帰還、日常への回帰

 逆さの摩天楼の見えるバルコニーまで戻ってきたので、一度マンションの部屋に皆で戻る。フミカを先頭に俺たちは今回こちらの世界で目覚めた時の部屋へ行く。


「それで、この後の現実世界への戻り方ですが」

 その部屋でフミカが文乃さんに説明をしはじめる。冒険が終わったからか、手袋を脱いでそばにあった机におきながらだったが。

「簡単に言えば、ここで寝ればもとに戻ります」

「そない簡単なん?」

「ええ。現実世界側で就寝した場所にまったくそっくりの個室が出来るので、ここで寝れば元の場所に戻ります」

 そしてそれで起きた場合の時間はまちまちだがだいたいは都合のいい時間になる。時間切れの場合は誰かに起こされたり、アラームで起きたりってことになるが。

「なので、次の冒険に向けた作戦会議をしましょう!」

「んんー? うちもやらんといけへん?」

「もちろんです、一度来れたなら何度もこちらに来ることができるはずですよ」

「できれば、そのまんま朝までぐっすりがええなと思うんやけども」

 その言葉に対して、フミカは黙殺するつもりなのか笑顔で文乃さんを見つめる。目の奥が笑ってないのでまじで怖い。




「というわけで、次回は邪悪なる者について調べてみましょう!」

「いや、関わっちゃだめって言ってたやろ」

「関わらないように、先回りして調べて危険を回避するだけですよ?」

 その純粋に楽しそうな顔を見ると、どう考えても好奇心に負けているようにしかみえない。そう思ったのか文乃さんも呆れた目で見ていた。

「サビ翁の口伝を考えると、もう一度ストーク号を手に入れた遺跡に行った方がよさそうですね」

「前に行った時は獣の住処になっとったんやろ。それで行くのは危険やないか」

「大丈夫です。ユウさんが封鎖したり獣避けしておいた方がいいんじゃないかとその時おっしゃってくれましたので、対応済みです!」

「おどれらは……」

 そんな目で見られても。文化遺産的なもので保護した方がいいかなっていう出来心だったからそこは許してほしいなぁ。安全にもう一度行けるし。

「とりあえず話はそんなところだろ? あとは適当にこの空間でのんびりしてもいいだろうし、各自自由行動にしようぜ」

「それもそうですね。ユウさん、今回はまだチェス10手やってないですし、やりましょうか」

「あいよ」

「チェス?」

「ちょっとした頭の体操の習慣だな」


 リビングへと戻って、10手お互いにチェスの駒を動かす。それを横で文乃さんが眺めているうちに、すぐに終わる。

「はやない?」

「文乃さんが見ていますから。ゆっくりと駒を差すのはちょっと退屈だろうかと思いまして」

「そしたら3人で人生ゲームでもやるか」

「あ、それいいですね。文乃さんもいいですか?」

「ええで。二人でいちゃいちゃされて肩身狭いよりはそれがいいわ」

「いちゃいちゃしてませんよ?」

 いちゃいちゃではないんだよなぁ。






「朝食ができてますよ~」

 文藻さんの声をきいて、俺は目が覚める。眼の前にはフミカと文乃さんが顔を覗きこんでいた。どうやら先に起きていたらしい。

 恭司さんに借りたパジャマから、洗濯してもらった自分の元の服へと着替える。

そうしている間に、フミカ達は文藻さんの手伝いをして料亭で見るようなお膳で朝食をもってきた。

「あれ、ここで食べるのか」

「普段は台所でいただくのですが、流石にそこまで来てもらうのはお客様には失礼ですから、とお祖母様が」

「そうよ~、男の子なんだから遠慮しないでいいわ。若い娘たちとだけでしか食べたくないのなら、私は席を外すけど」

「そういうあれはないので、一緒に食べてください。流石にそれは心が痛むので」

 そんなことをいいながら、皆でいただきますを言って朝食に手をつける。どうやら朝食は納豆付きの鮭の定食みたいだ。

「もし納豆が駄目ならいうのよ~」

「いえ、納豆は好きな方ですので」

「それはよかったわ。それで聞きたいことがあるのだけど」

 文藻さんが、食事に手をつけながら、フミカへと顔を向ける。

「ちゃんと皆で同じ夢を見れたのかしら?」

「夢の中で3人で冒険しましたよ」

「それはよかったわねぇ」

 単に軽く話題をふっただけなのか、特に追求がなかった。その対応には信じてないのかなっていう感じを受けるが、フミカは特に気にしてないようだし、まぁいいんじゃないだろうか。


「そういえば、由城君。朝帰りになりそうだけど、ご家族に何も言われないかしら」

「あぁ、大丈夫です。妹は合宿に行っていて、親は温泉旅行中なので」

「あら、温泉旅行。いいわね。私達も今度行こうかしら」

 食事を終えて、流石に片付けぐらいは手伝おうとしたらお客様にはやらせられないということで、文藻さんが一人で片付けをする。見た目が若々しすぎて少女にしか見えないのに、4人分のお膳を重ねて持っていく。

「それで、由城さんはこれからのご予定は?」

「大学からは謹慎言い渡されてるからあまりないな」

「なんや、文香ちゃん。なんでそんな呼び方変えてるん? ユウのことを夢の中と同じように呼ばんのん?」

「え、それはその」

 文乃さんに聞かれて、フミカがごにょごにょと何か言うような感じになる。それをみて文乃さんが近づいていって絡みついて何かひそひそと囁く。

「ち、違いますよ!」

 フミカは慌てて両手をふって、顔を真っ赤にする。一体何を言ったのだろうか。文乃さんは文乃さんでニヤニヤしているし。


 スマホがメールの着信音を出す。その音を聞いて二人に断りを入れてから、スマホの画面を見る。大学からのメールと、森谷教授からのメールであった。それぞれを確認すると、大学からは今後についてと森谷教授からはゼミ室に顔を出せとの内容だった。大学からの内容を詳しく確認すると、講師や教授陣から聞いた評判から今期の残りの講義については免除、単位をくれるというがゼミ以外では謹慎のままらしい。

 よく分からない対応だ。森谷教授からの内容を確認すると、大学からメールが行っているだろうということについての一言と、詳しくは研究室で説明してくれるとのことだった。

「それで内容はなんだったん?」

「なんか、大学の講義が今期は免除になった」

「なんやそれ、めっちゃ羨ましいな」

「いやぁ、それはなんとも」

「そうですよ。せっかくの講義を受けることで知識を学べるというのにその機会が失われるなんて、もったいないんですよ!」

 フミカの真面目な言葉に、ついつい苦笑してしまう。それが気に触ったのか、フミカは少し頬を膨らませていた。

「そうなると、授業以外は暇になるな……バイトも特にやってないし。とりあえず教授に呼ばれたから俺は行くわ」

「お送りしましょうか? 送るのは文乃さんになりますが……」

「うちなのか。まぁええけど」

「リムジンならば、遠慮しとくよ。歩いていく」

「普通にうちが使う車もあるさかい。そんな心配しないでええで、それに」

「それに?」

「ここから駅までは30分ぐらい歩くで、バスもないで」

「そうだったのか……」

「せやで、不便やろ」

 そんなことを話ながら、流石に30分も歩く気分にはならなかったので、駅までは文乃さんに送ってもらうことにした。

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