名を呼んではいけない邪悪なる者
石のテーブルに並べられたのは金属の食器と様々な料理だ。オアシスの水で育った草を食べさせた、ヤギのミルク。ただの雑草だけ食べて育ったヤギの生臭いミルクと違ってあっさりしているのに濃厚な味がする。若い衆が狩ってきたという肉をその濃厚なミルクで煮込み料理にしていた。見覚えのある白い肉が入っているのを眺めつつ、それをナンに似たパンに載せて食べる。
「さて、それでは邪悪なる者の話しじゃったか」
ナンをスープや煮込み料理につける音が響く中、サビ老が語り始める。
「それはそんなに遠い昔のことではない。儂の曽祖父の頃の話しじゃ」
「曽祖父ってなーに、サビ爺」
「お爺さんのお父さんってことですよ。つまりサビ爺のお爺さんのお父さんです」
「つまり、お爺ちゃんのお爺ちゃんのお父さん!」
妹ちゃんの方のその質問に、横からフミカが答える。曽祖父の話しとすると、おおよそ100年ほど前なのだろうか。
「正確には曽祖父が生まれた頃に長く続いた王国が滅びたという話しではあるがの」
「長くというとどれぐらいでしょうか」
「確か、3000年だったか。当時は繁栄を極めていて、誰もが気軽に魔法を使えるような魔道具がたくさん作られたとか、そういった時代が続いていたのだ」
フミカが気になったことを聞いては、空中に自動筆記羽ペンと本を取り出して自動的に記録させていた。文乃さんに行儀悪いで、と突っ込まれてそれをしまい込む素振りをして、俺の座る椅子の下に移動させて記録を続けていた。
「さて、そんな時代に現れたのが名前を呼ぶことも悍ましい邪悪な者じゃ。その名を呼ぶことは、滅んでいたとしてもその者を呼び出すようなことになったという。それは教訓などではなく、当時幾度ともなく勇士が戦い打ち倒したとしても、名前を呼ぶ限りは何度も蘇ったという」
「それだと何してもあかんやないか」
「その通り。時が過ぎ、前の勇士が死する頃に何度も蘇るのじゃ。現れるたびに、その邪悪なる者は名のある存在を破壊しつくそうとしたのだ」
「それは一体何故でしょうか」
文乃さんとフミカは食事をする手を止めてその話に聞きいる。それとは対照的に双子の姉妹はパクパクと食事をしながら聞いていた。そのフミカの質問に気をよくしたのか、サビ爺はもったいぶりながら、その問いに答える。
「それは名を奪うためじゃ。言い伝えによるとそれによって自らの力を高め、他の世界へと侵略しようとしたという。そうして古代王国の名も奪われ、ほとんどの王国の民が死に絶えた時に現れた者たちがおったという。尊き血の生き残りである姫が、その者たちは夢の世界からの来訪者であり、救い主であるとおっしゃった」
夢の世界からの来訪者。その言葉にフミカが息を飲む。文乃さんは何で息を飲んだのかよく分かっていないようで、ヤギのミルクを差し出した。のどが渇いたと思ったのだろうか。
「その救い主の名を儂の曽祖父は知らなかったそうだ。その救い主は、古代王国の遺産となった空飛ぶ船を使い、邪悪なる者を姫と共に追ったという。そしてかつての王宮跡地にいたというその邪悪な者をみつけだし、地下へおびき寄せたという。そして邪悪な者が蘇らぬように、封印したという。救い主はその偉業を讃えられ褒美として長寿の秘宝を授かったという。その後救い主は姫と共に自分の世界に戻った。そのことを記録に残すために、永い時の間残るであろう石画が掘られた。それがこの砂の民の先祖なのだ。王国の民の生き残りとして従者をしていた曽祖父の古い話じゃがの」
それで話が終わりなのか、サビ爺の話が止まる。双子の妹ちゃんの方は途中で飽きていたのか、お代わりをして追加で食べていた。図太い。
そうこうして、食事を終えると双子はフミカと文乃さんに物語をせっつく。今日はアラジンと魔法のランプを聞かせるらしい。語り手が二人になれば、普段とは違う新鮮さがあるだろうなと思っていると、サビ老にこっそり手招きされた。
ついていって、家の外に出ると日差しで暑く感じる気分になる。そのままサビ老の小さな家へと招かれた。
「ほれ、そこに座れ、渡すものがあっての」
「渡すもの?」
そういって、サビ老が取り出したのは小さな金色のメダルであった。
「これは?」
「
言われるがままに、そのメダルを持ち上げる。触った時にはひんやりとしていたが、手のひらに置くと一瞬凄く熱くなる。そして気づくと手のひらから消えていた。
「出そうと思えば出てくる。資格があればじゃがの」
出すイメージ、出すイメージ。先程見た金色のメダルをイメージすると、手のひらに現れる。指でメダルを弾いて飛ばしてみて、キャッチするとまた消えた。
「先ほど話した内容だが。あれにはまだ隠された真実がある。もしお主が、そちらの世界で名前のある化物と関わらざるをえない時には、その真実を知るべきだろう」
「一体何を知っているので?」
「予言じゃよ。やがて封印は解かれると。邪悪なる者というのは、古代王国の心の醜さが生み出したものだからの。醜き心をもつ者がふたたび現れたのだろう。何、基本的には何もなければ気にするものではない。ただ、フミカの嬢ちゃんには言わんようにな。絶対に関わりに行くじゃろ」
「否定はしないですね」
サビ爺は伝えることは伝えたということからか、秘蔵の酒を出してくれる。ヤギのチーズと合わせて頂くそれは絶品ではあった。
「あぁ、そういえば。この集落で、名前があるのはサビ老以外は他にいましたっけ」
「今の所は誰も授かっておらん。あの村長の孫娘の姉の方は素質があるから、時間の次第かの」
「相変わらず、それは不思議な話しですね」
「世界には差異があるからの。ここでは、名前の意味が大きい。ゆえに名前のある化物は災害であり、出会うべきものではない。それは覚えておくのだぞ」
その後世間話をしていると、双子の姉の方がやってよびにくる。どうやら今日の話しは終わったらしく、フミカ達が俺を探していたらしい。
呼びに来てくれたことにお礼を言い、合流する。そして村長さんに食事の礼を言ってから、ストーク号へと乗り空高くへと。そこでふと文乃さんが口を開く。
「ところで、これどうやったら夢の世界から目が覚めるん?」
「現実で自然に朝が来れば目が覚めたりしますが、それ以外の方法ですと、最初のマンションの一室に戻ることですね」
「どうやるん?」
「ちょっと待ってくださいね。目をつむってください」
そうフミカに言われると、文乃さんは素直に目をつむる。フミカが天に向かって手を掲げると、ストーク号の帆が自然と畳まれ、激しい光に包まれる。
次の瞬間に気づくと見覚えのある摩天楼が視界に入る。バルコニーに戻ったのだ。
「文乃さん、もう目を開けていいですよ。帰ってきましたから」
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