力なき力ある者
「ユウさん、どうすればいいのでしょうか、遙ちゃんが、遙ちゃんが!」
「少しだけ待ってくれ」
屋上から下を見下ろす。必要なのは足だ。吉乃が力を全開に使って走れば走行中の追いつけるのは難しくはないだろう――その後の諸々の弊害を考えなければだが。まだ子供にそういうしがらみを与えるような手段はやらせられない。完全に屋上から見えなくなる前に追いかけはじめないと。
先に発進したのと同じタイプの曇りガラスのワゴン車がまだ動いていないのが見える。追手を止めるバックアップだろうか。目出し帽の連中が3人、警戒しながら撤収準備をしているようだ。その手に持っているものは、平和な日本ではありえない自動小銃がある。
「あいつらを襲うぞ、俺が行った後に少しだけ遅れてきてくれ」
「え、ユウさん?」
できるはずだ、そう思って実行する。右手をフェンスにかけて、力強く身体を持ち上げる。夢の中でやったことあるように、身体を大きく空へと舞い上がらせる。身体強化の魔法、フミカはなんて言ってたか、エンハンスボディだったか。そのままフェンス超えた先の建物の縁を掴み、壁を足場として力強く蹴る。目標は、運転席の扉を開けようとしている目出し帽の男。死角となる頭上から鋭角に体当たりをしかける。
――肉を打つ音と甲高い何かが折れる音、軽い衝突音が車の周囲に響く。目出し帽の男をクッションに、更に車にぶつけて衝突を拡散できたからかほとんど痛みがない。目出し帽の男は今の体当たりで骨が折れたのか、腕と足があらぬ方向を向いており、口からうめき声をあげて意識を失ったようで、その身体を右手で掴んで支える。
「What are you doing!」
外国語で荒げた声を浴びせられる。左右を目出し帽の男に挟まれて、銃を向けられる。右手で掴んでいた気絶したやつをそのまま吊り上げて盾として使い、左側車両前方の方へと向ける。
「What's the fuck!」
盾にしたことを怒っているのか、一瞬盾にした方のやつの動きが鈍る。後部車両側の目出し帽の男がトリガーに指をかける音が聞こえて、同時に空を切る音がなる。それと同時に盾を目の前のやつに叩きつけていく。後ろで鈍い肉を打つ音と倒れ込む音が聞こえるのを聞きながら、開いた右手で盾を避けようとして上げた足を掴み、そのまま振り回して車にぶつける。振り回して顔面からぶつけられたその男を、吉乃がその後頭部に蹴りをねじこみ、再度車でサンドイッチする。流石にそれだけされたからか、うめき声をあげるだけで身動きをしなくなった。
男をその場に投げ捨てる。
「ワゴン車へ乗り込め、出すぞ」
「分かりました! ユウさん運転できるんですか!」
「なんとかするさ」
吉乃が乗り込むまでの間に、男たちが起きた時に身動きできないように雑に重ねておく。その際には軽くハンカチで指紋をふきとっておく。鍵は車に挿しっぱなしだったようなので、乗り込んでエンジンをかける。
「よし、シートベルトをつけたか?」
「大丈夫です!」
スムーズに出られるように準備してあったおかげか、アクセルを踏んだだけで先に出た方のワゴン車を追いかけることができる。備え付けられたカーナビのような、味方の位置を掴むためのものなのか、緑色のビーコンがどの方向に動くのかリアルタイムで更新されていく。正面に目を向けると、ビーコン通りに動いている目標の車が見える。追いかけながら見ていると、ナンバープレートが近づかないと見えない程度に下向きになっていることに気づく。よくよく見ると、ナンバープレートの色が白でも黄色でもなく、ベージュ色のように見えた。
「ユウさんは超能力者なんですか? 今みたいなことをどうやってやったんですか」
「超能力者ではないよ。必要なのは度胸と根性と運だけだよ。多少は痛むけど、緊急事態だったからね。あとは着地のコツがあるんだよ」
そう誤魔化しながら、車を追いかける。追いかけていると、ビルとビルの隙間にある人気の少ない道を選んでいるようだ。そして相手はこちらがお仲間でないことに気づいたのか、ビーコンの表示が消える。
「流石にバレるか。吉乃は目がいいか?」
「視力は両目とも、病院とかの検査だと2.0です!」
「おいおい、目がいいな。そしたら見失わないように見てくれ」
しばらく走り続けてると、建物はまばらになる。平日の昼間ということもあるのだろうが、周りに人の姿はない。追いかけてるワゴンから何か窓から出て光が反射している。
「ユウさん、相手が銃を向けてきています!」
「どこ狙ってるか見て分かる範囲で教えてくれ!」
「今は運転席、ユウさんを狙っています!」
咄嗟に左にハンドルを切る。フロントガラスへの直撃は免れたが、サイドミラーが弾け飛ぶ。完全に周りに誰もいなくなったからか、制限速度を無視して相手は速度をあげる。こちらもギアを操作して、速度をあげようとする。
「また狙っています、今度は二人です!」
ハンドルを切って、狙いつけられないようにする。車の駆動音に隠れて小さな空気の切る音がする。どうやら相手はサイレンサーをつけているのか、映画にあるような発砲音はしないらしい。
そうやって回避をしていると、遠くに大きな建物が見える。天秤がシンボルの世界的大企業である『リーブラ』の日本支社のビルだ。周りに一般人があまりいないというのは、この近辺はみな、リーブラの関係者で固められているからだろう。ニュースではリーブラの日本支社は一斉に社員旅行に出ているとは聞いていたが……
そんなことを考えていると、吉乃に言われて銃撃を回避しようとする。集中が乱れたせいか、フロントガラスの中央に穴が開く。そして車輪にも当たったのか、パンクしたかのように車の片側に大きく車体が沈む。
「あぁ、くそ、吉乃、お前は大丈夫か?」
「大丈夫です! あ、あれを見てください!」
吉乃が指さして言うのは、追いかけていたワゴン車がリーブラビルの敷地内へと入るところだ。そしてそのワゴン車は地下にガレージでもあるのか、開かれた地面の穴へと走り込んでいく。目に見えてその穴にシャッターが降りてきて塞ごうとしているのが見える。
「これは、間に合うか……!?」
「ユウさん!」
「分かってる! しっかり捕まってろ!」
アクセルを最大限まで踏み込む。身体がシートに押し付けられるが、シャッターが降りていくところを目指して走る。この距離だと間に合わない。そう思った時、急にシャッターの動きが止まる。それに疑問を持つ前に地下へと入り込む。地下へと入り込んだ瞬間に、バックミラー越しにシャッターが再度動き出すのが見える。
「何とか入れましたね」
「問題はこの地下通路がどこまで続くかだ」
車が4台横幅が通れる程度に広い地下通路をたった1台、車を走らせる。さっきの銃弾が当たった時に引き離されたせいで、相手の車がもう見えない。
しばらく走らせていると、駐車場のようなところにたどりつき、先程のワゴン車が停めてあるのを確認できる。ブレーキをかけるが、右側の車輪がやられてるせいでブレーキがあまり効かず、スピンしてそのワゴン車へとぶつけてしまう。
「減速しとけばよかったか。吉乃は大丈夫か?」
「私は大丈夫です。ちょっと降りれないのでユウさん側から降りますね」
そういって吉乃はシートベルトを外すと、俺の上をまたいで車のドアを開けて降りていく。俺も車を降りて、周りの様子を見渡すと自動ドアがあるのが見える。そのそばにはセキュリティキーをかざすような台座があった。
「他に行ける場所もないか」
「遙ちゃんは一体どこに連れて行かれたのでしょう」
自動ドアへと近づくと、やはりといっていいがドアは開かない。使えそうなものがないかワゴン車を漁ると、ガラスを割るエマージェンシーハンマーを発見する。これで自動ドアに叩きつけるが、割れる気配がない。
「溶かしましょうか?」
「それは最終手段にしたい」
そうやって調べていると、突然にスマホが震える。スマホを取り出すと、本来のロック画面ではなく、何かの地図が表示されていた。
それを確認した段階で、今度は着信をする。何も触らずとも勝手に通話がはじまってしまった。そしてスピーカーで声が響く。
「扉を開けます。ナビするので聞いてくださいね――ユウ兄さん」
「未結……!?」
セキュリティの台座のランプが緑に光り、自動扉が開かれた。
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