望まれたこと
「さて、由城君。君はどこまで聞いているんだい?」
「まったく何も。あえていうならば詭弁ですね」
白衣の裾を目で追いかけながら、高峰教授を追いかける。ついていくと搬入口の方から大学病院に入る。搬入口にある警備室で何かしら告げるとカードのようなものを受取る。
「はい、これが由城君のね。森谷教授はゲストクリップどうぞ」
「うーん、この扱いの差であるが、君は一体何をしたのかね」
「ところでこれは?」
「この大学の全施設に自由に出入りできるセキュリティパスよ」
「厄介事しかないので返してはいけないですかね」
「ダメよ。これを返されると私が怒られてしまうもの」
受け取った黒色のセキュリティパスを見ると、いつの間にか取られていたのか分からない顔写真が使われていた。特に名前は書かれておらず、顧問と右上にばっちりを記されていた。ふと高峰教授の胸元を見ると、白色のセキュリティパスだった。
「あの、これ」
「何かしら由城顧問」
「何ですか、これ」
「顧問のセキュリティパスよ」
「いやそうじゃなくて」
「良かったわね。この大学内でいうとトップ5に入る権力レベルよ」
露骨にはぐらかされてしまった。森谷教授は一人で何かを考えて納得したのか、ふむなるほどと呟いていた。
特に何を聞いても答えてくれなさそうなので、仕方なく高峰教授についていく。途中で一定以上のセキュリティレベルを持つパスを二人が当てないと開かない扉を通って行った先は、まるで病院内とは思えない内装をした高級ホテルのようなフロアだった。フロアにはいくつもの病室(と思われる)ものがあり、その一つの表札を見ると春眠症候群と書かれていた。
「あら、よくすぐ見つけられたわね。それじゃあ説明しようかしら」
「高峰君、こういうのはまずは説明してから連れてくるものじゃないかな? そういうことを急ぐのは君の悪癖だと思うがね」
「セキュリティレベルが高い話なので、まともに話せる場所がないのよ」
そういって春眠症候群の表札がある部屋の隣、表札のない部屋へと入る。そこへ入るといくつかのよく分からない機材があり、春眠症候群と表札があった部屋の方向はガラスとなっており、その中の様子を伺えた。
中にいたのは、昨日見た春眠症候群の子だった。その子はベッドに腰掛けて、ヘッドフォンをつけて何やら音楽を聞いているようであった。
「さて、病状を説明するわね」
「途中説明省きすぎではないかな?」
「森谷教授が補っていただけるからまずは結論からね」
「まぁ、それでいいなら別に構わないが……」
いやよくない。結論から言われても状況が読めないわ。
「患者は昨日春眠症候群から目覚めた
「記憶障害?」
「いわゆるところの、記憶喪失という奴だね。由城君のやらかしはこれ関係なのだと推察はするが、もしやあの患者を目覚めさせたのかね」
「森谷教授のその考えで正しいわ」
「目覚める事例はなかったとは思ってはいたが、道理で面倒なのが正面ゲートにいたというわけか」
「面倒なのって、もしかしてジャーナリスト崩れみたいなの?」
「その通り、情報が早すぎるから、内通者がいるのではないかな」
「そこは上に報告しておくわ」
森谷教授が横から口を挟んで軽く説明をしてくれたのでありがたいが、その後にやりとりで高峰教授が何やら内線で伝えている。
「では、その間に補完をしようか。あくまでも君の状況を推理しただけだから、細かい部分は自分で補完するように」
「はぁ」
「とはいえ難しいことではない。君は私の春眠症候群の講義を聞いていたから覚えてるかどうかは分からないが、報道にその後患者がどうなったかということが分からないことや不自然に取り上げられたということを解説しただろう? 実はただの睡眠不足だったとか、一時的な情報錯綜だったとか」
「そういえばそんな事話してましたね。その後のインパクトが強すぎて印象が薄かったですが」
「あれは不幸な出来事だったね。つまるところは簡単だ、これが春眠症候群と認められた患者が初の目覚めた事例なのだろう。君が何も知らなかったとしても君をきっかけに何かが起きたのであれば、そこから研究をしようということになるだろう。もし本当に何もしらないならカウンセリングの補助による症例研究の手伝いを要請されると思うが」
ところどころ、森谷教授は意味深に言葉を区切って解説してくれる。つまりしらばっくれるなら今のうちだぞ、ということだろう。何も知らない風の顔を繕いながら雑に話を聞いていく。
「その急に雑な態度になるのも君の個性ではあると思うが、ね。身の振り方は考えておきたまえ」
「おや、内線をしている間に、補完解説していただけたようね。じゃあ続きを言うと患者さんと話をしてほしいのよ。ご家族との面会謝絶中でね。お互いのショックが大きすぎるだろうからという配慮をしてる建前よ」
「建前って」
「その辺火の玉ストレートなのは高峰君らしいところだとは思うが、つまり再発や感染の恐れがあるから隔離しているということだろう」
「よくお分かりで」
「こんな部屋に案内しておいてよく言うね。この窓ガラス越しにコミュニケーションをとるためなのだろう、この部屋は」
パチパチと、高峰教授が拍手をする。口で正解とも不正解とも言わないのはきっと何かしら理由があるのだろう。
「というわけで、話をしてきてほしいのだけど、良いかしら?」
「確認はするがね、それはもちろん強制ではないのだろう、高峰君」
「もちろん、強制ではないわ。そうなると研究が進まないから患者の彼女はしばらくはここで療養と経過観察になるでしょうね」
つまるところ、人生を背負えというのか。そんな大人の都合に、中学生の子が振り回されてるというのはどうなのだろうか。フミカならきっと憤るのだろう。うちの妹もまた、中学生であり――自分ごととして考えると許せないのは、やっぱりフミカに影響された考え方なのだろう。
特に返事をせずに、この部屋から出るように扉へと歩いていく。
「あら、それは返事は協力なしってこと?」
「いいや、協力はしますよ。ただ――直接会って話させてもらうだけです」
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