現代でのハック・アンド・スラッシュ
「まったく……無駄口を叩いてる暇はありませんからね、歩きながら聞いてください。驚きましたよ、連絡が来た時は」
妹の未結の声を聞きながら、自動ドアをくぐる。それと同時に自動ドアが閉まろうとするが、中途半端な位置で止まり、点いていた明かりが全て消える。真っ暗になった地下をスマホの明かりだけが照らすが、すぐに吉乃が手に火を灯して周辺を明るくする。
「セキュリティを移動予定の区画だけダウンしてもらいました。この状況が内部にいる人間相手に誤魔化せるのは5分程度だと思われます。体力を使い切らない程度に急いでください」
「詳しい事情は後で聞くが、何をしようとしてるかってのは分かるのか?」
「リーブラのビルにわざわざ侵入するなんて正気ではないと思いますが、それだけ緊急事態なのでしょう?」
「知り合いが誘拐されてな。お前と同い年ぐらいだ」
「分かりました、オペレーターは私が務めていますので、了承してくださいね? 直近で稼働していた自動扉等からマーキングした図面をナビに送ってもらうので確認してください」
「ナビ?」
「ユウ兄さんが無謀なことをしてると伝えてくれた友人です。今度紹介します」
スマホの通話画面が自動的に表示が切り替わる。入れてもいないアプリが動いているのか、緑と黒だけで構成された地図が表示される。そこに赤い矢印で現在位置、青いマーキングが施されていく。ゲームでよく見るようなミニマップのようだった。
「確認できましたね? 4分後にはここのセキュリティが復旧しアラートがなりますので、それまでに救助対象の場所にたどり着いてください」
「このルートでいいんだな?」
「それが信頼できなければ、このセキュリティが高いビルを調べる前にガードが来ますよ。ある意味治外法権ですから、遭遇すればとても危険です」
「そんなにやばいのか、ここ」
「大きなところはどこもそういう黒い噂がありますよ」
ルートをたどるたびに、コツンコツンと自分たちの足音が静かな空間に響く。吉乃は好奇心がうずくのか、興味深そうに周りを見ていた。
「ユウさん、何か動く物音が聞こえます」
「どこからだ?」
「一緒にいるのが誰かは知りませんが、驚異的な聴力ですね。こちらでも金属がこすれる音が拾えています、250m先にある閉まった扉の向こう側からです」
250mって、普通は音が聞こえないだろう。未結はオペレーターをしているからか努めて冷静に伝えてくれるが、驚いた様子が分かる。
スマホの画面上に表示されている残り時間のカウントを気にしながら、小走りにその扉の前にたどりつく。マーキングされていたところも、目の前の扉を示しており、ここがゴールのようだ。
「その扉は手動で開きますが、中は何かの設備があるようです。区画が別れており、奥に電子ロックがかかる扉があります。推定その奥に対象がいます。それ以外の区画に繋がるようなものは確認できません」
「対面っていうわけか」
「敵性動体については感知できてないので、そこは自力でどうにかしてください。そのマーキングをしてもらった時点では、その中の動いているもの以外はビル内に動体反応はありませんでした」
「それだけ分かれば十分。吉乃準備はいいか?」
「はい。何をすればいいですか?」
小声で聞いてくれた吉乃に対して、指示をもらう姿勢はちゃんと逢坂博士の言いつけを守る性格なんだなとふと思う。
「基本は自分の身を守りながら、遙ちゃんの救出を優先。俺は囮になる」
「ユウさんは、囮になって大丈夫なんですか?」
先程の屋上から飛び降りた時の言いくるめを鵜呑みにしたからか、少し心配そうな顔をする。それに対して返事をする前に、スマホから未結の声が響く。
「ユウ兄さんは逃げ足とかは昔から早かったので安心してください。高校時代に地域の不良100人ぐらいに囲まれたのを逃げ切ってますから」
いやいや、そんな設定はないし、不良を100人も相手にした覚えはない。だが吉乃はその返答に安心したのか、心配そうな顔から好戦的な顔になる。
「いいか、深入りするなよ?」
「はい、お任せください! 何でも灼き尽くしますよ!」
残り時間が1分36秒を確認してから、部屋に突入をする。扉を開いた先には、様々な機材が置かれた部屋があり、正面に大きな窓ガラスがあった。窓ガラスの付近にはマイクがあり、そこから窓ガラスの向こうに指示とか出すのだろうか。実験室めいたものを感じる。窓ガラスに近づくと、中の様子を見下ろすことができた。遙ちゃんがその区画の中央の手術台のようなものに寝かされていて、ベルトをつけられている。手足には逃げられないようにか、念入りにベルトで拘束がされていた。
そして部屋の隅から、部屋の屋上から伸びているドリルを遙ちゃんの頭のそばに持っていく目出し帽の男がいた。そのドリルを彼女に近づけるにつれて回転数をあげていく。一体何をするつもりなんだ。
ピーという音と同時に、電子ロックの扉が空気が流れ出す音とドリルの駆動音を漏らしながら開かれる。その音の方向をみると、別の目出し帽の男がちょうどこちらの部屋に戻ろうとしているところだったのだろうか。目を見開いて、口を開けようとしたその男に一気に近づき、右手でその頭を掴んで壁に叩きつける。頑丈であろうと思われる白い金属質の壁は少し凹み、大きな音をたてる。そしてその男は足から力を失ったのか、その場に崩れ落ちた。
扉の奥を覗くと階段があり、その階段の中間で小銃を構えてこちらに向けているもう一人の男がいた。すぐに退避をすると、元いた場所を風が切る音が通り過ぎ、後ろの機材が壊れて崩れ落ちる。こちらが退避したのと入れ替わりに、吉乃がその階段へと飛び込む。銃を向けられてトリガーを引かれた瞬間に、壁を蹴って三角跳びをして、相手の頭上をとり、踵落としを決めて階段から蹴り落とす。そしてすぐ聞こえる大きな物が落ちて鈍い音。そしてうめき声。遙ちゃんのそばにいる男はドリルを回していたからかこちらに気づいていない。
吉乃が足に炎をまとい、跳躍すると先程よりも早く、轟音を立てながらその男のそばに着地する。そしてその勢いのまま回し蹴りをすると、男は壁へと叩きつけられ一瞬凹んだ壁に縫い付けられるが、ずりずりと落ちていく。
男を倒してもドリルは止まらず、その重みのせいか勝手に遙ちゃんの方へと進んでいく。吉乃はそれをみて、手に炎を集めて、白炎を出しドリルを燃やそうとする。ドリルはその回転のせいか、炎を散らしながらまだ進もうとしていたが、すぐに炎に包まれて紅く染まる。そしてその急激な加熱のせいか、動きが止まった。
「吉乃、怪我はないか!」
「大丈夫です! 早くこちらに来てください」
言われた通りに、急いで階段の方へと進み横から飛び降りる。近づく頃には、吉乃は遙ちゃんを拘束していたものをすべて焼き切っていた。
「お兄さん……吉乃ちゃん……来ちゃったんだね」
ゆっくりと目を開いた遙ちゃんがこちらを見て声を出す。その声を聞きながら、彼女を抱き上げて、階段に向かう。
「遙ちゃん大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ただちょっと熱いかな」
それもそうだろう。先程まで近い距離にあったドリルを止めるために、吉乃が炎を放ったから部屋の温度はあがっていた。吉乃が操る炎だからか、その炎が遙ちゃんを焼くことはなかったようだ。
――最下層のプラットフォームに侵入がありました。繰り返します。侵入を検知しました。
けたたましいサイレンが鳴り響く。それと同時に警告のアナウンスが流れた。
「ユウ兄さん、アラートがなりました」
「いや、聞こえてるよ」
「流石世界に名だたるリーブラ社ですね。動体反応をキャッチしました。警備用ドローン等が動いていますね。急いで脱出してください」
「外に向かうルートには出てきているか?」
「奥から来ていますね。こちらからそちらへの施設の干渉はこれ以上できませんから気をつけて帰ってくださ――ザザザ」
未結の声が途中でノイズ音になり、聞こえなくなる。遙ちゃんを抱きかかえて走りながら、吉乃に見てもらうために渡す。
「ユウさん、このスマホ壊れてます」
「まじかよ」
そういった吉乃は俺のスマホをウエストポーチにしまう。そして代わりに自分のものを取り出す。
「逢坂博士に用意してもらった私のスマホは動きそうです。ただ、圏外みたいです!」
「そうだったか。とりあえず走るぞ!」
後方からガシャンガシャンと動くような音や、プロペラのような空気を切る音を聞きながら、駐車場の方へと走る。一瞬吉乃の顔を見ると、後ろから迫るものの動きをその耳で聞いてしまったからか、引きつった顔をしていた。
警備用ドローンとやらは遠くから来ようとしていたからか、何とか駐車場へと特に遭遇せずに戻れた。エンジンをかけたまま放置していた車に近付こうとすると、嫌な予感がしたので、直感的に伏せる。それと同時に後ろをついてきていた吉乃は俺の横に滑って伏せる。
目の前の車が突然飛んできて頭上を超える。車はそのまま駐車場の壁に叩きつけられたのか、大きな音を立てる。車があった場所の向こう側を見てみると、それを成したであろうものがいた。これまた目出し帽をつけた男に見える。
吉乃が隣から、火炎放射をそいつに向かって放つ。普通の人間相手なら肉が焼けるような臭いがするであろうが、その臭いがまったくしなかった。炎が消えた後に残ったのは、人型の銀色の物体であった。それはぶくぶくと水面が揺らぐような波紋をみせた後に、顔にあたる部分に人の顔が浮かび上がる。
「なんだあれは」
「分かりませんが、多分人間じゃないです! 心臓の音が聞こえませんし、命の灯を感じません!」
正面の敵を警戒しているうちにか、後ろから迫りくるドローンの物音が大きくなっていく。正面はまだ動こうとしていない。
「お兄さん……私を抱えたまま後ろを向いてくれませんか?」
「だが」
「ユウさん、前は私は見ていますから遙ちゃんの言うとおりにしてあげてください」
遙ちゃんごと、身体を振り返らせて後ろを向く。先程くぐってきた自動ドアの向こうの通路から、大量のドローンが殺到してくるのが見えた。遙ちゃんは腕をだらりと降ろしてから、腕を持ち上げてその方向へと手のひらを向ける。
次の瞬間に寒気を感じた。目の前の自動扉のある場所の手前の床から、氷がせり上がっていく。それは自動扉の周辺を塞ぐかのように大きく成長していった。ドローンたちは殺到していたが、その氷の壁を破るために立ち止まるをえなかった。
急激に足元が揺れる。
「ユウさん!」
吉乃の声に振り返ると、俺たちと銀色の人型の間に黒い亀裂のようなものが宙に浮かんでいた。そしてこちらを吸い込むような急激な強い引力を感じて、俺達はその中に吸い込まれた――。
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