夢を見なかった日――本当に?

 夢を見なかった。吉乃を泊めてからの一夜。あの夢を毎日見続けてたはずなのに、何事もなく朝が来た。

 下へと降りて、洗面台で顔を洗い歯を磨く。口をゆすいで、吐き出す。毎日のルーチンワークだ。今は家族が留守にしていて、吉乃だけがいるから二人分の朝食を用意する。とはいえそんなに食材なんてない。冷凍食品を温めて、トーストを焼く。親も妹が合宿に行くということで、食材は事前に空にしてあったのだ。

「おはようございます。ユウさんの今日のご予定はなんですか」

 2階から降りてきて、昨日寝る時に俺の小学生の時のパジャマを着た吉乃が降りてくる。ジェスチャーで顔を洗ってこいと伝えて、その間に机に皿を並び終える。

「いうほどやることはないが、そういえば吉乃は学校に行かないのか?」

「行ってないですよ、もう長いですから」

「おう、そうか」

「なのでもしよければ今日一日はユウさんについて行きたいのですが」

「それはいいが……今日は随分とテンションが低いな」

「その……超能力使って戦う時以外だと、恥ずかしいので」

 恥ずかしい、ねぇ。そんなことを思って吉乃の顔を見ていたら、その顔が少し赤くなる。顔に出ていたからか、呆れた雰囲気出したからなのか、恥ずかしいのだろう。


「それで予定だったな。一応ちょっと会いに行く子がいるんだけど、人と話すのは大丈夫か?」

「人と?」

「記憶喪失の女の子だ。お前と同じぐらいの年だな」

「記憶喪失なんて本当にあるんですね」

「多分、超常現象案件じゃないかっていう話だ。春眠症候群は知ってるか?」

「あ、知ってます。虚数省が確か200兆円規模で手がかりや情報、治療法を探してたはずです」

「金額おかしくない?」

「私はあまり細かいことは知らないですが……逢坂博士が確か、『水銀よりはいい方法あったら金集まる』って言ってたような……」

「あぁー、そういう。ところで軽く思ったことだが」

「はい?」

「吉乃がもし永遠の若さを手に入れられるならどう思う?」

「そういうのはちょっと……私は早く大人になりたいので……」

「それなら学校にも行かないとダメじゃね」

「逢坂博士からは、高検ぐらいは取れる程度に勉強は見てやったので、学校行くのが無駄って言われてて」

「頭いいんだな」

 学校で学ぶことは知識だけじゃないが、そんな賢い子が学校に行けないのはそれなりの理由があるのだろう。一般論で語るほどに、仲良くも責任も今の所はないといえば、人によっては冷たいとか言われるだろう。特にフミカには言われそうだ。


「それじゃあ朝食食べたし出かけるぞ。着替えは?」

「あります。ちょっと着替えてきますね」

 そういって吉乃が着替えてきたのは、真っ赤なワンピースにウエストポーチをつけていた。

「電車乗るためのICカードか何か持ってるか?」

「あ、スマホに入ってるから大丈夫です」

「それなら行くか」

 家から出て玄関の戸締まりを確認する。それが終わって歩こうとすると、吉乃は腕にくっついてくる。昨日のように万力を込めたようなしがみつき方ではなく、年相応の力であった。




 電車を乗り継ぎ、大学病院へと向かう。電車に乗る際にまた変なのに襲われないかを心配したが流石に早々にそんなことは連日起きなかった。

 顧問のセキュリティパスを首にかけてから大学病院に入ると、職員の人達はこちらを見る度に直立不動となっていた。そんなにこれに効力があるのかと戦々恐々としながら、遥ちゃんの部屋を訪れる。

「おはよう、お兄さん。連日来てくれるたんだね。そちらは妹さん?」

「いや、今預かってる子だよ。自己紹介してくれ」

「あ、はい。枯野吉乃です。よろしくお願いします」

「私は竹内遥っていうらしいよ。よろしくね」


 特に何かあるっていうわけではなく、今回は吉乃も交えて世間話をしていく。その世間話をしていく中で二人は近い年だからか、すぐに仲良くなって名前で呼び合うようになった。

「ふふふ、楽しいね。この部屋で1日中音楽を聞いていたり、本を読んでたりしてても楽しかったけど。他の人と話すのは楽しいよ」

「遙ちゃんはずっとここにいるの?」

「うーん、まだ三日目だと思うよ。寝ていた時間を含めたらどれくらいかは知らないけど」

「外出られるようになったら、一緒に遊びに行こうね」

「そうだね、吉乃ちゃん。私も吉乃ちゃんがね、お兄さんみたいな感じなのか気になるよ。ちょっと雰囲気が違うけど、私のが近いのかも」

「え、それってどういう意味?」

「そんなに大した話じゃないよ……あ、ちょっと本を読みたくなったから、今日は一旦お開きにしてもいい?」

 そう言う遙は返事を聞く前に、もう既に端末を手に持って視線を落としていた。

「本当にマイペースだな」

「ユウさん。遙ちゃんはいつもこんな感じなんですか?」

「昨日話した感じだとこんな感じだったからな、まー嫌わないで付き合ってくれ」

「私はこれぐらいでは嫌いにはならないのですよ。ただ、あぁいった態度は学校ではすぐに嫌われそうです」

 そういった吉乃の顔からは不穏の空気を感じたが、特に深入りせずに5層の扉を開けていく。


「なんで、たかが病室入るためにこんなに厳重なんですか?」

「そればかりは俺も分からんが、くだらない理由だろうな。分からないっていう恐怖に対する反応だとは思うけどさ」

「……大人ってそういうのはずるいですよね」

 扉を出ても高峰教授が来ることがなさそうなので、そのまま大学病院を後にしようと建物を出る。外に出たところで、爆発音が聞こえてきた。非常ベルがその直後に甲高い音を立てて鳴り響く。

 中から一斉に勤めていたスタッフや来院していた患者がパニックになって急に走って出てくる。吉乃とはぐれないようにすぐにその手を掴んで壁際へと移動して人気のない裏手へと移動していく。

「一体何の音だ、いまのは」

「爆発した音の位置が、だいたい遙ちゃんのいた病室のあたりだった気がします」

「そういうの分かるのか?」

「はい。火の気があれば、集中すればおおよそどの辺にあるかまで分かります」

「便利だな、その超能力」

「ただ、ユウさん、お願いがあります」

「戻って様子をみたいってことか?」

「はい」

 そう言われて、病院の入口を見る。避難して出ていこうとする人の群れが止まる気配がない。それどころかストレッチャーで患者を乗せて避難させるところまでみるとしばらくは正面からは入ることができなさそうだ。


「飛びます。ユウさん、喋らないでくださいね。噛みますよ」

「おい、ちょっと待て。ここだと人目が」

「大丈夫です、行きますよ!」

 そういう吉乃に腕を掴まれて、腕が外れそうなほどの衝撃と共に大学病院の屋上まで一気に飛び上がられる。屋上のフェンスを超えて着地すると、上から下の様子がよくみえる。とある窓から黒い煙が立ち上っていた。そして壁には大きな穴が開けられていて、そこからはロープのようなものがぶら下げられていた。

 そのまま視線を追うと、何やら平和な日本では見ることはない目出し帽を被った連中が、ズタ袋に何かを押し込んで、ワゴン車に押し込もうとしているのが見えた。

「あれは……遙ちゃんです!」

 吉乃が指を指して、ズタ袋へと向ける。それと同時にワゴン車の扉が閉められ、車が発進した。

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