すると、未結は黄色、吉乃は赤色、遙ちゃんは青色、セーブが緑色で、アリスちゃんがベージュ色のワンピーススタイルの湯浴み着をそれぞれ着ていた。吉乃にセーブに入り方を教えてあげるように言おうとしたが、吉乃はセーブと一緒に飛び込んでいったので放って置くことにした。遙ちゃんが苦笑しながら追いかけていく。
「そういえば、ユウ兄さんと家族風呂ってのは今までなかったですね」
「温泉旅行でもなければそうだろうよ。母さん達は今行ってるところだが」
「ということはこれは温泉旅行みたいなものですね。オマケがいっぱいいますが」
未結の見る先には檜風呂の中を泳いでいるセーブと吉乃がいた。あいつらいつの間に泳いでいるのか。湯口に近づいて熱い熱いとかいってはしゃいでいた。
「お兄さんは保護者だからしっかりとみんなを見ないといけない。約得だよ」
「そういうことは言わんでいい。というかどこでそういう事覚えた」
「みゆちゃんが」
「ユウ兄さんはどういうタイプが好みなのですが? 私のおすすめはアリスちゃんですが。見た目良し、騒がないし、余計な出費もなしですし」
「なぜそんな話になるんだか」
「みゆちゃんはおにいさんが心配だから。変な人にだまされたりしそう」
「そうですよ、兄さん。だからアリスちゃんで我慢してください。もしアリスちゃんで我慢できないなら……」
「みゆちゃんだいたんー」
「はいはい。さっさと身体洗って湯船に浸かるぞ。このまま立っていても風邪を引くだけだ」
「わかりました、ユウ兄さん」
そういって未結は洗い場に向かう。俺も洗い場へ行こうとすると、湯浴み着が引っ張られる。アリスちゃんだ。
「おにいさんはどうなんですか?」
「何がだ」
「アリスじゃダメですか?」
「いや、ダメとかじゃなくて。今はそういう話をするあれでもないだろう」
「つまり脈アリ?」
「ちょっと俺コミュニケーションが難しいって今思ったよ」
「おにいさんは何でも反応してくれるから楽しい」
「アリスちゃん、こっち来てください。背中洗ってください」
「はーい」
そういって、アリスちゃんも向かう。一体なんだったのか。少しばかり未結の友人関係に心配するのだった。
身体を洗ってから湯船へと入る。未結も同じように入って隣に来る。アリスちゃんの様子を伺うと、湯船に入った後に脱力をして風呂に浮いていた。それはどうかと思うが、気持ちよさそうだし放って置くことにした。湯口でガマン大会をはじめた子たちは見なかったことにする。
「ユウ兄さん、お風呂中であれですが面倒事を済ませますね」
「面倒事?」
「先ほど白鷺さんが計画したことですよ。アリスちゃん」
「はいよー」
湯船の中で浮いていたアリスちゃんが起き上がって未結のところまできたかと思うとまた湯船に沈みながら身体を未結に預けた。そのまま沈まないようにか流れないようにか、未結が左腕を回す。そして回した手をこちらの左手にからませてくる。
「どうやってユウ兄さんを支援していたかもこれで見せられますね」
「みゆちゃんはストー……むが」
「無駄口叩いてないでやりますよ」
未結がそういって湯船から水面へと右腕をあげて正面へと伸ばす。その腕は少しずつ電光を帯びていく。
「おい、未結風呂場でそれは……」
「大丈夫です。自然現象とは違って通る場所は選べますから」
そういうと、雷光が水面を走っていく。途中でわざとなのか軽く吉乃を引っ掛けてから湯口へと上っていく。吉乃は突然のちょっとのしびれに驚いて声をあげたが、周りを見回して首を傾げていた。
「みゆちゃんまだー?」
「もう少しだけ待ってください、接続を確立してますから」
「何してるんだ、一体」
「ちょっとした能力の応用です。私の能力は究極電気を操るものですから、電気信号を出すこともできます。一種の無線みたいなものですね」
「そしてアリスがうぃっふぃーを拾う。これで物理的にどんなマシンにもつながる、ブイ」
そういってアリスちゃんがVサインを作る。その顔はなぜか得意げである。
「この子がいつでもネットに繋がっていたいというから普段はやってあげてるんですけどね。こういうお願いをするのはその見返りなので、よく言うことを聞きますよ」
「のーねっとは死んでしまいます。そういえばディスプレイどうする?」
「いい感じに湯気がありますので、こちらに映しましょうか」
バリバリと電光が湯気へとのぼる。そしてまるでプロジェクターで映したかのように湯気に映像が映った。その様子には皆気づいていないようだ。
映像はまるでPC画面のようなものが映っており、右上に真っ黒なウィンドウが表示されていた。それを見ているうちに、真っ黒なウィンドウにノイズが走りどこかの映像を映し出す。駐車場のように見えた。
「リーブラ社のところまで接続できましたね。今は監視設備の信号を傍受してます」
「物理的に信号を発して傍受できるものであればつながればなんとかなるー」
「それじゃあ、アリスちゃんお願いしますね。まずは監視記録の書き換えから」
「まきもどしー、こぴぺーこぴぺー」
新しいウィンドウが開き、そこには監視カメラの記録映像が表示されて巻き戻し再生されているようであった。それを見ているうちに、爆風が映像にうつり俺たちが侵入した時のであろう映像が映りはじめた。そして巻き戻しから通常再生になり、俺達が車から降りたところのシーンになる。俺が映った瞬間からデータを書き換えたのか映っている俺達が消えていく。
「そんな雑な処理でいいのか?」
「どちらにせよ侵入したことを認識している人間と物理的破損は把握されているでしょうからね。物的証拠の方を消しておけば牽制にもなりますね」
「ふぉとしょかんりょー。次はぴーしー全部やっちゃう?」
「壊さないでくださいね。オンラインの範囲のマシンからドキュメントを引き出してください」
「あいよー」
画面に次々とウィンドウが開き、様々なドキュメントが開いては消えていく。
「映像を開いたタイムスタンプの書き換えを忘れないでくださいね」
「あしあとは残してないからとてもだいじょーぶ。きけんはあぶなくない」
「これには時間がかかるので、しばらく待ってくださいね」
そういう未結は俺の肩にもたれかかってくる。能力を使うのに疲れたのかと思っていると、それを見越してか疲れていないという聞いてもない答えが返ってきた。
「一般的な機密書類ばかりですね……商品開発記録とかは無視して……春眠症候群に関するドキュメントがありましたね」
そういって画面に中央に表示されたドキュメントには春眠症候群に関する研究メモのようなデータがあった。それに目を通そうと思った時に、画面の左下にはアニメを流すウィンドウが表示された。
「読んでる間のきゅーけー」
「ユウ兄さん、それは気にしないでくださいね。アリスちゃんの趣味ですので」
流れているのはライトノベル原作のアニメなんだそうだ。そのまま解説を続けようとするアリスちゃんの口をふさぎながら未結はドキュメントを読む。
同じようにドキュメントを読んでいると、どうやら研究員のレポートのようだった。パトロンから上層部に命令が来たとかいうことで春眠症候群の患者が運び込まれたらしい。数ヶ月前に1ヶ月だけの限定的な期間で研究してたらしいことが書かれており、添付されていた写真に映っていたのは遙ちゃんが眠っている姿であった。
あらゆる薬剤への完全耐性、温度変化への完全耐性、観測できるように色を付けられたガスもまるでバリアがあるかのように患者の身体に取り込まれない、など。何をしても無駄だったデータが延々と書かれていた。
そしてそのバリアに関するエネルギーの波長の分析もあった。どこからともなく用意されたデータと一致するような波長らしく、これで有効であることを実証できたという結論が書かれていた。
「あ、気付かれちゃったみたい。みゆちゃんどうする? メッセージが届いてけど、聞く?」
「嫌がらせに記憶メディアのパーティションだけ壊してから確認しましょう。逆探知できるのならその復旧ができるでしょうから、時間をとられざるをえないでしょう」
社員旅行が終わって帰ってくるのは明日みたいですしと未結が小さく呟く。
「もうこわしたよー。じゃあメッセージを再生するね」
ウィンドウが新しく開かれて、真っ黒な背景の中央にスポットライトでピンク色の花が浮かび上がる映像だ。そのデフォルメした花は顔のあるひまわりのようなヤツだった。
『やぁ、君たちがボクの邪魔をしたのかい!
あぁ、気にしないで、別に怒ってないから!
この世界にはね、異世界から来た魔王がいるんだ。
魔王と対抗するためにちょっとボクは力を集めていてね。
その影響として、ちょっと眠りっぱなしになってる人がいるんだよ。ふふふ。
ただ、君たちが直接力を貸してくれれば、そういったことをしなくても済むんだ。
魔王を倒すことができたならば、君たちの欲しいものを何でも用意できるんだ。』
そう陽気にピンクの花は口を動かして己の主張をする。
『君たちが侵入したリーブラ社もそうさ。
ボクが知識を与えて、少しばかり大きくなったんだ。
ちょっとした実験とかを手伝ってもらっていてね。
ただちょっと、先走ったやつがいてね。
そういった手荒なことをするつもりはなかったんだ!
そういう悪いヤツはちゃあんと始末したから、安心してね!
なので、由城由だったかな? 上下どっちからでも同じように読めるね。
ちゃーんと調べさせてもらったからね。
君にはお詫びにちょっと銀行口座に振り込んであげたよ。
リーブラ社でちょっと私財溜め込んだやつのお金だから気にしないでいいよ。
君たちがボクの手伝いをしてくれることを祈ってるよ!』
言うことをいうだけ言って満足したのか、聞き覚えのある笑い声が響く。あの笑い声だ。
「メッセージはしゅうりょーしたよ。削除したー」
「気持ち悪いやつでしたね。自分が偉いことを疑ってないようです」
「おにいさんの銀行口座に13,117,133円ふりこまれましたー」
「いやまて、何で分かるんだってのもあるが、額がおかしくないか」
「みゆちゃんがいつも見ておけって。源泉徴収はされてそうです」
「ユウ兄さんの安全のためですよ。もらえるものはもらっておきましょう」
いいのか。今度記帳して確認しておこう。
「それで、ユウ兄さんはどう思いましたか?」
「敵でいいだろうよ」
「そーなの、お兄さん。魔王とかいってたし、お金くれたし」
アリスちゃんが足をばたつかせて、ちゃぷちゃぷと音を立てながら俺に聞く。行儀が悪いと未結はそれを注意をして手を離すと、アリスちゃんは湯船へと沈んだ。そしてざぶんと音を立てながら顔を出す。
「まず怪しいのも確かだが、そもそも黒幕だろうよ。相手はこちらの身元を掴んでいるが、相手について掴めていない。そして最後に――あの笑い声を俺は聞いたことあるし、そもあれのせいで今は大学を謹慎中だよ」
「あ、謹慎中ってことは一日中家にいれるってことですね?」
「まぁそうだが」
「そしたら明日は家でゆっくりしましょう!」
「いや、そうは行かないだろうよ」
「みゆちゃんだいたんー」
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