カフェの中のラボラトリー

 吉乃に腕をがっちりと組まれて、逃げたら痴漢扱いにされそうだったので仕方なく連れて歩く。炎の超能力に身体を強化する効果もあるのか、振り払うことすら怪しいぐらいにしっかりと腕にひっついている。お前はコアラか、といいたい。

 彼女の誘導する通りに駅の近くの雑居ビルのオシャレなカフェへと入る。雑居ビルのすべての階がカフェの個室であり、カップルや一人のお茶がしたい人には人気の店であった。2階の4号室。そこが目指しているところであった。

 ただのカフェかと思いきや、その4号室に行く途中の2号室では占いをやっているという看板がおいてあった。吉乃情報曰く、場所代を払ってこういった占いをしてる人たちがいるとのことだった。

「そしたら、4号室もそういうあれなのか?」

「そうですよ! 博士はたまーにだけど、お悩み相談室をしてるんですよ! 今日はやってませんが」

「博士とは一体……」

「博士です」

 そんな頭の悪い回答を聞きながら、4号室の扉を開く。中には二人が対面して座れる座席とメニュー表、そして注文のためのデンモクがあった。

「それでその博士とやらは?」

「その前にまずは注文をしましょう」


 そう言われて三人分の注文が吉乃の手で行われる。俺の分はモンブランとレモンティーのホット。彼女の分はイチゴのショートケーキと紅茶。そして博士の分ということでコーヒーにガトーショコラといって選んでいたようだ。

 その3つが部屋にくるのを待つこと5分。机の上に配膳してもらった後に、店員にごゆっくりと声をかけられる。ふと自分がどう見られてるのかと思ったが、考えないことにした。

「それで?」

「部屋を出ます」

「わざわざ注文したのにか」

「そしてすぐ入ります」

「その意味はあるのか……?」

「やれば分かるっていうか、やらないと説明しても信じてもらえないかなーと思うので説明しません! ユウさんが私の言うことに何でもワンって答えて、信じてくれるのなら教えますけど」

「さて、部屋を出ようかな」

「やっぱりユウさんも信じてくれないじゃないですかーやだー」




 部屋からふたりとも出て、そして再度入る。そこには信じられない光景があった。

 白い壁に床。壁際にはビーカーやフラスコなどの入った理科実験室にありそうな棚がおかれていた。先程のオシャレなカフェの内装なんてどこに行ったのか。

 そして中央に置かれているテーブルと椅子も変わっていた。テーブルの上には元々の注文したものが残っていたが、4人ほど掛けれる大テーブルとなり椅子はソファになっていた。そして、そのソファにいたのは白衣の金髪赤縁メガネをした女性が座っていた。その顔は机の上のケーキを見ながら難しい顔をしていた。

「博士こんにちわ!」

「吉乃……あんた、これはわざとよね?」

「はい、博士の嫌いそうなの選んで、私の取り分を増やします!」

「吉乃、あんたにはちょっと説教……が……それ、誰?」

 顔を上げた博士と呼ばれた女性がこっちをみて怒っていた顔から血の気が失せたかのような顔へと変わる。

「あんたー!! あれほど人を連れてくるなと行ったでしょうが!!!」

「何かあったらそれっぽい人を連れてきてっていったのは博士じゃないですかー!」

 そして二人の取っ組み合いがはじまった。



 取っ組み合いを見守っていたのか、息切れで落ち着いたのか、ようやっと話ができるようになった。

「お客を待たせたのは凄い失礼したわね。私は逢坂涼子あいさかりょうここの吉乃には博士と呼ばれてるわ。

「どうも、由城由です。そのコーヒーとガトーショコラをこっちのモンブランとレモンティーに交換します?」

「いや、いいわ。そこの吉乃のショートケーキを奪うから」

「そんな殺生な!」

「あんた、苦いのも甘いのも何でも好きでしょ……」

 カチャカチャと食器の音をたてながら、皿とティーカップが交換される。とりあえずお茶がぬるくなる前に、皆して軽く口をつける。

「それで、何で連れてきたのよ、吉乃。しかもこれ大学生の男って、あんた売春?」

「流石にそれは風評被害がひどいんですけど!?」

「冗談よ、あんたケーキばっか食ってないで答えなさいよ」

 吉乃が口にガトーショコラのチョコをつけながらとぼけたように顔をあげる。其れを見て逢坂博士はそのチョコを手ぬぐいで乱暴に拭き取る。

「そうです、大シェードなんです!」

「はぁ、大シェード出たの!?」

「倒しました!」

「あんたが倒せるわけないでしょ、それで?」

「超能力パワーアップしました、このお兄さんのおかげで!」

「聞く相手を間違えたわ……ごめん、由城さんだっけ。説明お願い」


 逢坂博士に軽く電車に乗ってからの出来事を話す。その中で自分が戦ったことを省きながらも、吉乃がどういうことをしていたことを伝えた。

「なるほど、超能力の使い方の工夫ね。私達にはない発想ね。さて、説明を詳しくする前に、踏み込まないという選択肢があるわよ。その場合はこう……記憶を消すこともできるわ」

「博士に任せると後頭部を強打しまくることになるんですけどね」

「バカ、言うんじゃないわよ」

「それ言われると関わるしか選択肢ないやつだな?」

「そうですよ! ユウさんは逃がしません! 超能力の専属トレーナーとして私をバンバン強くしてもらってお金ウハウハなんです!」

「あ、はい」

「はぁ……まぁ説明するわ」




 政府直属機関、存在番号零機関。超常現象災害対応を行う省庁として、虚数省というものがあるらしい。そこに在籍する人員は名簿上では防衛省のものとして扱われてるらしい。とはいえ、そういった超常現象災害に対応するのには人員というものを限定すれば被害は広がるし、対応が遅れて悪化する。ゆえに在野の能力のある人々に依頼を下ろすという。それとは別に毎日のように新たな超常現象災害や、世代ごとに変化していく怪異をすべて把握はされてない。ゆえに、未発見の新怪異や超常現象を発見してしまって報告すれば、賞金が入るらしい。もちろんその情報を得るためには強くなければいけないらしいが。

「博士はずるいですよねー。私が足で稼いだシェードの情報で一山稼いだのだから」

「いやいや、元々私が発見してたから、むしろあんたを助けたの私だから。もう忘れちゃったのなら、その分の借金を返してもらおうかしら……」

「覚えてます! なのでお金はください! 一生借ります!」

「もう……この子は」

「そこまでは分かったけど、それで俺に何をして欲しいと?」

「そんな難しい話じゃないわ」

 そういいながら、逢坂博士は軽く肩をすくめる。


「この子の子守よ」

「えー私に子守は必要ないです!」

「黙ってなさい。死にかけたっていうじゃない」

「そこは私の新しい力で」

「はい、お口チャック」

「むー、むー!」

 逢坂博士が吉乃に手をかざすと、その口が開けないかのようにむーむーと言い始めた。それを博士は気にせずに話を続ける。

「この業界は、横の繋がりが本当に弱いの。そして自分の能力に盲目的だわ」

「盲目的、つまり?」

「虚数省では最近は横文字を採用して、超常能力のことをとっつきやすくギフトって呼んでるみたいだけど、このギフテッドってのはある日突然授かるものなのよ。だからこそ、与えられた力に酔って、研鑽をしないやつは多い」

「ラノベの俺つえーものですかね」

「強ければそれでいいんだけど、ある日油断して、突然いなくなるやつも多いわ。一番惨いのは、超常現象ゆえに存在すら大本から消える場合とかあるわね」

「待ってください。大本から消えたとしたら、それって何で分かったんですか」

「その後忘れていなかった誰かが頑張って原因潰したら、誰もが認識できるようになったとは聞いたわ。最もその悪影響は聞かないほうがいいわ」


 博士は紅茶を飲み干しながら、一息つく。吉乃はしゃべれないことに諦めてケーキを食べることにしたようだ。お口チャックは喋ろうとするときだけの効果だったようにみえる。

「能力については同じ業界人でも全部を告げることはないわ。その情報が原因で命を落とすやつもいるから」

「それは博士にもギフトがあるんですか?」

「あるわよ、もうちょい仲良くなったなら教えなくもないわ」

「さいですか」

「それで、子守はしてくれる?」

「具体的には……?」

「これをあなたの家に連れて帰ってちょうだい。生活費は渡すわ」

「ん……?」

「この子超常現象で親がいないから、私が保護者してるのよ」

「それとこれの関係は?」

「懐いてるからいけるいける」

「家族への説明が――」

「そこは必要に応じて私も挨拶しにいくわよ。それで受けてくれる?」

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