New World
インビテーション
大学まで電車に乗っていき、森谷教授の研究室を尋ねる。教授の研究室には雑多なジャンルの本が書棚におかれており、数学書に哲学書、経営学に心理学といった学問のものから、シャーロック・ホームズやドグラ・マグラ、果ては少年漫画まで揃っていた。教授の机にはモニタとキーボードがあり、そのつながっている先は「大学の予算が少ないから数十万しかしない安いスーパーコンピュータしか買ってもらえなかったよ」というものである。社会学部の森谷教授がそんなものなにに使うのかと聞いたら今どきはAIを活用してあらゆる分野で研究を行えるということで、これからの未来社会の演算シミュレートしているらしい。
スピーカーから演算完了しました、と美少女音源を使用したアナウンスが流れると、教授がぐるりと椅子を回転させてこちらに向く。それと同時にクラシックが部屋に置かれていた古臭いレコードプレーヤーから流れる。
「ふむ、想定通りの時間に来たね。安いとはいえ、数世代前であれば国家予算級の性能だったがいやはや、技術の進歩というものは怖いものだね」
「何しているのですか、教授」
「君が来るタイミングがいつかというのを演算してもらっていたのだよ」
なんという技術の無駄遣いだと思って教授を見ると、一つ咳払いをされた。
「コホン、さて君を呼び出したのは他でもない君の謹慎についてだ」
「以前説明してくれたことだけで終わりじゃなかったんですか?」
「少し状況が変わってね。ここの大学は横の繋がり、いや学会での縦の繋がりというのかな。そういったものがあるんだが」
「何やらあまり聞きたくない
その話をしだすと同時に、俺は片耳に手をあてる。もちろん聞こえないという素振りをするために、耳の後ろではなく耳の前に手をおく。
「あまりそう邪険にしないでくれたまえ。結論から言うと、君について聞き及んだらしくてな、ここの理事が逆らえない人から指令がおりてきて単位の免除をする形になってな」
「それっていいんですか」
「大学が学生にその能力があると認めれば単位の免除を認めるのはある意味大事なことであろう?」
「絶対厄介ごとですよね、それ」
「その通りだ、何まずはかけたまえ」
勧められるがままに、研究室におかれている来客用のソファにかける。教授は立ち上がり、紅茶を淹れてくれる。
「まずは飲みたまえ。砂糖とミルクは?」
「角砂糖二つ分ぐらいで」
ちゃぷん、ちゃぷんとわざとらしく角砂糖を入れられる。その紅茶に口をつけると、教授が話しをすすめる。
「単位の免除のついでとして、大学から君に課題が出ている」
「謹慎しているのに関わらずですか?」
「そうだ、謹慎しているからこその課題だそうだ。その問題行為の矯正のために、担当教授が責任持ってとある大学に見学しに行くというわけだ」
「……それは屁理屈ですよね」
「とても日本的政治だろう? とても滑稽な言いつけではあるが、運がいいのか悪いのか君の担当教授は私だ。確認はするが、行くかね? もちろん私は強制しない。何君が断ったら、まずは事前学習をさせているとでもいって時間を稼ぐとも」
そういいながら、教授はとある大学のパンフレットを見せてくれる。その大学は都内にあり、附属病院がある。また駅近で、周辺施設紹介がのっており他には無いファンタジーをコンセプトとしたレトロな本屋があるとのことだった。
実に覚えがある場所である。
「さて君に届いたインビテーションではあるがどうする? 行くのであれば君を守ることはたやすい。何、ちょちょいとやるだけだとも」
「森谷教授のちょちょいとっていうのは過激なイメージがあるのですが」
この教授がいう、ちょちょいとというのは本当に曲者だ。基礎講座の講義でいつもやって言うのが、もっといいやり方があるだろうにと如何に世の中の事件が陳腐で面白みがないかということを言っている。春眠症候群については珍しくまともではあったのが印象的で、そうでなければ学生がドン引きするような時が多々ある。
「何、どうせ現場のほとんどは君が何故いるかは分からないだろう? その知らない中で一番偉そうなヤツから不興を買えばいい。簡単だろう」
「いやいやいや」
「それで、行くかね? 何なら奨学金もつけてくれるとのことだ。返済不要の完全支給型、毎月のお小遣い有りとは羽振りがいいものだね」
「教授、もしやスパコンいい奴買ってくれないのに、っていう地味に仕返しですか」
それに対しては教授は明言することなく、意味深な笑みだけを浮かべていた。
「分かりましたよ、分かりました。行きますよ、それで必要なものはありますか?」
「君の身一つで十分だとも。今週はもう私の講義はないからね、たまにはドライブをしたかったところだ」
教授の黒塗りのベンツに揺られて、件の大学にたどりついた。その門では何やら警備員と何かしら揉めている女性がいた。教授は窓を開けながら、門へと近づくと話し声が聞こえてくる。
「分かってるんですよ! 春眠症候群の初の治療症例が出たんですよね! 中に入れて取材させてくれれば公式発表までは黙ってておきますよ! さぁ、偉い人に連絡をとりなさい!」
気の強そうなその声の女性は無視して、森谷教授は反対側にいる警備員に声をかけて敷地内へと入れてもらえた。それをみてジャーナリストらしき女性も入ろうとしたら止められて何やら一悶着になっているようだ。
「さて、それでは行こうか。何、ここには私も知り合いがいてね、その彼女に既に連絡はとってある」
「ところで、あそこの一悶着よく無視できますね」
「あぁいう手合は放っておくものだよ。仮に何かあったとしてもこの国のマスコミや出版社は保守主義だからね。問題はないだろう」
そんなものかと思いながら、教授についていく。付随する方の大学へと迷いなく歩いていく。そしてその先には白衣の格好をした高峰教授がいた。
「おやおや話に聞いていたけど昨日今日ですぐ本当に来るとはね。ようこそ由城君、伏魔殿へ」
「おや、知り合いだったのかね?」
胡散臭い教授が二人も揃ったことに、軽く頭を掻きながら、俺は一言答えた。
「ええ、昨日お会いしましたから」
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