覚醒と遭遇

 立ち上がった影は、それぞれが何か武器を構えるように影が伸びていく。そのシルエットは影によって様々で、斧のようなものもあれば剣のようなものもあり、長い棒のようなものもあった。弓のように構えているようなのもいて、その弓の弦を引いて放つと、影が宙をとんできて俺の腕に当たる。一瞬だけびっくりしたが、特に何の痛みもなかった。

 何発も影の矢が飛んではくるが、まったく痛みも衝撃も感じないのでそれを眺めていると、相手は戸惑っているのか近づいてくるが囲みを作るだけであった。ふと動く電車の窓の外を見れば、紅く染まっていた。映る木々やビルの色も一様に赤黒く見えて色が滲むように輪郭がぼやけていた。

 業を煮やしたのか、ついに囲みの影達が一斉に駆け寄ってきて視界が真っ暗に染まる。真っ暗でありながらもそこに確かに存在する圧迫感と蠢く気配には、じりじりと精神を削られる。少しずつ、身体から血が抜けていくような寒気を感じてくる。口から声を出そうと思ってもまるで何かに塞がれたかのように声は出ない。体温が下がるような感覚。

 ただ、怖い。そう思った時、右手が火傷をしたかのように強烈な痛みに襲われる。頭の中に言葉が叩きつけられる。何度も何度も耳鳴りがするほどに、逃げることもできないその言葉と痛みで、その言葉が口から何故か出てしまう。


 ――アニマ


 たった3文字の意味の分からない言葉。先程まで声が出ない口から自然と出てきて、耳を打つ。それと同時に視界一面の黒を青白い光が押し飛ばす。押し飛ばされた黒い影は、光が電車の窓に押し込めていき姿を消していく。ふと右手にある感覚を見てみると、サビ老のくれた金色のメダルがいつの間にかあった。初めて見たときには何も模様のなかった金色のメダルには、紋様が現れていた。犬とᚦ、ᚢが組み合わさったもののようだったが、次の瞬間に手へと溶け込む。そして手の甲に先程の紋様から犬が除かれた、ᚦとᚢを組み合わせたものが黒く浮かび上がる。わずかにそれは青白く発光をしていた。

 影の矢弾が飛んでくるのに、反射的に右手をかざす。するとその矢弾が当たる直前で何か壁にぶつかったようにかき消える。今の現象は見覚えがある。フミカがよく夢の世界で使っていた魔法障壁だ。

 前にフミカがやっていたことを思い出しながら、指を銃のように構えて弓を持つ影に向ける。記憶の中のフミカが放った魔法の矢を想像したらまったく同じように魔法の矢が飛び立ち、その影を穿つ。影は小さく開いた穴から少しずつ輪郭を崩していって霧のようになっていった。


 自分の後方から、電車の連結にある貫通扉が強く開かれる音がする。その音に振り返ると、大きな黒い影が扉の向こうに見えた。その大きな黒い影は誰かと対峙してるかのように、武器を振るっているように見えた。

 扉を抜けて隣の車両へと移ると、どういった人物と対峙をしているかが見える。燃えるように赤い瞳の、髪の毛がまるで色が抜け落ちたかのような真っ白の髪の女の子だった。その子は小柄ながらも、大人と同じだけの長さの炎の大剣を繰り出して大きな影と打ち合っていた。その女の子の背後の方、隣の車両が開き新たな黒い影が急接近する。


「危ない!」

「えっ、何で人が、きゃっ!」

 後ろから現れた方の影が女の子を勢いよく俺の方へと吹き飛ばしてくる。反射的に飛び退きながら、女の子を受け止めながら元の車両の方へと俺たちは転がっていく。

「あいたたたた……」

「おい、大丈夫か?」

「ちょっと、気持ち悪い。ところで、何でこんなところにいるの。もしかして貴方も超能力者なの?」

「超能力者になった覚えはないが、それよりも来るぞ!」

 二つの大きな影が競い合うようにこちらに走ってくる。身体同士をぶつけながら走ってくるそれは、境目が溶け合うようになり、最後には一体のより大きな黒い影になって輪郭がよりはっきりとしてくる。

「フェーズ3!? 早すぎる!」

「なんだ、そのフェーズ3って」

「言っても分かるか分からないけど」

「御託はいいから早く」

「あの影――私達はシェードと呼んでいるのだけど、それがより強くなって形がはっきりとしてくるの!」

 そう言われてそのシェードの姿を見ると、その形は人型の輪郭から大きく様変わりしていた。あらゆるものを噛み砕くような巨大な顎とギザギザに並ぶ大量の牙。腕は細く長く、爪は簡単に人間の首程度なら千切れそうなぐらいに細く長い。ギラギラとしたその瞳は、こちらの姿を写していた。

「大シェード、そんな。こんなところで……」

「おい、しっかりしろ、逃げるぞ!」

「こんなの相手に逃げることなんてできないわよ!」

 その細く長い爪が振るわれる。次の瞬間には、隣の車両が輪切りしたかのように切り離される。紅く流れる風景がよく見えると同時に、その大シェードはとびあがり、残った連結部分も同じように輪切りにする。腕を縦から横に動かそうとするのがよく見えてしまった。

「伏せろ!」

「きゃっ」

 彼女を押し倒すように床へと引き倒す。風をきるような音が頭上を通る。次の瞬間には爆音を立てながら、電車の上半分が進行方向の後ろへと次々とその破片が落ちていく。見上げれば、目の前に大シェードが着地をしてくるところであった。

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