銀のスライム<<<雷の娘

 トラックの荷台後方の扉が突然に開け放たれる。その際に差し込んでいた液体金属の手は勢いよく扉に振り回される。そして扉がパージされて、道路に落ちる。落ちたと同時に大きな音が鳴り響き、吉乃の投擲した炎により扉が大炎上した。

「あれ、金属なのに凄い大炎上してない?」

「超常現象なんてのを相手にしてれば車に飛びつくのは日常茶飯事だから、パージできる素材とその後のトラップにする算段はして当たり前でしょう」

「逢坂博士の特性の後付ですよ! 聖なる力を持つ木材を銀メッキの上に亜鉛メッキしておいて、いざって時にはどかんです! 邪悪なのにはよく効くんですよ!」

 何という現代社会の凶器なのだろうか。今に生きるオカルティックな化物に3秒ぐらい追悼の意志を持ちつつ、後方を見守る。

 燃え盛る破片が大きく跳ね飛ばされて、銀色の物体が飛び出す。どうやらあれぐらいでは効果がないようで、そのままこちらへ追いすがってくる。

「やっぱりダメね。吉乃ちゃんが生物の気配を感じないみたいだし、怪異ってわけじゃなさそう。液体金属の戦闘ドローンだったりするのかしら」

「逢坂博士! 液体金属ってどうすれば壊せるんですか!」

「あの感じだと、物理的に壊してもまた治りそうね。一瞬で蒸発させるか、流体にならないように完全に氷漬けにしちゃうか、あるいは」

「あるいは?」

「運良く落雷でも落ちてきて、機械らしくショートして壊れるかかしらね。あれが機械とは限らないけど」

「あれ、逢坂博士何故こっちに」

 当たり前のように話していたが、逢坂博士が運転席から離れてこちらに来ていた。運転席にいなくて大丈夫なのかと聞いたら、自動運転であるとのこと。


 自動運転の出せる速度の限界のせいか、ヤツは大きく飛び上がって開け放たれた荷台後部から侵入してくる。乗り込んできたヤツに吉乃が炎の大剣を呼び出して斬りかかるが、一瞬で蹴り飛ばされて俺の方に飛んでくる。反射的に吉乃を受け止めるが、ふんばりがあまり効かず、ズルズルと遙ちゃん達のところまで下がり、ソファに倒れ込んでしまう。

「ユウお兄ちゃん大丈夫? 手伝う?」

「手伝うって何ができるんだ?」

 ソファに沈んだ俺の顔を覗き込む彼女は、子供らしい笑みを浮かべる。

「フミカお姉ちゃんに教えてもらったとっておきがあるの!」

 そういうやりとりをしている俺達の横を逢坂博士が下がってくる。遙ちゃんが手をかざすと氷の壁が俺たちとヤツの間にできるが、ヤツが殴ると罅が入りあまり時間を稼げそうになかった。

 逢坂博士が運転席に繋がる扉を一度閉めて、もう一度開く。そして片腕を突っ込んだかと思うと、中から長い筒を引っ張り出してきた。先程そんなものはあったかと思うと、氷が砕ける音が聞こえたので振り返る。奴は氷の壁の破片を持ち上げてそれを投げつけてくるが、遙ちゃんの近くまで飛んでくると霧のように散っていく。

「耳を塞ぎなさい、うるさいわよ!」

 逢坂博士のその声と同時、軽い炸裂音と共に何かがヤツにとんでいく。ヤツの身体は粘度が高いからか、貫通をせずにその弾頭はヤツごとトラックの外へと飛び出し、20mぐらい飛んでいった先で爆発する。

「うわ、逢坂博士がとても本気です! 虎の子のロケランを出しました!」

「いやいやいや、何でそんなものを」

「超常現象相手するなら、多少は手荒な火力が必要なのよ」


 爆発したあたりをみると、いくつか地面に散乱している銀色の物体があった。流石にそれで終わりになるかと思ったら、荷台の上の方に何かが落ちてきたような衝撃音が響いてくる。そして嫌な金属がひしゃげる音がすると、荷台の天井に穴が空く。そしてその穴からドロリと銀色の液体が注ぎ込まれて、まるでスライムのような状態で荷台の後部を陣取った。

「今度は人型捨てたけど、悪化してない?」

「うーん、どうしましょうね」

「セーブセーブ~♪ セーブセーブ~♪」

 あの子がセーブの唄を唐突に歌い、それと同時に銀色のスライムが飛び上がりこちらに飛びかかってくる。それを阻止しようと一瞬小さな氷の壁が宙に浮かび上がるがそれは一瞬にして取り込まれて大きくなりながらこちらにのしかかろうとその身体を大きく広げてくる。しかし何か見えない壁にぶつかったかのように、スライムは空中でそれにへばりつくように広がった。

「ユウお兄ちゃんできたよ! 絶対魔法障壁! フミカお姉ちゃんに教えてもらったとっておきで、ユウお兄ちゃんを起点して発動したの!」

 そのタイミングでトラックが何かデコボコに引っかかったのか大きく上下にゆれる。ちょうど立ち上がって前に出ようとしていた俺は、その勢いのままトラックの外へとスライムと共に投げ出される。


「あー、起点ってことは本人が移動すればバリアも移動するっていうあれなのね」

 後方で逢坂博士が何かを呟いたのが聞こえたが、投げ出された俺はバリアによって特に大きな怪我をせず、むしろトラックから投げ出された勢いでバリアが地面を抉っていたぐらいであった。

 無事に地面で立つと、ヤツは散ったボディの回収のためか、一度大きく跳ね上がって少し遠い位置に行く。いつの間にかにじり寄っていたのか、遠くで散逸していた銀色の液体が集まってきていた。それがスライムに集まると、先程の人型の形態へと戻った。

 人型の形態に戻ったやつは、こちらに手をかざす。反射的に横に避けるとその指先が全て細長い槍のように尖り頬を掠める。頬に熱が走り、皮膚に血が流れる感触があった。

 ポケットに入れていたスマホが突然鳴り響く。つい癖でスマホを取り出すと、カウントダウンが0になっていた。

 ――ユウ兄さんを傷つけたものは、存在を許しません。鉄槌を。

 未結の声が頭上から聞こえる。ヤツもそれに気づいたのか、こちらと同時に上を向く。太陽を遮るように小さな影があり、バチバチという音が聞こえると思うと、落雷がヤツに降り注ぐ。その雷の光が消えると、そこには未結の姿があった。未結の右腕は帯電してバチバチとしており、その腕には左二つ巴紋が浮き上がっていた。

 ヤツは雷を受けたからか、それで機能停止したからかその場で動きを止めて少しずつ溶けたアイスのように水たまりへとなっていき、地面へと染み込んでいった。

「ユウ兄さん、大丈夫ですか? 生きていますか?」

「生きてるけど、それは」

「後でまとめて話しましょう。まずはここから離れることが優先です」


 逢坂博士のトラックがバックで戻ってくる。そちらに目線を向けると、女子トリオがこちらに向けて手を振っていた。

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