ルート2

「――ウにい――ユウお兄ちゃん」

 声をかけられて気づく。視界に入るのは、アットゥシを着た少女だった。いつの間にか夢の世界に来たのだろうか。お腹に重みを感じるのを感じて目を動かすと、そこには遙ちゃんが俺の上で横たわっていた。横に目をやると、吉乃が転がっていた。

「目が覚めた? 急に試練場に出てくるなんてびっくりしたよ!」

「ここは……?」

「ここは砂漠の地下の試練場だよ!」

 遙ちゃんを持ち上げながら落とさないようにして立ち上がる。周りを見ると、ただ白い空間が広がっていた。

「真っ白だな」

「空間が不安定な場所なんだって、ここ。たまにマレビトが訪れるとか、サビ爺がいってたよ」

「じゃあそんな場所で何してるんだ?」

「面白そうな物探し?」

「それでなんかあったか?」

「ユウお兄ちゃんがいたよ!」

「お、おう」


 遙ちゃんを抱えたまま、吉乃に近づいていく。吉乃を軽く揺らすが、目を覚ます様子がない。

「ユウお兄ちゃんは今何してるの?」

「詳しい話はまた今度な、ちょっと二人を起こさないといけなくて」

「キスをしたら眠り姫は起きるんでしょ! キスしたら?」

「いやいやいや」

 この子は前にフミカが話した物語はどれもお気に入りなのだ。その中の知識が正しいものとして、こういう風に言ってくるのはちょっと困る。というか中学生相手にそれをやったら事案すぎる。

「じゃあ私に任せて!!!」

 そういうと、彼女は吉乃に近づいていく。そして――



「うぅ……ファーストキスを同年代の女の子にとられてしまいました……」

「よしよし、吉乃ちゃん」

 のの字を書きながら落ち込む吉乃を遙ちゃんが慰めている光景ができた。


「それで、ユウお兄ちゃんたちは迷子なの?」

「あ、そういえばここはどこなのでしょうか。後その私のファーストキスを奪った子は誰ですか?」

「はじめまして、寝てた人! 私は砂の民のお姉ちゃんの妹だよ!」

 その滅茶苦茶な自己紹介に、吉乃は困惑をした。

「迷子なら帰れる道を教えてあげるよ、ついてきて!」

 困惑への質問をしようとする吉乃を遮り、彼女は答えを聞かずに歩き出す。ついていくとずっと白かっただけの空間は段々と灰色に、暗い空間へとなっていく。暗い空間ではあるが、お互いの姿だけはくっきりとスポットライトを当てられているようにしっかりと見ることができた。

「あっちの光の方へと歩いていけば、戻りたいところに戻れるよ」

 そういって彼女が指さした暗闇の先には、夜空に浮かぶ一番星のような光がある。

「お兄さん、あそこに向かおう?」

「遙ちゃんの言う通りです! ここはよく分からないですし、なんか鳥肌が立ちますし早く家に帰りましょう!」

「行ってみるか、とりあえず案内をありがとうな」

「ふふふ、お安い御用よ! ユウお兄ちゃん」

 何やら意味深な笑みを浮かべる彼女を気にすることなく、歩き出す。




 一番星の明かりに触れると、次の瞬間俺たちはリーブラビルの正面ゲートから少し離れた場所にいた。

 吉乃のウエストポーチから俺のスマホの着信音がなる。そういえば預けてたんだったなと思いながら、スマホを受け取り通話に出る。

「ユウ兄さん、どこに消えていたんですか。30分ぐらい反応が確認できなかったからてっきり消滅したのかと」

「おいおい、勝手に殺すなよ、未結」

「ユウ兄さんが実はゲームキャラみたいにセーブ&ロードな能力を持ってたりでもするんですか? そんな急に消えて別の場所に現れるなんて」

「そんなわけあるか」

「セーブってなぁに?」

 そんな会話をしていると、アットゥシを着た少女がいつの間にか横に立っていた。

「おま、おい、おま!?」

「ついてきちゃった」

「ついてきちゃった、じゃないよ!?」

「なんか一人女の子が増えてる……」

 彼女はこちらのことを気にすることなく、セーブという言葉が気に入ったのか何度も口ずさんでいた。

「とりあえず、ユウ兄さんのいない30分間になにかあったかを説明します」


 未結曰く、どうやらいない30分の間で警備用ドローンは氷の壁を破壊して周辺警戒をしていたらしい。だが十分な巡視をしてそれ以上の侵入者がいないことを確認できたからか、また地下に戻っていったらしい。それとは別に、中で倒した男二人は医療用ドローンでどこかへと運ばれたらしい。それ以上の確認は存在が見つかる可能性があるとのことで止めたらしい。

「あれは、銀色の人型」

「あれについてはユウ兄さんが消えた時に一緒に反応が消えました少しその場から離れてください。迎えがそちらに向かっている途中ですから」

「迎え?」

「そちらの炎を出す子がエマージェンシー出してた相手ですよ」

「吉乃?」

「あ、逢坂博士に緊急事態のメールを出したのを思い出しました」

 ピロリンと音がなるのでスマホの画面を見る。この周辺のマップが表示されて、ルートが表示される。その通りに俺たちは歩き出す。セーブの単語を繰り返すセーブの唄を歌うイレギュラーな少女を一人を連れながら。



 歩いている途中で、トラックが俺たちの近くに止まる。トラックの運転席を見ると身体にぴったりな細身のスーツに黒い手袋を着た金髪赤縁メガネの逢坂博士がいた。

「逢坂博士、トラックできたんですね!」

「トラック……」

「トラック?」

「面白い人がきたね」

「まったく……後ろの荷台に乗りなさい。まずはここを離れるわよ」

 トラックの荷台の箱のサイドには扉があり、それがひとりでに開く。そうすると登りやすいように階段が伸びてくる。逢坂博士はもう運転席に戻っており、吉乃に背中を押されながら皆で乗り込んでいく。

 トラックの箱の荷台の中は、運転席側の半分にはソファが置かれていていざという時に一晩過ごせそうな配置だった。。

「全員乗り込んだわね? 好きに座ってちょうだい、車を出すわよ」

 運転席と荷台の箱を繋ぐ部分に窓とドアがあり、どうやら前と後ろで行き来できるようだった。トラックが走り出しても、荷台は大して揺れを感じさせずソファも固定されていないのにずれる気配がない。パット見は普通のトラックにしかみえないのに、結構な改造が施されていそうだ。


「まったく、緊急事態というから来てみたら、何してたのよ」

「逢坂博士、私達は正義をしてたんですよ!」

 吉乃と一緒に運転席に繋がる窓の方に寄る。遙ちゃんと、あの子はセーブの唄を二人で合唱していた。

「その女の子二人が関係あるの?」

「あ、関係あるのは遙ちゃんだけです。誘拐されたのを助けに来たんですよ!」

「場所から察するに、大手企業のリーブラの敷地にまで入ったでしょ。少しは考えなさい」

「ユウさんに私はついてきただけです! 私は悪くありません!」

「誰も責めてないし、責任転嫁するんじゃないの!! まったく、無事助け出せたからいいものを」

「でもあそこやばいんですよ! ドリルがあったり、警備用ドローンがあったり、銀色の怖い人型があったり!」

「ふーん、怖い人型ね……ちょっと二人共、前来てちょうだい、急ぎでね」


 それと同時に、運転席へと行ける扉のロックが外れ扉が開く。運転席の方へ行くと、外の様子がよく見える。

「サイドミラーを見て」

 言われたとおりにサイドミラーを見ると、何かが追いかけてくるのが見える。今のトラックの時速は40km。それにぐんぐんと追いつくように来るのは、銀色のボディを持つのっぺらぼう。

「こいつ?」

「そいつですね……」

「追いかけられてますよ! どうするんですか、ユウさん!」

「私に聞かないのね」

「あ、ごめんなさい。どうするんですか、逢坂博士!」

「言い直せばいいってもんじゃないわよ」

 少しずつ近づいてくるそいつに合わせて、逢坂博士がアクセルを少しずつ踏み込んでいく。だがそれで加速はしていくが引き離せそうにない。

 ――5:00。ピピピッと俺のスマホが何かのカウントダウンを表示する。5分のカウントダウンのようで、時間が減っていく。

「選択肢はいくつかありそうね。吉乃、あんたが飛び降りて時間を稼ぐのが案1」

「あんな非人間に炎は通じなかったですよ!!」

「液体金属っぽい見た目してるものね。案2はあんたたちが言うところの誘拐された女の子をここで捨てる」

「それは却下です!!!」

「そうよね。とはいえ戦わないと追いつかれるわね」

 サイドミラーを見ると、銀色のそれはトラックの後方まできて、見えなくなる。そして何やら大きな衝突音が後方から聞こえる。

 振り返ると、荷台の後方の扉の隙間から染み込んでくる銀色の液体が見える。それはまるで、指が扉をこじあけようと無理やり差し込んでいるように見えた。

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